結
払暁を迎えた不破の里に、ミズキと贄文吾は佇んでいた。
沈痛な思いは引き擦っているものの、二人の顔は晴れやかだった。
「あんた、これからどうするの」
ミズキが文吾に問い掛ける。逃げた蠎蛇の姉妹が事実を捻じ曲げて報告しているのは火を見るより明らかだった。それに、一端とはいえ鎧霊の力を身に宿す文吾を、八岐はおそらく受け入れはしないだろう。実験材料にされるか殺されるか。おそらくその両方だろう。
「それでも、わたしは戻る。誰に何と言われようとも、十顎に成れずともよい」
この力を蜈蚣のために振るう。ただそれだけだ。その目には揺るぎない信念に満ちていた。
「そう言うおまえはどうするつもりだ」
問い返され、ミズキは首を傾げる。
「まだ決めてないわ。ま、八岐に戻らないことはたしかだわね」
役目に縛られて生きるのはもうこりごりだわ。ミズキが冗談めかすと、文吾は朗らかに笑った。それに応じるように、ミズキも声を上げて笑った。
「次に会ったときは、敵同士かもしれないわね」
「今さら言うことか。これまでもそうだったろうに」
二人はもう一度笑い合った。
「おっと、忘れるところだった」
文吾は肩に着けていた緋々牙を返そうとしたが、ミズキはそれを断った。
「しばらくは貸しておいてあげる。何かと入り用でしょ」
貸すだけだからね。壊したり失くしたりしたら承知しないから。ミズキの気遣いに、文吾は頭を下げることしかできなかった。
「それでは」
行く末に希望があるように。ミズキはそう祈りながら文吾の背見送った。
「さて、と」
ミズキはすぐには立ち去らず、最後に不破の山々を歩き回ることにした。
未練があるわけではない。ただ、そうしたいという心の赴くままにした。
日ごとに寒さを増す冬の山々は彩りに乏しいが、ミズキの目にはそうは映らなかった。
今はただ力を蓄えているだけの木々や草花は、来る春にその命を芽吹かせる。
きっと、春だ。
山々が十重に萌え上がるいつかの春に、きっと二人は帰って来る。
去来する万感の思いを踏み締めるように、ミズキは前へと進むのだった。
〈了〉




