過保護な兄
「・・・あそこですね。」
「ああぁ一花・・・こんなところを出歩いて・・・。」
二人が今いるのは、学校から二駅ほど離れた駅前だった。小さくも一通りの店がそろった商店街があったので、昔は主婦や学校帰りの学生たちでそれなりに賑わっていた。
しかし一駅隣に大きなショッピングモールが数年前にできたことで人の流れはそちらに移り、この付近は過疎への一途を辿っていた。商店街も店じまいが増え、今ではシャッター街になっている。
そんな中を一人ふらふらと歩く一花の姿は浮いていた。コンビニ前にたむろしているような不良たちと深窓のご令嬢である一花では、言い方は悪いが、幼稚園のお遊戯会でパガニーニがヴァイオリン演奏するようなものだ。
実際、一花は奇異の目で見られ始めていた。
「俺が死んでからずっと、ああやって夜に歩き回っているんだ・・・。場所は毎日違うが、俺は心配で心配で「で、成仏できなかったわけですね。」
幸太郎はこくりと頷く。
なんとまあ心配性な兄である。世の兄妹というものは皆こうなのだろうか。それともこの二人が特殊なのか。
なんにせよ、一花がずっと学校に来られなかった理由が分かった。それだけ仲が良かった兄を亡くしてしまったら立ち直るのにも時間がかかるのだろう。
なぜ幸太郎が雪春にしか見えないのかは疑問だが(生まれてこの方、幽霊どころか心霊写真に写ったこともない)、手っ取り早くすませてしまおう。
「ま、いいです。こういうことなら補導するのは教師の義務です。連れ帰って親御さんに―・・・」
「それじゃだめなんだ!」
また進行方向に回りこまれて、思わずつんのめる。
体をすり抜けるのはごめんだ。なんとなく。
「俺の家、少し厳しいんだ。父親は干渉してこないけど、母親は神経質なところがあって。もしこのことが家にばれたら、一花はもっと窮屈な思いをしなければならなくなる。ただでさえ跡継ぎの俺が死んでしまったから・・・。」
金持ちは金持ちなりの苦労があるのか。雪春には逆立ちしても理解できない世界である。
「親なんて心配する生き物なんでしょう。」
「そうかもしれないが、いや、そうだったとしても、きっと根本的な解決にはならない。」
「・・・何故ですか。」
「あいつは、俺が死んだのをーー・・・」
ーー自分のせいだと思ってるんだ。
そう口元が動くの見て、雪春は思わず聞き返した。
「どういう――・・・」
「あーっ!あいつら!」
かぶさるように声を上げた幸太郎は、雪春の背後を見ていた。
つられて目をやると、コンビニ前を歩いていた一花が、そこにたむろしていた大学生らしき男たちに声をかけられていた。
茶髪にピアスに腰まで下げたズボン。色やデザインの違いはあれど、そろいもそろって個性を目指して結局無個性になってしまっている。
(なんてベタな・・・)
昔の少女マンガじゃあるまし、あれぐらいのナンパなら今時の女子高生は軽くあしらえるだろう。下手に出て彼らの神経を逆なでするより、もう少し様子を見たほうがよさそうだ。
「一花がいくらかわいいからって・・・あ!手を掴んだ!」
しかし隣の幽霊は、自身がそうなった原因である〝過保護″を遺憾なく発揮していた。
これでは生前が思いやられる。母親のことをとやかく言えないのではないだろうか。
そうして少し冷めた目で幸太郎を見ていると、なかなか助けに行かない雪春に焦れたのか、こちらを振り返って叫んだ。
「すまん!借りるぞ!」
「は?」
突然幸太郎が眼前まで近づいたかと思うと、そのまま雪春に覆いかぶってきた。昨日、体をすり抜けられた時の悪寒を思い出す。
思わず目をつむると、何かがぐいっと押し込んでくる感覚がした。
①「パガニーニ」…ロマン派の作曲家です。ヴァイオリニストでもありました。あまりの演奏技術の上手さに、「彼の演奏技術は悪魔に魂を売り渡した代償として手に入れたものだ。」と噂されたとかなんとか。