その2
やりとりの中で顔文字を使用しています。ご不快に思われる方、文字化けしてしまう方には申し訳ございません。
2016.11.15 言い回しを一部変更。
私はいつも恋愛相談に乗ってくれる“歩”さんにメッセージを送ることにした。ログアウトしている可能性も含めて普通の携帯端末からのメッセージ送信だ。手を使わなくても電脳海を通して無線操作が可能なのが最近の携帯電話の長所だと思う。
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あずさ 『こんばんは、歩さん!』
あずさ 『どうしましょう、皐さんにハロウィーン・イベント誘われちゃいました!』
あゆむ 『お疲れ。良かったじゃん。俺は初参加だけど、結構盛り上がるんだろ?』
あずさ 『はい、昼はパレード、夜はダンスと、“ナインライヴズ”の催しの中でも一大イベントですよ。今年は人気アイドルグループのライヴもありますからね!』
あゆむ 『へぇ、すごいんだな』
あずさ 『ああ、何を着ていけば良いでしょうか? 魔女かなと思ってたんですが、ここは今回の特徴を生かして男装の吸血鬼とか……?』
あゆむ 『梓なら魔女かなぁ』
あずさ 『歩さんは魔法少女ですよね?』
あゆむ 『ん? どういう意味かな、あずさ? 詳しく話してみようか(^ω^)??』
あずさ 『あれ? 怒ってます??』
あゆむ 『別に? ただ、ハロウィンのお菓子はいらないんだろうな? と思って(^ω^)』
あずさ 『あっ、あっ、いります!』
あゆむ 『……ごめんなさい、は?』
あずさ 『でも、歩さんなら妖精も似合いますよっ』
あゆむ 『やっぱりなしな』
あずさ 『ご、ごごごごめんなさい!』
あずさ 『許してくださいっ゜゜(´O`)°゜』
あゆむ 『……仕方ないから許す( ˘ •ω• ˘ ) ちなみにお菓子何がいいかな? 皆が好きなやつ色々考えてるんだけど、まとまらなくてさ』
あずさ 『あうあう。ありがとうございます……! ジャムクッキーとか、最近食べたのですが、見た目も綺麗で美味しかったですよ』
あずさ 『ところで、皐さんは甘いもの大丈夫でしたっけ? 私も何か手作りを……用意しようかなって……!』
あゆむ 『皐は何でも食べるイメージあるけど……梓から聞いてみたら?』
あずさ 『わ、私から聞くんですか~? そんなぁ。歩さんが聞いてください!』
あゆむ 『えー……俺が聞いたら変じゃないかな? まぁ聞いてみるけど、報告いる?w』
あずさ 『よろしくお願いします!』
あゆむ 『ん、了解ー』
あずさ 『ありがとうございます。ところでまたガチャよろしくお願いします。たくさんあるんです~』
あゆむ 『え、またあんの!? ……うわぁ、頑張る(´・ω・`)』
あずさ 『ありがとうございます!!』
あゆむ 『う、うん……レアとか出なかったらごめん(´・ω・`)』
あずさ 『いいんですよ! フルコンプ目指してるだけですから』
あゆむ 『そう言って貰えると回しやすいよ……梓も頑張ってな!』
あずさ 『はい!』
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桜小路 歩さんは皐さんと同じ男子校の二年生で、“ナインライヴズ”の中でも“桜小路 歩”として活動している。それはわざとではなくアクシデントだったのだけれど、一度登録したのだからとそのまま使い続けているようだ。
名は体を表すという言葉通り、優しくて可憐で、面倒見の良いお姉さんみたいなひとだ。いつお嫁に行っても恥ずかしくない所作だと密かに思っている。リアルでは上手く話せない私が、気兼ねなくおしゃべりできる数少ない男のひと。
チャットを重ねるうちに、私が皐さんを好きだということは知られてしまった。早くから私の気持ちには気付いていたらしいのだけれど、歩さんは優しいから黙っていてくれた。でも、私が何気なくポロッとこぼしてしまった言葉から結局全ては明らかになってしまったのだった。
……チャットは、ログが残ってしまうから、言い逃れ出来ないのが難点ではないかと思ったり……思わなかったり……。
十二時を回って切り替わったハロウィーン・ガチャを半ば無意識的に回しながら、私は皐さんのことを考えていた。コインを入れてガシャッ、コインを入れてガシャッ、コインを入れて……
今日から十月、“ナインライヴズ”はハロウィーン仕様に切り替わっていく。メインイベントは二十九日と三十日の二日間だ。一日土曜日の正午から始まる『お菓子集め』のイベントにはギルドメンバー全員が参加することになるだろう。二十八日の深夜二時まで、つまりは土曜日の早朝までが勝負のこのイベントは人数の少ない私たち『白銀の鷲』には辛いものになる。だから、私と皐さんは他のプレイヤーからキャンディを買うという「地獄のサタンも金次第☆作戦」を決行する手筈になっている。上位に食い込めるかは分からないけれどイベントの時には全力投球が私たちのモットーなのだから……。
(って、そうじゃないです! 問題はどうして皐さんが、「一緒に回らないか」と言ったかなんですよ!)
入れてガシャッ、入れてガシャッ、入れてガシャッ……
回るという表現をしたからには、“ナインライヴズ”内で開催される土曜日のイベントを、一緒に見て回ろうというお誘いなのだろうか。日曜日はオフ会(いつもの集まり+成人メンバーでダラダラする会)だから土曜日しかない。まさか、まさか二人きり!? そんなまさか奇跡みたいなことが起こるはずは…………
(あああ、でも本当に二人きりだったとしたら一体どうすれば良いのでしょうか? 幸せすぎて倒れてしまいそう! ああ、そうしたら皐さんが介抱してくれるかもしれない!? 「大丈夫かい、梓……」なんてなんて、きゃああああ! 鼻血が出そうですっぅぅぅぅぅ!!)
ついつい感情が高まって、ガチャガチャの機体を叩いていたら、機械音声で『御無体はおやめください』とお願いされてしまった。
『そんなつもりじゃなかったんです、ごめんなさい!』
エルフ娘の体のつもりで頭を下げると、機体に頭突きをかましてしまった。今の自分が痴漢よけのために鎧武者姿だったのをすっかり失念していたのだ。ガチャガチャの機体は『どうかお許しを……』と、懇願モードに入っている。
通行人の目が痛い……。ガチャコインはまだ残っているけれど、ここは一旦引くことにした。こんなひどい扱いを受けたというのに、自動販売機ほどの大きさをした赤い機体は、『ご利用ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております』と、丁寧に送り出してくれた。
私のアクセサリショップは、消耗品ではない武器や防具、“コスチューム”を扱う専門店だ。モンスターが落とすアイテムの中で、プラスの修正が付いている物、特殊効果が付いている物、稀少性が高いものをトレード、売買することが仕事だ。ゲームを始めてトレードが順調になってきたら、インしている時間のほぼ全てをそちらにつぎ込んできた私は、この筋では有名だったりする。
“ナインライヴズ”は課金すれば遊びやすくなるけれど、時間を掛けなければ本当の意味では強くなれない謎の玄人仕様になっている。そんな中でプラスの付いた装備や“コスチューム”を揃えることに時間を使ってしまうのは面倒だ、という社会人層にはやたらとこちらに有利な条件でトレードをしてくれるお客さんも多い。
それは私が依頼をきっちりとこなしてきたことから得たものなんだろう。それと定価で、短時間で、時にはレアな効果が付いたアイテムも気前良くサービスしてきたことも。相手からすれば私に若干有利な取引は「この次もよろしくね」という意思表示なのかもしれない。
特に、見た目だけの衣装アバターならともかく、効果が乗せられる“コスチューム”は課金では手には入らない。全七部位の“コスチューム”を一式揃えるのは正直、骨だ。しかも今回のハロウィーン・バージョンだけでも八種類を男女別で全十六セットある。それでもハロウィーン・イベントのキャンディ集めにプラス修正が付くとなれば! 「絶対に手に入れなければ」と意気込むのは必然!
別の場所、街外れの埠頭にあるガチャガチャの機体でさらに“コスチューム・ガチャ”をしていると、歩さんからメッセージが届いた。
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あゆむ 『こっち粗方引き終わったよ』
あずさ 『ありがとうございます! ありがとうございます!!』
あゆむ 『いえいえ~。俺はケットシーに決まったんだよな。一応言っておくけど、女物を送ってくるなよ?』
あずさ 『(*^^*)』
あゆむ 『あーずーさー?』
あずさ 『冗談ですよ。アイテムは纏めて送ってください。正午のイベントまでには一式送りますから』
あゆむ 『寝ろよ?』
あずさ 『はい! イベント自体は不参加ですから、裏方の作業が終わり次第寝ます。おやすみなさい』
あゆむ 『あー、皐はアップルパイとか果物が入ってるのなら甘くても食べるってさ。モンブランよりは林檎とか桃のタルトが好きなんだって』
あゆむ 『じゃあ、おやすみ』
あずさ 『…………。おやすみ、なさい』
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アップルパイと言えば。
フォークを入れればサックサクのパイ生地にバターの芳醇な香り、林檎のコンポートは舌に優しく甘酸っぱく、滴るほどの蜜の潤いが閉じ込められていて、さらに熱々のパイの上に乗せたヴァニラアイスのすっと溶けていく冷たさと後に引かない甘さが交わり、最高のハーモニーを奏でる逸品!!
……を作って下さったのは歩さんでしたね!
(勝ち目がないんですけど……? むしろ歩さん、お菓子系でギルド・メンバー全員の胃袋を握っているじゃないですかぁ! そこに手作りアップルパイとか、無謀にも程がありますよ!!)
だったらお惣菜、いわゆる「ご飯もの」で責めるのはどうかという案もあるが、男の子にウケる豚のしょうが焼きや根菜の牛肉巻きなどの「がっつり、お肉系おかず」は皐さんの実の妹で差し入れ女王の芽衣さんに一日の長がある。
(くぅっ! かくなる上は……飲み物? いいえ、そこに逃げるわけには参りません! 幸い、歩さんがクッキーならば私が大物のピーチタルトを作っていっても容量オーバーにはならないハズ!)
『うふふふふふ、イケる、これはイケます!! うっふふふふふ!』
「……ままぁ、あの人……」
「しっ、見ちゃいけません。……って何がままぁ、やねんな。きしょいわお前」
「正直すまんかった!」
『…………………………………………』
思わず声が漏れていたらしい。通行人の男性二人が漫才しながら通り過ぎていく。
(やっちゃったぁぁぁ!? うぅっ、死にたい! でも皐さんとデートするまでは死にたくないぃっ!)
私はこの溢れんばかりの悲しみをガチャガチャに向けるのだった。そう、ガチャコインが尽きるまで! あと、メンテナンスの始まる午前二時までは!!
イベントまでの忙しさといったら、筆舌に尽くせないほどだった。その中でも私はお菓子作りのことを忘れていなかった。それはもう、学校のことなんて二の次、三の次で武蔵さんには引き摺られ、角の生えた歩さんからはお説教されるくらいだったけれどもそれは割愛。思い出したくもないし。
「ふふふ……とうとう完成しましたね。これぞ、『魔女のピーチタルトレット』です!!」
「おお~」
「すごーい」
「食べてもいいか?」
「せめて説明を聞いてからにしてくださいよっ?」
私は歩さんと芽衣さん、さっそく手を伸ばしてくる武蔵さんの前にタルトレットを広げていた。試行錯誤し、歩さんや芽衣さんに「これなら皐(お兄ちゃん)も好きそう」と言える味になるまでクリームとコンポートを微調整した苦労の傑作である。
「うふふ。今回は甘すぎないカスタードクリームの上にホイップクリームを載せ、さらに瑞々しいピーチジュレを載せてみました。そして大きなタルト皿ではなく、小さなタルトレットにすることで食べやすさも重視した一品です!」
「うん、いいと思う」
「わたしにも食べやすい大きさだね!」
「食べてもいいか?」
歩さんと芽衣さんが口々に誉めてくれる。嬉しいものですね、賞賛は!
「タルトレットは市販品なので準備も楽で良いです!」
「……そこで落とすなよ」
「あはは……。そうだ、梓ちゃん、どうして名前が『魔女のピーチタルトレット』なの?」
「梓が魔女コスになるからだろ?」
「食べてもいいか?」
「それもありますけど……、見た目がピンク色で内臓っぽいからですよ!」
「………………」
「………………」
「食べてもいいか?」
「どうぞ!」
タルトレットを一口で頬張った武蔵さんが破顔一笑、「うまい!」と言った。まあ、食いしんぼな武蔵さんからは何を食べさせてもそれ以外の感想は出てこないのだけれども。
「歩さんも芽衣さんも、さあ、どうぞ?」
「……歩くんからどうぞ?」
「いやいや、芽衣こそ、どうぞ?」
(もしかして、押し付け合っている? まさか、そんなハズありませんよね!)
そっと見守っていると、二人はタルトレットをゆっくりと口に運び……
「美味しい……」
「おいしい! これとってもおいしいよ、梓ちゃん!」
「良かった!! 皐さん、喜んでくださるでしょうか!」
歩さんの微妙な表情が気になるけれど、評価はまずまずの様子、これなら自信を持って日曜日のオフ会(という名のお楽しみ食事会+成人組の飲み会)に臨めるというもの!
「ところで、こんなに気合はいってるところに水を差すようなんだけどさ……」
「はい?」
「日曜の集まり以前に土曜日がデートなワケじゃん? どうするとか決めてあんの?」
「あっ……」
(ノープランでした……! 土曜日は多分、イベント開始の朝九時には皆でログインしているでしょうし、そうしたら開会式の後に見て回ることになるんでしょうか……)
午前中はパレードもなく、出店を冷やかすことで終わってしまいそうだ。食事休憩を挟んで午後からパレードを見るとして、夕方には別れるんだろうか。それとも夜まで……? 夜ということは、緩やかな円舞曲、落ちる夜の帳、煌く星々と打ち上がる花火……これは、絶好の告白シチュエーション……!?
(皐さん皐さん皐さん皐さん皐さん皐さん皐さん……ああ、皐さん!)
「梓ぁ、戻ってこーい」
「梓ちゃんって、見た目は薄幸の美少女なのにね。お兄ちゃんのことになると時々、どうしようもなくダメになっちゃうよね」
「内臓タルト美味いぞ!」
「おいやめろ」
(皐さん、私、告白される準備はバッチリです! もちろん、私から告白することも考えてはいますが……もしも全て私の早とちりで、この気持ちが迷惑だったらと考えると……)
「歩さん……! 私、どうしたら良いでしょうか?」
「うおっ? ど、どうって……えっと、梓は、梓らしくしてればいいんじゃないかな……? あんま気負わずにさ。今回は皐が誘ってきたんだろ?」
「はい……」
「だったら、皐に任せようぜ。男の子なんだし、女の子をリードするさ。もし、どうしようもなくなったり困ったりしたら、いつでも俺を呼べばいい」
「わたしも応援してるよ!」
「歩さん……芽衣さん……」
「私も、いつでも斬りに駆けつけるぞ!」
「武蔵さん……。ありがとうございます、元気が出ました!」
そう、私は待っていれば良いのだ。土曜日、ハロウィーンの前夜祭を。