6話:待ち合わせと狸
「え?」
「・・・・・・」
じっと。羞恥と緊張に染まった顔で逸らすことなく見つめてくる。
「・・・・・え?」
そんな言葉しか出せない自分が恨めしい。
初めてだ。記憶が飛んだ。いや。思い出すのは後だ。それよりも目の前の現実だ。
僕は桜花さんから告白されている、、、のか?本当に?いやいやいや。夢でもなんでもいい。そこに桜花さんがいるのだ。待たせては駄目だ。それに口の中にある甘い感触が現実だと告げている。
けど。どうしてこうなったんだ?混乱する頭をフル回転させながら思い出す。忘れているわけではない。いままでやってきたことがすっ飛んでしまっただけだ。一瞬でもこんな緊張いっぱいの彼女を待たせるのは心苦しい。けど、少しだけでも整理しよう。
――――――16:20
裏門で待っていると、彼女が駆けてきた。
「ごめんなさい。待たせてしまって、、、」
会うなり、申し訳なさそうに誤ってくれる。多少待つことになったけど、それは仕方ない。彼女は委員長で人気もある。すぐに抜け出せない事情なんて山ほどあるに決まっている。
「気にしないで。本を読んでいたからそんなに待ってないよ。」
言って、文庫を掲げてみせる。無論、この後どうするかと、緊張で頭がいっぱいだった。内容なんて入ってこなかったが。
「うん。それでもごめんね?待っててくれてありがとう。」
そう言って笑ってくれた。彼女はやっぱりこの顔が一番可愛い。
「うん。じゃあ行こうか。」
「うん!」
僕は自転車を押しながら彼女と並んで歩く。
「どこに向かえばいい?」
「とりあえず駅にお願いします」
駅に向かうことになった。2人乗りはしない。
校則とか社会のルールもあるけど、そもそも桜花さんを後ろに乗せて走るなんて出来そうにない。技術的に、じゃなくて精神的に。
それに折角、二人なのだ。さっさと行くなんて勿体ないだろ。
「・・・・・・」
「・・・・そのステッカー・・・」
話題を考えていると桜花さんが自転車を指しながら聞いてきた。
自転車には一枚ステッカーがついていた。色褪せた可愛い狸のステッカー。僕の宝物の一つだ。
「あ。これは・・・」
「うん。私が昔あげたやつだよね!」
そう。昔、彼女がくれたステッカーだ。年季が入っているから色褪せてしまったけど。
残念ながら僕だけが貰った一点ものではなく、クラスの連中は大概持ってる。
彼女が好きなものはいくつかある。今朝の花もそうだ。また、彼女は狸が好きだ。なんでなのか理由は深くは知らない。彼女のハートを掴んで離さないらしい。・・・・狸が憎い。
当時、彼女は狸の布教活動を行なっていた。その時の一環だ。彼女のカリスマ性もあって狸は一気に広まった。あの小学校では一時期、社会現象だった。
その前に小学校で流行っていたのは、『うなっじぃ』といううなぎの爺さんのキャラクターだった。『うなっじぃ』は天下統一するかと思われた。
だが、颯爽と現れ、邪魔をしたのが時の風雲児。それが狸の『タヌネコ』だった。
「1000回遊べるかもしれないRPG」を謳い文句に、主人公はとある商人の店の招き猫ならぬ、招き狸となり地下ダンジョンに潜り、アイテム等を強奪するゲームのキャラクターだった。狸の普及率なんてたいしてなかった。けど『タヌネコ』の登場は彼女に火をつけた。
そう。それが桜花さん。
「うん。『タヌネコの下克上』の時に貰ったやつだよ」
「やだ!やめて!そんな事件ぽい名前で呼ばないでっ」
あの時の桜花さんは『明智光秀』とか『ブルータス』とか『狸教祖』とか色んな二つ名があった時代だ。
『うなっじぃ』派は謀反だと騒いでいたっけ。
「十分、事件だったと思うけど」
二大派閥のぶつかり合い。彼女はその首領だったのだから。
まあこれは彼女の黒歴史のようだ。中二ノートの一頁な感じなのだろう。
僕も男だ。触れられたくない過去の一つや二つある。そっとしておいてやるのが粋だろう。
変わらず狸は好きみたいだけど。
「あーうー。ついカッとなってやっちゃったんだよねぇ、、、。」
全力で頑張っていた当時の桜花さんも好きだけど。
「はは。まあその時に、桜花さんに貰って、そのままね」
「えへへー。まだ大切に使ってくれてて嬉しいよ」
経緯はどうあれ、彼女のくれたものなのだから。大切に決まってる。
「狸のどこが好きになったの?」
前々からの疑問を聞いてみた。
「可愛くて、愛くるしくて、もこもこで、目がつぶらで、模様────」
・・・・・・・・・・・
「────へ、へぇ。そうなんだ」
デジャブだ。こんなやつをどっかで見た気がする。僕の頭が忘れる訳がないけど、思い出すことを拒否している。
決して、彼女が若干、キモうざく見えたから途中で止めたわけじゃない。
模様────の後にずっと言葉が続いていた。彼女の声は素敵だから別に聞き飽きない。
けど駅までの道のりの約15分。ずっと、ずっと狸への賛美が続いたのだ。
駅に着いたので止めただけだ。断じて、うざくなった訳ではない。
2度とこんな愚かな質問はしないと思うけど。
ようやく駅についていることに気がついた彼女はコインロッカーへ向かった。
『0529』
それがロッカー番号だった。
明智光秀の誕生日だ。なんだかんだで彼女は明智光秀と呼ばれた時もあって明智光秀を気に入っているのだ。
取り出したのは小さな可愛らしい紙袋だった。
「学校には持っていけないからあずけて置いたんだー」
やっぱりチョコか。誰かの口に入ってしまう前に奪って、食べてしまいたい衝動にかられる。
もちろん我慢するが。
「そっか・・・・。それで僕は何を手伝えばいいのかな?」
「・・・・?今朝も言ってたけど手伝うってなんの事?」
「ん?そのチョコを渡すのを手伝うんだよね?・・・もしくはちゃんと渡せるように見張っているとか・・・」
桜花さんの顔が徐々に曇っていく。なにか・・・間違えただろうか?
朝の花壇では手伝ったり、軽く話はするけど、クラスでは挨拶程度の仲だ。他の用事が思いつかない。僕が桜花さんからチョコを貰える可能性は考えていない。好かれる理由が分からない。彼女は僕の恋するオトメンフィルター越しでなくても可愛い。圧倒的に。
「それとも、、、僕が代わりにその相手に渡すとか、、、」
桜花さんはぎゅっと目と口を閉じた。数瞬の間、閉じていた目を開き言った。
「ちょっと来て」
僕は連れられるままについて行く。桜花さんは無言だ。背中からヒシヒシと怒っているのがわかる。
僕は桜花さんが怒っているという事実に震えた。なにか間違ったのは確かだ。考える。焦った頭で必死に。
どうしよう。
どうしよう。
謝るか?何を?どうやって?謝る内容もわからないまま誤っても、余計に怒らせるだけだ。
連れられて来たのは、、、、小学校。
時刻は17:00頃。
門は開いていた。彼女はドンドン先に進む。
「え?ちょ・・・」
僕は慌てて門の横に自転車を止めて、彼女を追いかける。
勝手に入って怒られないだろうか、、、。
まあその程度なら構わないが、、、。
学校って先生の入れ替えが激しいところだ。当時の担任も流石にいないだろうけど。
あまり良い思い出のない場所だ。
彼女とあずさと過ごした部分くらいだろう、良い思い出は。
僕にとって小学校は、、、。
当時の事を思い出して、バクバクと心臓が鳴る。
彼女は進む。
屋上へと進む。
ここは。この場所は。
小学生の時、僕が落ちて、大怪我を負った場所だ。
ちょっと次の話の関係で改訂入れるかもです。
改訂入る場合は次の話の前書きに入れておきます。