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番外編6【シリカと雑談】

 ユナイティアは異常な国である。人外魔境とさえ称することができるだろう。

 シリカは何度目になるかわからない溜息をつき、ここを作った勇者のことを思う。


 レイル・グレイ。

 その名はもはや知らぬ者がいない。邪神を倒し、世界を救った英雄の一人である。ただ、その本性を知る身としては手放しで賞賛しづらいものだと彼女は彼をそう評する。


 シリカが彼に出会ったのは、ギャクラの学校であった。当時は無名で、その肩書きは「悪名高いグレイ家に突然現れた養子」とどう対応していいかわからないものだった。他の貴族とのコネを、と父親に言い聞かせられてきたシリカも話しかけるのに躊躇いを覚えた。他の子供たちも遠巻きに陰口をたたいていた。

 レイルは学校で貴族に関わっていこうとするわけでもなく、ただただ観察していた。濁った、見透かすような瞳で。


「今思えば、彼の性格はあの時すでに完成していたのよね」


 最初は人となりを見るだけのつもりであった。ただの貴族の娘である自分が一言二言言葉をかわしただけでどうこうなるとは思っていなかった。

 予想は外れ、何故か関わりを持つようになってしまったことを貴族としては感謝せねばならないが、個人的には危険度と半々だと思っていたりする。

 かつて連絡用に手紙転送装置を手に入れろと言われて金がどさどさと送られて来た時には驚いたものだ。

 結局のところ、苦労して手に入れたそれはシリカのものとなった。


「空間術を手に入れたからそれはお前が使えって突然机の上に手紙が届いていた時は本当にどうしてやろうかと」


 今となってはシリカも父親の仕事の手伝いをしている。ただ、役職にはついていないため商人と貴族とのやり取りをするのが主だ。

 この年頃ともなれば縁談が来てもおかしくはない。

 しかしシリカの父親はそれを断り続けている。娘を想う親心というよりは、レイル・グレイと関わりがあることからかの勇者の目にとまり愛人の一人にでもならないかという淡い期待である。

 レイル・グレイが成してきたことを見れば、彼が腕っぷしだけの冒険者ではないことがわかる。あの思考、身分、そして名声はどれをとっても縁談相手としては申し分ない。そんな相手が自分の娘と個人的にやりとりしているとあれば、焦ってどこかに嫁がせるよりも様子を見た方がいいとなるのだろう。


 無茶を言わないでほしいとも思う。彼の周りには学生時代だけで天才の幼馴染とお姫様という強すぎる布陣が脇を固めていた。それにそもそも、シリカがレイルに抱く感情は恋慕ではない。呆れとか、親しみとか、もっと雑で適当な感情である。

 だがシリカはそれを父親に伝えたことはない。自分の意見が言えないとかではなく、むしろ都合が良いからだ。

 貴族や商人ともなると、結婚相手は親に決められることも多い。つい先日も友人が結婚するのだと嬉しそうに報告してきた。何度か会って印象は良かったそうなので心配はしていないが。

 そんな結婚ならまだいい。家を大きくするためだけに、よく知らない相手に嫁がされることを思えばレイルを隠れ蓑に結婚を避け続けられるのならばちょうどいい。まだ誰かに恋愛感情を抱いたことはないし、結婚願望が強いわけでもない。だが結婚するなら自分で好きになれる相手がいいと、人並みに乙女な願いもあるのだ。


 シリカがレイルにそのことを伝えると、彼は笑って承諾した。


「あっははは。いいよいいよ。俺の名前使っといて。結婚したい人ができたら言えよ」


 レイルは利用されることに躊躇いがない。身内に甘く、感情を利益に考慮して利益を最優先に動ける。それは誰もが差はあれど無意識のうちに行う思考方法である。


 シリカはその言葉を聞いて保険が得られたとばかりにこれまで以上にレイルに便宜をはかるようになっていた。

 レイルもまた、学校で同級生だっただけのシリカを重用した。

 ギャクラとユナイティアとレイル、その三者を繋ぐ架け橋や、それらの間で回る歯車のように。


 ユナイティアがみるみる育っていくのを見て、シリカはその理由を尋ねたことがある。

 レイル個人に与えられた私室に通され、紅茶を口に運びながらと聞くと優雅ではあるが。


「人材、かな」


 政治というものは基本的に先立つものが、そして生命線がないとやっていけない。食料、住居、衣服、水に木材。とりわけ水と塩の確保は必須だ。それは世の統治者の間での常識である。

 ユナイティアにおいて最初だけ食料を輸入に頼り、後から住民に耕させた畑でまかなっていたのもやはりそういうことだと認識されていた。

 だがレイルの本当の焦点は別のところにあった。それが人材だという。


「食料とかってとにかくあればいいわけじゃん? でもさ、政治体制とか教育って最初にそういう認識を植えつけないと育たないんだよね」

「学がなくとも、法がなくとも生きてはいけるわ」

「効率良く長く続けるには『理論的に考える』ってのが必要なんだよ。わからないから怯え、わからないから考えることを諦める。不作に対して生贄を捧げるようなバカな社会を作る気はないんでね」

「そういうのは貴族がすればいいんじゃないかしら?」

「全員に自分の置かれた全てに正しい理解を求めるわけじゃない。最低限、読み書き計算と『そうすることで得になる』っていう考えが欲しかった」


 だからユナイティアでは自由を与えるという。多くの人が家、身分などの環境と才能によって将来をぼんやりと決められてしまう中、奴隷から解放された後すぐに「何になりたい? 何がしたい?」と尋ねるのはそういうことだと。そしてなりたいものがあってもそのためだけに全てを整えるわけではない。欠点と、利点と条件を説明する。そうして人材育成の部分から作ったのだとか。


「結局のところ、能力を決めるのは才能と努力の掛け算でしかない。努力ができるのも才能ってか。だがこの世界で最低限生きるためだけの技能を身につけるのに才能がないからなんてことはあまりない。一番になれないだけだ」

「だけどやりたいこととできることは違うわ」

「それもそいつの選択だ。幸せの基準なんざ知らねえ。俺が気をつけることは機会を作ることと、全員が嫌いなものは排除すること、だと思ってる」


 シリカはレイルのことはまだまだわからないことだらけだ。

 教育に比較的力を入れていたギャクラ育ちだからか?というのはあながち間違いではない。

 その裏にあるレイルの生きていた「日本」の記憶がそうさせているというのはシリカのあずかり知らぬことであった。


「そもそも、学というものが可能にするのは何も文明の発展といった漠然としたものだけじゃない。同じ知識、考え方を共有できることにある」


 同じ説明で全ての人間が理解できる。教養の最低ラインの引き上げとはそういうことだ。自分で考え、自分で情報を伝える。同時に同じ知識や考え方を共有できたとすれば意思の統一も楽になる。


「それは……一種の洗脳にはならないのかしら」

「例えば太陽は東から西へと向かうけど、その本質を理解する考え方を得たとしてそれは人の人格にまで影響はこない。その知識思考を使える人は使えるし、使えない人は使えない。そんなもんだ」

「レイルがその知識を使ったことはあるのかしら?」

「この前はこの知識も使って魔物の群れを全滅させたよ」


 言うまでもなく、邪神討伐前の話である。空間の絶対座標固定を発動する際に、わざわざ魔物の東に立ったのは自転の向きを知っていたからである。

 シリカは何のことかまではわからずとも、目の前の男がレイル・グレイであると再認識した。


「そういうことってあまり説明しているのを見ない気がするんだけど」

「まあ三人あいつらは学生時代話したこととかでだいたい感覚的に理解してくれているし、レオナとシンヤにはするように言うときさらっと話してある。二人も言えばわかるしな」


 言外に「わかるやつだから使っているんだ」と自らもこうした考え方を受け入れずとも理解はしろと迫られている気がして怯む。


「ま、最大の要因はレオナとシンヤを引き込めたことだな」


 と最後に締めくくった。そこには仲間への最大級の賛辞と信頼が見て取れて、シリカは薄く微笑むのであった。

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