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あしたへ贈る歌  作者: こいも
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カーテンコール

 犬飼は警察に引渡し、前島も逮捕された。

 犬飼は不良三人組に罪をなすりつけようとしたらしいが、前島が全てを話したらしい。

 学校は一時騒然となった。

 ニュースで取り上げられたので、雪春たち教師陣はしばらく対応に追われた。

 しかし一介の新人音楽教師が関わっていたことは公にされなくてすんだ。

 それでも結局、一花の母親にはバレてしまった。こんな大事になってしまったら仕方ないかもしれないが。

 当然、こんな犯罪者がいる学校にはおいておけないと喚かれたが、一花が必死で説得したそうだ。

「学校やめさせるなら、あの男のことお父さんにバラしてやるって言ったんです。」

 一花は黒い笑みを浮かべて言った。

 何だかいろいろあるようだ。

 母親は一応否定したが、心にやましいものでもあったのだろう。それ以上は言わなかったそうだ。一花はどうしても幸太郎がいる学校に通いたかったらしい。

 あの事件のあと、二人で幸太郎のお墓参りに行った。

 墓石に刻まれている文字を見て、やっぱり死んでいたのかと今更認識した。いつも隣でニコニコしていた幸太郎に、死のイメージが結びついていなかったのだ。

 幸太郎がこの冷たい石の中にいると思うと、すこし切なかった。



 あれから、雪春の周りは少し変わった。

 一花はクラスの友達と馴染んだようで、楽しそうに過ごしている。幸太郎を亡くした悲しみは消えないが、一花の中の彼は笑っているようだ。

 そして、音楽準備室によく遊びにくるようになった。

 最近あった出来事をつらつらと述べては、満足したように帰っていく。「別に先生に会いに来てるわけじゃないんですからねっ」という言葉を毎回言いながら。

 どうやらもとからこういう性格だったようだ。

 母親との仲はやっぱり微妙らしいが、一花なりに対応しているらしい。


 潤平は、廃工場での雪春の立ち回りに感動したようで、授業の度にもう一回見せてくれ、と言ってくるようになって少し困っている。

 なんとかごまかす方法を考えなければ。

 風紀委員の方も順調なようで、朝に遅刻チェックをする元気な姿を見る。しかし大雑把な言動をする度、隣の一花によく注意されていた。

 あれではどっちが先輩かわからない。


 賢仁は、あれから会うたびに何故か憐れむような顔をしてくる。その人生の酸いも甘いも知っているような目は、もはや高校生の域を脱している。

 生徒会の方が忙しいのだろうか。今度栄養ドリンクを差し入れしよう。


 そして・・・そう、夏目だ。

 彼も音楽準備室に来るようになったのだ。

 別に何の用事があるわけでもなく、仕事をする雪春を楽しそうに眺めている。最初は視線が気になって出て行くように言っていたのだが、押し問答するのに疲れて諦めた。

 芸術の選択科目は竹内が担当の音楽であり、いれば彼とも話をするので無下にはできない。

 現在も、来客用のソファに優雅に座っている。


「寂しくないですか?」

「え?」


 電気ケトルのお湯をカップに注いでいると、後ろから声をかけられた。

 二つのマグカップにセットしたドリップにお湯を注ぐと、芳ばしい香りが室内に漂う。夏目が飲みたいと言いだしたのだ。

 なぜ私が、という疑問ももはや生まれてこない。慣れって恐ろしい。

 夏目は「樋口幸太郎のことですよ。」と言った。

「ずっと張り付いていたでしょう?家まで押しかけて。」

 許しがたいことに、と言いながら足を組む。

 どうして君の許しがいるのかとは聞かないでおいた。

 

 幸太郎はあれから消えたままだ。

 別に何もかわらない。もともと自分にしか見えていなかったのだ。

 部屋の片隅にふよふよ浮く姿を無意識に探したり、ご飯を食べる時に向かいの椅子を眺めてしまったりするのは、自分だけだ。

「別に平気です。もともと一人暮らしでしたから。」

 平気でなくてはいけないのだ。

 自分はそのために、あの家を出たのだから。

 二回目のお湯を注ぐ。安物のコーヒーはあまり泡立たずにすぐにしぼんでしまった。

「昔から変わらないですね、その強がり。」

「別に強がりでは・・・」

 そこまで言いかけて止まった。昔からとはどういうことだろう。夏目とは4月に会ったばかりなのに。

 尋ねてみようと振り向いて、口元がひきつった。

「何ですか、この体制は・・・」

「見てわかりませんか?」

 後ろから囲われるように立たれて、思わずのけぞった。左右の机に手を置かれているので、動くこともできない。

 雪春は自分の身を守るようにケトルを抱え、動揺を悟られないように、努めて冷静に言った。。

「ずっと思っていましたが、君はスキンシップのはかり方を著しく間違えています。」

 しかし夏目は涼やかに笑った。

「間違えていませんよ。これで合っています。」

 どこがだ。

 正しい教師と生徒のあり方とかその辺を一週間ぐらいかけて教授したい。

 楽しそうに顔を近づけてくる夏目を必死で押し返した。しかし高校生ともなると体格差が出てくる。特に雪春は小柄な部類なので、力では敵いそうにもない。

 雪春の両足の間に膝を入れられますます動けなくなると、頭の中で「フィガロの結婚」のスザンナと伯爵の二重奏が流れた。

―Crudel!perche finora farmi languir cosi,Perche,crudel!

(この胸を焦がすこの私の思いになぜ答えない?)

―Signor,la donna ognora tempo ha di dir di si.

(嫌だわ旦那様、すぐにハイと答える女なんてつまらないでしょう?)

 女たらしで強引で身勝手な伯爵を、あの手この手ですり抜ける賢い女中スザンナ。

「その、無表情で焦るのも変わらないですね。」

 くす、と笑って、耳元に口を近づけた。


「ねぇ先生?寂しいなら、僕が一緒にいてあげますよ?」


 フィガロとの結婚を成功させるため、スザンナは小柄な体で舞台を走り回り、機転を利かせ、伯爵の魔の手から逃れる。

 最後にはスザンナの貞操を疑っていた愛しのフィガロとも仲直り。伯爵も自分のしたことを謝罪してハッピーエンド!

 あぁ!その知恵を、力を、今ここで私にわけてほしい!

 涼やかなんてとんでもない。獲物を狩るような目に、雪春は心底震え上がった。

 吐息を近くに感じて、最終手段だと手に持ったケトルを握り締めた時だった。


「寂しくないぞ。俺が一緒にいるもんな?」


 ケトルを構えた手を止めたのは、なんとも間延びした声だった。

 一瞬夏目と目があって、一斉に振り向く。

「久しぶりだなー。」

 にかっと笑ってそこにいたのは、変わらず同じスーツを身にまとった幸太郎だった。

「なんで・・・。」

「成仏したんじゃなかったのか?」

 呆然とする雪春に続き、夏目が苦々しげに言う。

 幸太郎は気にせずのほほんと言った。

「いやー。俺もそうだと思ったんだけどな?どこかの扉の前に立つ女の子に、お前にはまだ未練が残っていますよーって言われて。」

 戻ってきちゃった、と頭をかきながら照れ笑いする。

 どこかの扉ってなんだ。雪春は思わず脳内でつっこんだ。

 夏目は幸太郎に詰め寄った。

「未練って・・・あなたは樋口一花がどうなれば安心してあの世に行けるって言うんです?」

「結婚したらかな?」

「ふ ざ け る な」

 夏目は懐から札のようなものを取り出すと、幸太郎に向かって黒い笑みを浮かべた。

「こうなったら僕が直々に成仏させてあげます。この手のはやったことないのでちょっと痛いと思いますが、大丈夫。安心して逝ってください。」

「えーいいよ。」

「よくありません。僕が何のためにわざわざあんな回りくどいことをしてあなたを成仏させようとしたと思っているんですか。」

「え?俺のためじゃないの?」

「そんなわけないでしょう・・・!」

 夏目が札を投げつけてくるのを見て、幸太郎は天井まで飛び上がる。すんでのところで避けた札が壁に張り付き、ジュワっという音を立てるのを聞いて、幸太郎が顔を青くした。

「え?それ何だ?本当に成仏させようと思ってるのか?」

「二割ほど。」

「ほぼ悪意だな!」

 札を投げつける夏目と逃げ惑う幸太郎。

 雪春はその様子をしばらく呆然と見ていたが、なんだかおかしくなって笑ってしまった。



 もうしばらく、私の周りは騒がしそうだ。



はい、幸太郎は成仏しませんでした(笑)あれだけ格好よく消えといて・・・という感じですね。

これで第一部は終了です。ここまで読んでいただいてありがとうございました。

第二部は既にできているので、更新は数日以内にはできると思います。

すこーしだけ恋愛色が強くなります。“恋愛?”タグの“?”が外されるぐらいには。

 プロット上では4部作です。もし覚えていただけたら読んでくださると嬉しいです。

 推理ものっぽい部分もありますが、所詮もどきなので!メインは音楽と雪春の愛と成長の物語(笑)なので!

 シリーズものとか第二部とかの作り方が微妙にわからないので、『あしたへ贈る歌2』というタイトルで新規小説として出すと思われます。

 でもその前に第一部のサブタイトルのセンスの無さに幻滅しているので、ちょっとずつ変えます・・・。


 誤字脱字連絡も含め、感想お待ちしております!


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