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少女は、闇と同化しようとしていた。耳を塞ぎ、目を瞑り、できるだけ体を縮め。
――正直、イーファに刺され、ほっとしていた。これで何もかもから解き放たれるのだ。
イーファはもちろん若いエルフ達は、少女のせいではない、気にするなと口を揃えて言っていた。だが、その慰めを鵜呑みにできる程、自分の仕出かしたことを軽んじることは出来なかった。
頭では理解していた。本来ならば、少女が産み出した持つはずのない強大な力を植え付けられ苦しんでいる存在――黄金樹の苗達の行く末を見守らねばならぬことも、また、ここで命を落としてしまえば、最後の最後まで守ってくれた彼の人を裏切ってしまうことも。
ただ自分が死ねば、最悪の事態を免れる。エルフの長達は、一欠片の小さな希望よりも、犠牲の少ない堅実な未来を選択したのだ。少しの問題は残るがこれから起きる最悪を考えれば些細なことになる。
もう何も考えなくていい。闇の中は何もなかった。このまま揺られていれば、この“悲しい”と嘆く自分や“このままでいいの?”と自問する自分も何もかもなくなる――。そう諦めたときだった。
『我が姫。只今参上いたしました。』
目の前に、いつの間にか片膝をついた人がいた。足首まで流れる緑の髪が地面につくことを構いもせず、顔の横から覗かせる、いつもは純白の綺麗な羽をボロボロにして、風の精霊王は頭を垂れていた。それは、フィーユのよく知る存在、兄と慕うエルフの精霊の颯だった。
「颯‼兄様は……」
『私には、もはや名がありません。』
自分を助けてくれた唯一の存在。その安否を知っているだろうと逸る気持ちを遮った精霊の言葉をフィーユは理解できなかった。
『我が姫よ。新たな名を私に与えてください。それが、我が主の最期の願い。』
精霊が名を無くす。それは、契約がきれることを意味する。
フィーユは、自身の心の中で何かが割れる音と共に、ヒュッと喉が鳴る音を聞いた。
(どうして、声がでないの?……こんなに悲しいのにッ!)
『姫‼落ち着いて!喉が‼喉が潰れてしまう!』
「あ、ああああああああ……‼」
自分が声がでないと錯覚するほど、叫んでいるだなんて気付かなかった。ただただ自分の中から崩壊が始まったことしかわからなかった。それまで静まりかえっていた闇がフィーユの絶叫に呼応するように轟き始めた。
『姫‼』
風の精霊はフィーユに近づこうとしたが、伸ばした手が闇に阻まれてしまった。
(このままでは、姫だけでなく私自身も闇に呑まれる。……一度退くしかあるまい。)
風の精霊が腕を横に払うと突風がうまれた。そして、闇を押さえつけていた突風が弱くなると同時に精霊の姿はなくなっていた。精霊を探すように闇は蠢いていたが、何も呑み込むものがなくなるとわかると、また穏やかに、だが先程よりも更に色濃くその場に留まった。
(兄様が死んでしまうなんて……。悲しい……辛い…………消えてしまいたい。)
そして、少女の姿は闇に消えていた。