序章
初投稿です。
よろしくお願いいたします。
月が雲に隠れた、闇に支配された森。闇は動物達を優しく包みこみ、人間に邪魔されない一時の楽園を作り出すはずであった。
少女は、一人ただひたすらに息を殺し闇の森の樹木の影に蹲っていた。
月がでていたなら白金に輝いていただろう腰まで流れる髪は泥で汚れ、少女が着ている白のローブには、泥と見間違うほどの赤黒い血痕が至るところに付着していた。
耳を研ぎ澄ますと、動物達の息遣い、虫の羽音の他に、乱れた複数の足音が聞こえる。
少女の心は、ただただどうして…という疑問にあふれていた。
自身の気持ちに囚われすぎていたせいか、背後に現れた人物に反応することができなかった。
振り返るとともに、目の前が真っ赤に染まる。
その先に、エルフが黒いローブに身をつつみ、立ち竦んでいた。
少女の心を蝕んでいた疑問が、横腹から流れる血とともに溢れだす。
「イー…ファ……。どうして……。」
地面に伏せる少女を見下ろしながら、イーファと呼ばれたエルフは静かに答えた。
「長老達は決断を下したわ。……貴方を含む全ての関係者を森に還すと……。だから、せめて貴方は私が森に還す。この刃には、強力な毒が塗ってある。あまり時間が経たないうちに、終わるわ。」
倒れた少女をそのままに、エルフは任務を遂行した旨を、追い付いた仲間に伝えた。
一人が、詠唱を始める。言葉が完成すると、突然風が吹き荒れ、少女の友は姿を消した。
「フィーユ、ごめん。でも、全て私が終わらせるから。」
決意と、数滴の涙を残して。
待って!咄嗟に叫んだが、ヒューヒューと息の音しか出ない。
(早く知らせなくては……。)
少女は、頬に降りていた温かな雫に触れる。少女の右耳の赤いピアスが光ると同時に、雫は、小さな一人の人へと形を変える。それは、少女のような少年のような風貌の、首筋には鱗、手の間には薄い膜をもつ水の精霊であった。
「汚れなき乙女…、生命の根源の王、蒼。お願い…。伝えて、これから起こる悲劇を……。」
もはや、少女は言葉を成していなかった。
だが、蒼と呼ばれた水の精霊は意志をくみとった。
『主ッ!!なりません。無理に言の葉を紡いでは、貴方の命が、枯渇してしまう。知らせより、先に御身を癒さねば…。』
しかし、少女の耳には何も届いていなかった。ひたすら、お願い…と懇願するのみであった。
蒼は、主を見つめ一度目をつむる。
その顔は、苦悩に満ちていた。できることなら、主の傷を癒した後、主の命令に準じたい。しかし、媒介できる力は、主の友人の純粋な気持ちから溢れた涙数滴のみである。主より流れ出る血液は巨大な力であるが、様々なものが混じり構成された穢れたモノであり、行使することは叶わないのである。
そうして、一瞬の逡巡のうち、主の願いをかなえるため蒼は龍の姿となり空へ翔けた。
一晩中雨が降り続いた。
--耳をすませ。
神経を研ぎ澄ますのだ。
そして、忍び寄る破滅の足音を捕らえよ--
降り続く雨の中、蒼による警鐘の唄が響いた。
この国の城の中で、また、城下町の闇に染まる一角で、それは、確かに力あるもの達に届けられた--。