友人その一と友人その二の、噛み合ってるんだか、ないんだか、な話。
これは、私は仕事を恋人にして生きるの、というよくわからない宣言をしている友人その一と、まさに趣味を恋人に生きる自由奔放な友人その二の、よくわからない会話の全容である。
「恋愛小説を読んでるとさ、この野郎モゲロ! って思う時と、振られてしまえって思う時があるんだけど。最終的にこいつらくっつくんだろうなぁ~と予想してその通りになるとホッとするのはなぜだと思う?」
「それは作者のテクニックにうまく翻弄されているからではないか? ひどい男をよりひどく書くのが作家というものだよ。創作とは得てしてそういうもの」
「でもさ、お約束を踏襲しているように見えて、実は!みたいな読者を裏切るものがあってもいいのに」
「劇的な展開を用意しているなら、結局はお約束の域を脱していないのでは? いや、今は何気ない日常とやらを題材に書く者も多いな。非日常性だけが物語の売りという訳でもないのか」
「私は恋愛したいときには、そういう話読まないんだけど。いや、恋愛したい時がないから私の本棚は満員御礼状態なんだわ」
「フィクションに何を求めるのか。確かに重要な問題だ。刺激、癒し……現実の生活から逃れる非日常のスパイスとしての役割……もしくは」
「でも、ときどきドロッドロのメロドラマとか見たくなるんだけど、やっぱり純愛系に帰ってきちゃうのよねえ」
友人その一はジュースをすすりながら、窓の外を眺める。でもガジガジとストローを噛んでしまうのは、友人その一の悪い癖だ。直してほしい。わたしは和風ステーキ定食をほおばりながら、二人の会話を黙って聞いている。
「個人の趣向というのはそう簡単には変わらない。習慣と同じで、いつもと違うことをしようとすると途轍もなく疲れる。新境地の開拓とは実はかなりの重労働だよ」
「だってえ、嫌になるんだもん、ルーチンワークが。……それにいつまでも夢見てるような気になるし、大人になれよ自分、みたいな?」
「フィクションと現実の区別がつかなくなるからと、テレビやゲームを忌避する人がいるが、私に言わせると詭弁だな。人間は簡単に現実を捨てることはできない。ただの言い訳だよ、原因はそこじゃない」
「ええー。でも子供っぽくない?」
「空想と現実をごっちゃにしている人間は、空想に現実が追い付かないことに憤る。大人が児童文学読んでいても、面白いで終わっているうちはただの本好き」
「でもでも、恋愛小説好きって言ったら欲求不満なの? って言われた。どう思う?」
「ミステリー好きが、殺人現場に居合わせたいと願うわけではないだろう? ハラハラドキドキ感を感じるのにどの系統を用いるか、という違いでしかない。恋愛も殺人もどちらも興奮するものだ。心理戦という面でも両者は似ているな。推理小説でも読んでみたらどうだ」
「ミステリー系は苦手なのよねぇ。頭使うのが」
「何を言うか。恋愛小説など、策謀と心理戦を駆使する、非常に頭脳を回転させるものではないか。私は君から借りた小説で熱を出しそうになったぞ」
「あれは、気軽に読むもんなの。頭使うもんじゃないの」
「バカなことを……相手の考えのみならず、自分の心理状態度を洞察し続けるのだ。そして、次に打つ手を考える。時には大胆に、時には手の内を隠して……究極の頭脳戦だな」
感心したように手に持っている小説を眺めている。タイトルは夏目漱石の「それから」。友人その二にとっては、それも恋愛小説枠なのだろうか。
わたしは和風ステーキ定食を食べ終え、チョコレートパフェの攻略に取り掛かっている。パフェを運んできた店員さんは、なんだか微妙な笑顔だった。わたしたちはよほど変人に見えたようだ。わたしは普通なのに。
「まったく。いつも難しい本ばっかり読んでるから、そんな思考回路になるの。もっと単純に考えれば?」
「私は基本、思っていることをそのまま口に出す人間だ。自分に正直に生きているつもりだよ。難しく考えたことなどないと断言しよう。思考回路はいたって単純だ」
「本当かしら、あなたって告白の言葉も回りくどく言いそうなのに」
「心外だな。誰よりも率直に、情熱的な告白をするぞ、私は」
「四文字で終わる?」
「そうだ、よく知ってるじゃないか。その四文字こそが大切なのだよ。どれだけ言葉を重ねたとて、取るに足らない。重要なのは四文字の言葉に込めた心のほうだ」
「普段は淡白で、まわりくどくて、よく口が回るくせに……」
「純情なのだ」
「そうね、まあ可愛いところもあるじゃないって……思っちゃったのよねぇ」
パフェの最後の一口を口に運んでいたころ、友人二人の会話は一区切りついていたらしい。隣から放たれるオーラに充てられていると、いつも付き合わされる事実に嫌気がさす。わたしいらないじゃん。よそでやれ。頬を膨らませて不機嫌顔をつくりながら、ふたりに言ってやった。
「お前らもう、結婚しちゃえよ」
これ恋愛のジャンルに投稿してもいいのだろうか。