優しい思い出
二話続けて更新しています。
最新話から来られた方は前のお話からお読みください。
ピアノに合わせて生徒たちが歌いだす。
引き続き「この道」の歌唱授業である。
この道はあの時に通ったね、この丘はあの時に来たね。
ただそれだけの単純な歌詞だが、多くの人たちの心をつかみ、今も歌い継がれている。
なぜだろうか。
雪春はアルペジオを弾いた。
生徒たちは苦戦して声を出していた。やはり「ああ」のところの最高音は少し厳しいか。しかし、一回目の授業よりだいぶ上達したようだ。
伸びやかな声になってきているのを聞いて、雪春は満足した。
四番まで弾き終えて、デッキにCDをセットする。最後にプロの歌手の演奏を聞いてもらうためだ。編集の段階でエコーが少しかかっていてずるいかもしれないが、そこはご愛嬌だ。
曲が流れると、生徒たちは思い思いの姿勢で聞いていた。
なんだか一様に遠い目をしているからおかしい。18年生きた中のいい思い出でもかき集めているのだろうか。
そう、この曲が愛されてきた理由のひとつは、懐かしい記憶が蘇ってくるからだろう。
この道も、あの丘も、あの雲も。
自分が誰かと過ごした時、心にとまった風景だ。
あぁ、そうだよ。
そう言って笑いあった誰かと。
音楽室内を見回すと、一花が目に入った。
いつもはピンと伸ばした背筋を、椅子の背に預けている。少しうつむき加減だった顔が、ふっと微笑んだ。
あぁ、そうか。
雪春は唐突に理解した。
そうか。だから君は―――
曲の演奏が終わる。
同時にチャイムがなり、授業が終了した。生徒たちはまばらに立ち上がり始める。
教室の後ろに浮かんでいる幸太郎と目が合った。お疲れ、と口だけで言う姿に思わず苦笑する。
(声出したって周りには聞こえないのに)
こんなに存在感があって、誰よりも人間味に溢れている彼の声が、誰にも届かない。それはとても不合理なようで―――しかし悲しいぐらい真理だった。
生徒たちが退室し始め、最後の一人が出ていく頃には、雪春は覚悟を決めていた。
ラストスパートです。




