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あしたへ贈る歌  作者: こいも
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すれ違う想い

 最低。たしかに最低だ。

 人の体を勝手に使って変な言動をして。挙句の果てには生徒を泣かせた。

 明日からどんな顔をして学校に行けばいいのだ。

「すまん!本当に悪かった!我を忘れてしまったんだ!」

 言いふらすような子ではないとは思うが、万が一噂でも広がってしまったら自分は学校に居づらくなる。

「もう勝手にあんなことしない!約束するから!」

 あぁもう、やはり迂闊に請け負うのではなかった。第一、得体のしれない男に協力するなんて今までの自分には考えられないことだ。いつもだったらもう少し様子を見てからにするのに。

「本当に悪かったから・・・無視だけはしないでくれ・・・。」

「・・・。」

 情けない顔をして着いてくる幸太郎の顔を睨みつけた。

 平手打ちされた衝撃で雪春の体から離れた後、何も言わずに自転車を押して帰り始めた雪春に、さすがに危機感を覚えたのだろう。彼はずっとこの調子で謝り続けていた。

「・・・怖かったんですけど。」

 ポツリとつぶやく。

 幸太郎は久しぶりの返答に少し顔を明るくしてから、慌てて神妙そうな顔をした。

「悪かった。」

「意識はあるのに、体が勝手に動くなんて。」

「・・・申し訳ない。」

「あんな不良に喧嘩売りに行くし」

「・・・君も案外楽しそうだったぞ?」

「変な言動して怪しまれて」

「君は歌うたってただろ」

 雪春は幸太郎の腹に拳を入れた。

「反省してるんですか!?」

「してる!すみません!」

 実体が無くてもビビるようだ。顔を青くした幸太郎に、雪春は何だか怒りが削がれた。

 本当のことを言うと、それほど嫌なものではなかったのだ。

 確かに始めは戸惑っていたが、完全に支配されているという訳ではなく、どちらかというと―――そう、〝共有″という言葉が近いかもしれない。お互いの意思が伝わり想いがわかり、子宮の中で体が分かれなかった双子のようだ。

 しかし一人の生徒の信頼をなくした今となっては、あの時無理矢理でも阻止しなかったことを後悔している。

「それで、どうするんですか?樋口さんのこと。」

 幸太郎は再び八の字を寄せて考え込むと、空中で胡坐をかいた。

「まさか信じてもらえないとは誤算だった・・・」

「あれが普通の反応です。逆に一度で信じた方が心配します。」

 頭の、とはかろうじて口に出さなかった。

 そういうものか?と空中でうんうん唸っているのを見て、ふいに憑依される直前の会話を思い出した。

「・・・あなたの死を自分のせいだと思っているというのはどういうことですか?」

 唸りすぎて宙返りを始めていた幸太郎はその質問に動きを止め、雪春の前に降り立った。

 こうして向かい合うと、やはり雪春より随分と背が高い。丁度頭の辺りに月が見えて、幽霊って光透けないんだな、と場違いなことを思った。

 幸太郎は雪春に習って月を見上げると、地に足をつけて歩きだした。そうしていると普通に生きている人間にしか見えない。

「本当は俺、あの日仕事があってさ、入学式に行けないはずだったんだ。」

 透明感のある、明るい声が月夜に流れた。歌ったらテノール歌手だろうか。

「そしたら一花と喧嘩してしまって。最近仕事ばかりであいつとの約束、ドタキャンしてばかりだったから。」

 聞くと幸太郎は雪春と同い年らしい。大学が普通の4年制だった場合、入社したばかりだろう。後継と言っても、新入社員であることには変わりはない。なかなか休みが取れないのは無理からぬことだ。

 雪春は無言で先を促す。

「一花は俺にしかわがままを言えないから、どうしても聞いてやりたかった。それで他の社員に無理行って半休もらって、急いで学校に向かったときに―――」

 事故にあった。一眼レフには、妹の晴れ姿が映るはずだった。


「あいつは、自分がわがままを言ったせいだって、ずっと自分を責めてるんだ。」


 別に同情したわけではなかった。むしろ甘ったれるなという気持ちの方が大きい。

 こう考えるのは自分が冷たい人間だからだろうか。

 一花が轢いたわけでもないのに勝手に落ち込んで自暴自棄になって。結果、一人の浮遊霊を出してしまったわけだ。

 ただ、もしこのままだったら、一花が思い出すのは幸太郎が死んだ日だろう。16年間一緒にすごしてきた幸太郎との思い出は置き去りにして、あの入学式の日を繰り返すのだ。

 そして幸太郎はそんな一花を見つめながら、終いには何もできない自分を責めるのかもしれない。

 いつもの雪春であったら、時間が解決してくれると放っておいたに違いない。

 しかし事情を知ってしまった今となっては、二人を見過ごすのは何だか後味が悪い。まるで小さいと思って自分が放っておいた小石に、誰かがつまづいて転んでしまったのを見た時のように。

 これは自分が気まずい思いをしないための単なる自己満足でしかない。。

 しかし首を突っ込むなという警鐘は、もう雪春を止めなかった。

「・・・仕方ないですね。できるかぎりのことは協力します。」

 ここで絶対なんとかしてみますと言えないのは、言い方やタイミングを間違えれば、小石を避けても脇の電柱にぶつからせてしまうような危険性も孕んでいるからだ。希望だけ持たせて、やっぱりできませんでしたごめんなさい、ということだけは避けたい。それは返って被害を大きくするだけだ。

 しかし幸太郎はそれだけでも十分というような笑顔を浮かべて「ありがとう」と言った。


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