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二度目でも、ファーストキス  作者: 小織 舞(こおり まい)
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その1

 ゲームの説明はさっくり無視していただいてもお楽しみいただけます。流し読みでどうぞ。

 パーティが解散して、ギルドメンバーの皆は次々にホームへと帰還して行く。私も戦闘で得たアイテムの整理や使ってしまったポーションの充填、それに街に構えているアクセサリショップの事務的な仕事が残っているのだけれど、その全てを後回しにする。それは一日のうちで、このパーティ解散後の二人きりの時間が何よりも大切だから。


『今日のドロップはいかがでしたか?』


 ひび割れた機械的な声が私の口から出る。こもったような女性の、もしかしたら男の子のかもしれない中性的な声。自分で言っていて何だかおかしくなってしまうのは、まだ私がこのアバターの声に慣れていないせい。だって、本来の私のものとあまりにかけ離れているから……。


『ふふっ』

「“刀匠とうしょう”さん? どしたんですか?」

『この声にまだ慣れなくて。おかしくて……』

「変じゃないですよ、全然。あ、そうだ、オレが組んだスキルはどうでした?」

『とっても使いやすかったです。前衛職なんて、出来るかどうか自信がなかったんですけど、これなら問題なく扱えそうです』

「そりゃ良かった。ゴーレムに突っ込むはずのスキルポイント、そっちに振らせてすんません。おかげでパーティの“壁”が増えて助かります……」

『ふふ、私がスイッチできる職で良かったです。私まで後衛だったらバランスが酷いことになりますもんね』


 私たちは顔を見合わせて笑った。

 二メートル超えの鎧武者の私と、人間のガンナーである彼と。


 この鎧型ゴーレムは、百七十センチそこそこの彼よりかなり大きくて、完全に見下ろしてしまうのが悲しい。現実リアルの私も、このガンナーを操るプレイヤー、さつきさんをちょっと……そう、ほんのちょっとだけ見下ろしてしまうので、この眺めには少々胸がちくちくする。


 本来ならエルフ娘である私のアバターの方が小柄だから、格好良い横顔を見上げることが出来ていた。現実逃避にはもってこいの身長だ。でも、“フィールド”では私が前に立って“壁”にならなくてはいけない。ガンナーは防御力の低い紙アーマーしか装備できない後衛職だから、モンスターに襲われて攻撃が当たるとみるみるうちにHPがなくなってゲームオーバーだ。皐さん……じゃなかった、ガンナーの“すめらぎ”さんを守れるのは嬉しいから、鎧武者でも充分幸せなのだ。


『言葉遣い、いつも通りでもいいんですよ? 今、二人きりなんですから』

「あー。……いや、その、キャラづけみたいなもんですしね、これ。それに、“刀匠”さんとは初めからこういう喋り方だったから、変えるのもどうかと思って……」

『そうなんですか?』

「そうなんですよ」


 急に真面目な顔になった、白金の髪をした男の子が、私をじっと見上げる。


 仮想現実ヴァーチャル・リアリティならではの、まるで本物の皐さんがそこにいるかのような、息遣いまで感じられそうな現実感にドキドキする。実際は骨格をスキャンして作られた仮初めの体だけれど、ふとした瞬間の表情はデータ以上の情報でもって私の鼓動を速める。


 そう、私、和久泉わくいずみ あずさは恋をしている。


『あ、あの……』

「“刀匠”さん」

『は、はひ!』


 変な風に声が裏返り、瞬間、やってしまったと思う。


(ああ、私のおバカさん! 変に意識するから失敗するんですよ、いつもいつも!)


 ぎゅっと目を瞑って心の中で自分を責める。本当は頭を押さえて丸まりたいけれど、そんな事をしたら絶対に「変な子」だと思われてしまう。それはダメ。それだけはダメだ。


「今日、いや、明日から……でしたっけ、ハロウィーン・ガチャ、始まるでしょ?」

『はい、そうなんです! 今回も金曜の深夜十二時に切り替わるんですが、すごいですよ、何と今まで男女別に別れていた“コスチューム”がハロウィーン・バージョンだけは性別関係なく着られるようになっちゃうんです! 私のエルフちゃんにも男の子の小悪魔姿をさせられますし、男装の吸血鬼にもなれるんです! もちろん、“皇”さんも体は男の子なのにミニスカ猫娘になれますよ!? 素晴らしいと思います。これで無課金ユーザーも課金側に転ぶかもしれませんよね。しかし、私はいつでも無課金なのが売りですから課金はしませんよ? “ナインライヴズ”の良いところは“コスチューム”に付けられる効果を自分で選べるところですが私はあえてのランダムが俄然好きですね。あ、でも、お客様の要望だったらきちんと……はっ!! ごめんなさい、私ったら!!』


(またやっちゃった~~~!?)


「……いや、“刀匠”さんのガチャ談義は聞いてて面白いから全然いいんですけど、それはまた今度で」

『はい……ごめんなさい……』

「これ、渡しときたくて」

『あら』


 彼の掌の上に、ポゥと浮かび上がったのはガチャガチャを回すための青いトークン、通称“ガチャコイン”だった。


『ありがとうございます。定価でよろしいですか?』

「いや、お金はいらないです」

『えっ、でも……』


 “ガチャコイン”はゲーム内通貨のエルで買えるもので、その他にプラスのボーナスが付いたアイテムを“変換器”に入れることで交換される“クラウン・トークン”を十枚集めることでも手に入れる事が出来る。だから私は、プラスの付いた不要アイテムを買い集めたり、そのものずばり“ガチャコイン”を買取ったりしている。わざわざ手間をかけて“ガチャコイン”にしたものをタダで貰うわけにはいかない。


「こんなの大したことないし。“刀匠”さんは今回もフルコンプまで引くんでしょうから……」

『はい、引……んん! えーと……』


(はい、引きます! じゃなくて……ええと……)


『ありがとうございます。あの、ウチの店の商品なら何でも持っていってください!』

「いやいやいや……。あ~、じゃあ、必要なときには」

『はい!』


 手を伸ばして受け取ると“ガチャコイン”はなんと三十枚もあった。


(……“皇”さんたら、もう。“ガチャコイン”から愛を感じる気がします……! “あゆむ”さんたちにお手伝いしてもらって、フルコンプしなくっちゃ。そして、“皇”さんにはガンナー向けの速さ重視の“コスチューム”を……)


「……“刀匠”さん」

『はい?』


 この時、私の頭の中はイベントガチャのことでいっぱいだった。だから、“皇”さんがどんな表情で私を見ていたのかさっぱり覚えていない。


「ハロウィーンの夜、オレと二人で回りませんか?」

『………………はい』


 辛うじて。頭が真っ白になりつつ口にした返事。“皇”さんはそれを聞くと「良かった。じゃあ、お休みなさい」と言って“帰還リターン”していった。


『………………夢?』


(今、“皇”さんにハロウィーン・イベントのお誘いをされた気がする。どうしよう……。とにかく、ガチャを回しましょうね!?)






 私の名前は和久泉わくいずみ あずさと言い、灯京とうきょう都内の聖ウルスラ女学院に通う……かよ……いたいなぁと思いつつ保健室登校すら不定期な高校二年生だったりする。ゲームのせいではなく、中等部の頃から、集団での生活をしていくのが苦しくて、息が詰まって……人と接触するのが怖くなってしまったので。VRのおかげで家から授業を受けることが出来ているけれど、それはあくまでも特例措置で、本当はきちんと通うよう指導されている。


 でも、生身の人間が怖い……。

 変わらなきゃって、思ってはいるけれど……。


 「まずは誰かと関わることから始めましょう」と主治医の先生に言われて、私が選んだのがVR、ヴァーチャル・リアリティ空間での活動だった。現実世界では外を出歩けば、誰もが私を変な目で見てくる。けれどVRでなら、私は人目を気にせずに自由に振る舞えた。


 MOS、マッシヴリィ・オンライン・スペースである幻脳海げんのうかいにVRキットを使ってアクセスすると、体は家に寝たままで、まるで本当にそこに空間があって自在に行動しているような感覚を得られる。使うアプリケーションの精度によっては、見ること聞くこと、話すことだけではなく、軽く触ることも臭いを嗅ぐことも出来るのだ。ただし、なぜか味覚だけは再現できないんだとか。


 でも、ただ漫然とVRの中で自分の部屋をデコレーションしたり、服を着せ換えたりするのにはすぐに飽きてしまった。ゲームのコンテンツも、最初のうちは毎日が遊園地みたいで楽しかったけれど、興奮が冷めればただのデータの寄せ集めだった。

 人と関わることもなかったし、これじゃあ先生の言っていたリハビリにもならない。結局、やめるべきか続けるべきか相談して、薦められたのが『Nine Lives』、通称“ナインライヴズ”もしくは“九命きゅうめい”と呼ばれるゲームだった。

 

 『Nine Lives』はVRMMOという種類のゲームだ。仮想現実大規模多人数オンライン、ヴァーチャル・リアリティ・マッシヴリィ・マルチプレイヤー・オンラインという正式名称がある。そこでは、私の分身、アバター・キャラクターを作って、そのアバターの目線で世界を見る。私が作ったのはエルフの女の子だ。名前は“刀匠とうしょう”、職業はゴーレム・マスター。ゴーレムを連れて“壁”になってもらいながら、“フィールド”でアイテムを採集したり採掘したりする事が出来る。戦闘はゴーレムに任せてひたすらレアアイテムを探したり、お金を稼いだりするサブイベントばかりをこなしていた。

 だって、私の目的は自分のアバターに可愛い“コスチューム”を着せてお散歩して“ショット”を集めることだったから。ゲーム内の様々な場所で可愛いエルフちゃんに可愛い衣装を着せて写真、つまり“ショット”して、自分のブログに載せると色々な人から反応が貰えるのだ。


 与えられた言葉に返事を書くだけなら、私にも出来た。嫌になったらやめられる。そう思ってゲームを始めて、ブログを始めて、やがて気づいたことがあった。


 私は、期待されるのは嫌じゃない。誰かのために、何かしてあげたいという気持ちはあるんだ、と。

 ただし、そこに奇異の視線がなければ。媚びへつらう様な感情が見えなければ。和久泉 梓じゃなければ……。


 VR着せ替えでお小遣いをさんざん無駄遣いしていた私は、心機一転“ナインライヴズ”では現実のお金を使わない、無課金でやろうと誓った。何度も死にながら、こつこつとレベルを上げてスキルを上げて、通貨を稼ぎアイテムを売り捌き、今では“最上等商業区”の目立つ位置に“コスチューム”と武器防具専門の店舗を持っているくらいだ。ノン・プレイヤー・キャラクターというプログラムで動くロボット、通称“NPC”を雇って管理している店だ。ここまでくるのは、本当に本当に長かった。


 “皇”さんとのお付き合いは約一年前からだ。時々とってもレアな“コスチューム”や武器防具を売りに来る低レベルのプレイヤー・キャラクターがいるので気になって色々と質問しているうちに仲良くなったのだ。彼も無課金プレイヤーであることや、レベルを上げるよりもスキルを上げてレアアイテムをゲットする方が好きだということ、彼は私の扱わない消耗品を扱う商人になりたいということがあって親しくするようになった。私はいわば“ナインライヴズ”における彼の師匠だ。


 私も彼も後衛職で、“フィールド”には出ない。お互い、ログインしているときには“Pチャット”を使って二人だけでおしゃべりをする。もし時間が合えば私の店で直接会って話をした。そんな彼から「オレたちのギルドに入って一緒に戦ってくれませんか」とお願いされたのは五ヶ月ほど前の、春のことだった。

 すごく迷った。“皇”さんと話すのは楽しく、居心地がよかったし、お誘いだって私に不利なことなんて何もなかった。ギルドは少人数ながら特殊なポイント制であることも手伝って、長く一位の座を独占している有名なところだったし、ギルドマスターの“白銀の騎士”は清廉潔白な高潔な人物だと噂されていた。


 断る理由なんてなかった。

 私が、人間嫌いでなければ……。


 怖かった。“皇”さん以外と喋る勇気もなかったし、自由なポジションでいたかった。ギルドには貢献したかったけど、縛られるのも不安で、期待はずれだと失望されるんじゃないかという恐怖があった。渋る私を“皇”さんは責めなかった。同じ事を聞く私に根気よく説明を繰り返してくれた。


 結局のところ、先が読めない未来による恐怖よりも、“皇”さんと疎遠になるんじゃないかという恐怖に負けた私は、ギルド『白銀の鷲』に入団することになった。そうしたらなんと、私を含めてわずか六人しかギルドメンバーがおらず、そしてその全員が都内の比較的近い場所に住んでいることが分かった。

 “皇”さんは同じく都内の明鏡みょうきょう学園の生徒で同学年同い年だった。「実際に集ってみないか」という誘いに迷わず乗ったのは、きっと運命を感じていたからだ。もう、出会う前から好きになってしまっていた。


 皐というのが彼の本当の名前だった。髪の色、目の色、肌の色……ちょっとずつ違うけれど大まかにはゲーム内で見慣れた顔だった。声も、店に遊びに来てくれた“皇”さんそのものだった。私の中で“皇”さんはすぐ皐さんに切り替わった。身長は……私もアバターを作るときに、自分の理想を混ぜ込んでしまったのだから、責める気にはなれない。


 私と皐さん、“歩”さんが同学年、皐さんの妹の芽衣ちゃん、ギルドマスターは大学生のお兄さんで、もう一人は社会人だけれどギルマスと年齢はほぼ同じだった。メンバーがほぼ未成年だなんて不思議なギルドだと思った。強豪なのは大人二人がとても強いせいだった。私が加入したことでポイントが増えてさらに磐石になったらしい。戦闘ではほとんど役立たずの私だけれど、裏方でこつこつ稼いだ分が効いているそうだ。こういう評価の仕方は、キャラクター育成に費やしてきた時間が報われたようで嬉しい。

 そこからはさらに中学生が二人、高校生が一人、社会人が一人増えた。色々な職業の組み合わせで“フィールド”に出られるし、“ダンジョン”の攻略も楽になった。ギルドは順風満帆、でも、私と皐さんの仲は……。


 怖くて踏み出せない。

 書いてみて。

「あ、ダメだこのヒロイン」という感想しか出ませんでした。梓ェ……。


 きっとその内まともに恋愛しますから。最後まで見ていただけたら幸いです。

「感想が欲しいなぁ」って書くと貰えるって本当ですか?

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