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日陰と日向(ひかげとひなた)

作者: 安西治

 こういう片思いもあるんじゃないかと思い、書いてみました。このサイトはライトノベル中心だから、私みたいに硬い文章は合わないのかなあと思ってはいますけど、感想をいただけるとうれしいです。

 

 

 聞いてるだけで眠たくなるような古文の授業が終わり、放課後になった。

 高校三年生も二学期半ばにもなると部活を引退した人がほとんどのせいか、教室に残って雑談してる奴の割合がそれ以前よりも多い。でも俺には話すような奴もいないし、話したくてもまともに相手してくれるような奴もいないし、他にいるとすれば・・・。

 「よう上岡、ちょっといいか?」

 同級生で俺と同じ野球部だった北野が後ろから肩を叩いて呼び止めた。机の中の文房具をかばんにしまってから答える。

 「何の用?大した用じゃなかったら帰りたいんだけど」

 無愛想に俺は言った。上岡は野球部にいた時4番でピッチャー、俺は引退するまで代打での出番すらない万年補欠。スポーツって実力社会は同級生同士でも上下関係を生み出すけど、北野はあまりにもそれを鼻にかけるので正直関わりたくない相手だった。

 「お前にも好みの子はいるだろ?誰だ?教えてくれよ」

 北野のにやけ顔の背後で3人の男子がこっちを見て同じように笑っていた。3人とも北野の取り巻きで俺と同じ野球部の奴ら。それでわかった気がした。多分4人で好みの女子のタイプの事でも話していたんだろう。そしてそれは万年補欠だった俺へ矛先を向けてきた。何故ならあの取り巻きどもも野球部のレギュラーだった時に、補欠だった俺に散々嫌がらせをしてきた。そしてそれを後輩にまで押し付けた。ノリのいいタイプの後輩は先輩に乗せられて気分よく俺に嫌がらせをした。それというのもこの野球部がレギュラーよりも補欠の数の方が少ないからってせいもあるかもしれない。

 「そんなのいないよ。万年補欠の俺よりも北野の方が好きになる奴いるだろ?」

 「なあ、聞こえなかったか上岡?」そういって北野は俺の前髪をつかんで俺の目を睨んだ。「俺は、お前の、好きな女子の名前を言えって言ってるんだよ」

 「だからいないって」

 言い慣れたウソをついた。俺にだって好みのタイプの女子はこのクラスにいる。テニス部のキャプテンをしてた草薙由香だ。水で濡らしたようなツヤのある黒髪を肩まで伸ばし、スポーツをしているとは考えられない細い体をした草薙は、俺の右2つ隣に座っている女子だ。草薙のどこが好きなのかと聞かれたら、俺みたいな落ちこぼれにも分け隔てなく接する優しさだ。もっとも、誰にもそれを話すつもりは無い。ましてや目の前の人を人とも思わないような奴に誰が話してやるものか。

 「お前は誰が好みだろうなって盛り上がってたんだから、それじゃあ俺達の気が済まないんだ。わかるだろ?」

 「いないものはいないんだからしょうがないだろ」

 そう言って俺はかばんを持って立ち上がり教室を出ようとした。左肩に誰かの手を感じた後、ものすごい力で引きずられ、あっという間に俺は教壇に背中を叩きつけられていた。背中の衝撃で息が止まる。

 「万年補欠の分際で俺達に逆らうなんて十年早いぞこの野郎!」

 柔道部でもやっていけそうな太い腕を持った島田が俺を見下ろしていた。取り巻きの一人だ。

 「だから・・・、いないもんはいないからそう言うしかないだろ?」

 「そうか、いないなら仕方が無いな」

 俺の言葉に答えたのは北野だった。あとの二人は俺を見下ろしながら相変わらずのニヤケ顔。

 「おーい!今上岡が言ってたけどな、俺は女に興味がないホモだってさ!」

 北野が教室全体に響く声で言った。教室に残ってる大半の奴が俺を見た。そして内緒話。

 (上岡って暗いから女にもてなくてそうなっちゃったのかな?)

 (やだあ、キモいー)

 (まあネクラのあいつにはちょうどいいんじゃねえの?)

 好奇心に満ちた侮蔑の表情から出てくる、俺には聞こえないとタカをくくった音量での内緒話。だけど、その多くが俺の耳に届いていることを同級生は知らない。悪口や罵声の類は意外と聞き取りやすいのから不思議なものだ。

 「何言ってるんだ!別にホモってわけじゃねえよ。たまたまいないだけで何でそうなるんだよ?」

 「じゃあ教えてくれよ。このクラスの女子でお前の好みの奴は誰だ?」

 北野と島田のスキを伺って一気に逃げようと思ったが、あとの2人が両脇をガッチリと掴んでいて逃げられない。俺の視界の左側には横顔でもはっきりとわかる濡れたような黒髪を肩まで伸ばした少女がいた。その姿を見たことが誘惑になる。言えよ、言ってしまえばこの場から逃げられる・・・。

 

 本当にそうか?


 たしかに名前を出せば4人は納得するだろう。でも、その後は?


 名前を言えばたしかにこの場から逃げられる。4人は草薙をからかい、俺の身の程知らず振りを笑い、惨めな気持ちで教室を出て行く羽目になる。俺だけじゃなく、草薙までも。そして草薙の友達はからかってきた北野じゃなくて、草薙を巻き込んだ俺に抗議してくるだろう。そんなのはゴメンだった。何より、それで草薙に迷惑をかけたくない。

 俺が草薙を好きになったのは、その外見だけが理由じゃない。

 あれは一学期に行った修学旅行の事だった。京都での自由行動で一人で過ごしていた俺に声をかけてきたのが草薙だった。俺は一人がいいと言ったけど、

 「上岡君、こういう時ぐらい誰かと一緒にいた方が楽しいよ?」

と強引に男女数人の中に連れて行ったのだ。正直なところ一人でいることには慣れていた反面、退屈を感じ始めていたところだった。何より、その時の草薙が俺の退屈を理解したような笑顔をしていた事がうれしかった。合流した男女数人のグループの大半の奴らが顔をしかめたけど、そんな事は気にならなかった。ただ、草薙のあの言葉と笑顔のおかげで俺の修学旅行は学校生活の延長上ではなく、特別な時間になっていた。

 別れ際、俺は草薙の横をさり気なく通り過ぎた時に言った。

 「ありがとう。今日の事は忘れない。この借りは必ず返すから」

 草薙が振り返ったのは背中越しにもわかった。でも、振り返らなかった。


 草薙の優しさ、俺にはそれだけで十分だった。付き合いたくないと言えばウソになるけど、俺は日陰者だ。あいつは日向で俺に向けたように屈託無く笑っていて欲しかった。だから答えた。借りを返すために。好きな子に好きな顔を曇らせて欲しくなくて。

 「人の事をホモ呼ばわりした奴らに誰が教えてやるもんかよ!」

 「しゃらくせえ!」

 北野が俺の腹を蹴った。俺は息ができずにその場に崩れ落ちた。膝をついた俺の体を上岡が引きずり倒す。頭を床に打ちつけ、激しい痛み。その後、いくつもの足が俺の全身を雨のように蹴り続けた。クラスの奴等は恐怖で引きつった顔をしている。その中に草薙もいた。体を乗り出して何かを言おうとしてる。草薙の友達が肩を掴んで押しとどめる。それこそが俺の望んだものだった。

 ひっきりなしに襲ってくる痛みの中、草薙と俺の視線が合った。

 その時の俺は、確かに微笑んでいた。

 

 

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