7話:夢と屋上
僕は小学生の時に大怪我を負ったことがある。そしてその後は不登校だ。
大怪我を負った原因は屋上から落ちた。幸い生きていた。運が良かった。
学校の屋上というのは実に中途半端なのだ。
自殺しようとしても、当たり所がよくなければ苦しむだけ。
僕は別に死ぬ気があって、落ちたわけじゃない。
一度、外壁の出っ張りを掴めたり、ひかかったりしたからただの大怪我で済んだ。
外から眺めた事のある校舎だ。どこに出っ張りの位置があるかは覚えていた。
当時、僕は虐められていた。まあよくある話だ。
とある事件で起こった『学級裁判』。それがきっかけで、それまでに溜まっていた僕への鬱憤が爆発したのだろう。思えば可愛げのある子供ではなかった。
それはそれでしんどい思いをした。けど、僕には桜花さんがいた。ついでにあずさも。
だから他はどうでもよかった。
・・・大人も混じった時の悪意はなかなか堪えたけども。
まあでも。それは原因の一つでしかない。
僕と桜花さんが初めて会ったのは小学2年生の夏の時だ。
当時の僕は飼育係だった。
いつものように掃除をしていた。この日は一人だった。あずさも手伝ってくれるのだが、最近『星空公園事件』があってからはあずさの家が若干厳しくなった。まっすぐ帰ることを余儀なくされていた。まあこれに関しては仕方ない。僕にも非がある事だ。
掃除をしていると一匹の鶏がおかしい事に気が付いた。
口を開き、呼吸が激しく、水をよく飲んで、下痢をする。
その一匹だけが明らかに異常だった。
当時の僕は、記憶力がいい、それだけで自分はなんでも出来るんだと勘違いしていた。
だけどこの鶏を見たときに何も出来なかった。焦るばかりで、ずっと小屋でオロオロしていた。
その時に声をかけてくれたのが桜花さんだったのだ。
「どうかしたの?」
「えっと、、、鶏が、、、その、、、、」
桜花さんは鶏を見て、先生を呼んだ。
それだけの事だ。僕にはそのそれだけが出来なかった。
鶏の不調の原因は熱中症。適切に処置をすればすぐに回復した。
これだけの事。でも、桜花さんは僕のヒーローになった。鶏を救ったのは彼女なのだ。
僕はこの時、すごく感動したのだ。
それが出会い。
その日、桜花さんと約束した。
「困ったら、頼ってね?」っと。指切りをした。
それから暫くは廊下ですれ違う程度だった。
そもそもクラスが違う。
そして小学6年生。ようやく、彼女と同じクラスになった。幸運と同時に不幸もあった。
同じクラスになった、琢磨 研一。
学年一の不良。問題児。こいつに目をつけられた。
何かした訳じゃない。
けど、こいつはあずさが好きだったみたいだ。
いつも一緒にいる僕が目障りだったのだろう。
あの『学級裁判』でもっとも、騒いでいたのもこいつだ。こいつに従うグループもあった。
先生にあまりよく思われていなかった。小学生に勉強を教わるのは屈辱だろう。
そういった、悪い事が一度にきた時期でもあった。
桜花さんと同じクラスという、世界一の幸福に比べたら可愛い不幸だ。
『学級裁判』が終わって暫くしてからだった。
僕は屋上にいた。琢磨のおかげだ。鍵をかけられて、閉じ込められた。
ぼんやりと寝そべって、月を見ていた。他にすることもなかった。
考えるのは桜花さん。もう僕はこの時には、桜花さんでいっぱいだった。
昔の飼育小屋の桜花さん。『学級裁判』で悪意に向かってくれた桜花さん。
あの人が堪らなく好きだった。
痛みや閉じ込められる事位は耐えてみせよう。桜花さんに毎日会えるのだから。
後はお腹が空いたとか。星座を探したり。
そんな事を考えながら過ごした。よくあることだったし、慣れていた。
そこから先の事は、夢だと思っていた。空腹と、桜花さんの事を考えすぎるあまりに幻覚を見ているのだと。妄想だと。
その日はいつもとは違った。
月を横切るものがあった。
跳ねるように飛んでくる。
それは僕に気付かずに屋上に降り立った。
屋上のヘリで、座って月を眺めている。
その日は満月だった。
その姿はあまりに美しく、幻想的で、僕の心を掴んで離さなかった。
月明かりに照らされて浮かぶ顔。真っ赤な瞳に吸い込まえそうになる。
でも、間違いなくその人は、、、、
「桜花さん、、、?」
「え?」
慌てて振り向いて、彼女はバランスを崩した。
咄嗟だった。落ち行く彼女の手を身を乗り出して掴んだ。
重みで、腕がちぎれそうになる。痛みで頭がおかしくなりそうになる。
だけど、掴んだ手を離すまいと必死に意識をつなぎ止めた。
唇を血が溢れるまで噛み締める。
その口から伝う血を見て。
「あー。」
真っ赤な瞳で、彼女は嗤った。
こんな時なのに、僕もその笑顔を見て、笑ってしまった。
可愛くて。綺麗で。妖艶で。
これ程、様々な『美』を一人の少女が持てるものなのかと。
地球上のどこを探しても、これほどに美しいものには出会えないだろうと思った。
僕はこの日の感動を忘れない。夢と現の狭間で見た、この光景を。
彼女はふわりと僕の口を塞いだ。
口で。
溢れる血と一緒に舐め取られた。
初めての口づけは血の味がした。
彼女の笑顔がより輝く。恍惚と。魂を持っていかれた。
そしてそのままふわりと跳ねるように飛んでいってしまった。
そして放心と重みがなくなり、気の抜けた僕は、そのまま落ちた。
咄嗟の判断ででっぱりにひっかかったりした。減速には成功したけど、そのまま落ちた。
幸いにも頭を打ったり、重要な部位を打ったりはなかった。
裂傷に打撲、骨折。
僕は這うようにして帰ろうとしたけど途中で力尽きた。
気が付いたときには病院にいた。
それからは学校に行っていない。流石に母さんもかなりの心配をかけた。
今回は僕がドジを踏んだが、遅かれ早かれ、あの小学校に居続ければこうゆう事態も起きたかもしれない。
桜花さんに会えない事は辛かったけど我慢した。
今は駄目だと。
僕一人ではなく、母さんやあずさ。そして桜花さんにその内、もっと迷惑をかけるかもしれない。
屋上に居たそもそもの原因は琢磨だ。
地元の中学に行けば、同じ事が起きる。内容もエスカレートするだろう。
あいつの所為で、桜花さんに会う機会が減るのは殺したいほど腹が立つ。
けど、桜花さんの為だと思えばいい。
時間が経てば落ち着くだろう。琢磨は素行通りに頭が良くない。高校で一緒になることもないだろう。
桜花さんと別の中学に行くのは抵抗があるけど。
桜花さんだけじゃない。
一番だけじゃなくて、二番、三番に大切なものもある。
母さんとあずさ。
今は耐えよう。心配をかけたい訳ではない。
病院でそんな事を考えて過ごした。
だからその後は不登校。大丈夫、問題ないとは思っていたつもりだったけど、実際に行かなくなってわかった。思ったよりも虐められていたことにストレスを感じていた。
家で冷静になって落ち着いたら分かった。
トイレの鍵をかけるのが怖かった。
食事の中身を一度、調べてからじゃないと食べられなかった。
ノートを開くのに覚悟がいった。
他にも色々。家の中でこんな感じで過ごしている僕に気づけた。
だから、不登校になった時が無駄だとは思っていない。
あの当時の僕には必要な事だった。
あずさは今でも気に病んでいるようだけど。
別の学区の中学に行っても、すぐに馴染めるものじゃなかった。
気持ちにリハビリが必要だった。トイレで吐いたのも一度や二度ではなかった。
でも。
桜花さんの事を思い出せば、強くなれる僕がいた。
そうして僕は高校生になった。
桜花さんの通う、学校の生徒に。
コメディ要素が一切なしb
ちょっと長いですが告白前の彼氏の事情。