素直な気持ち
「リスクが高すぎるんですよ。」
夏目は唐突に言った。
「はい?」
ここは第一会議室。
昼休みになって再び生徒会長に連れてこられた雪春は、お弁当をつつく手を止めた。
「おいしそうですね。」
夏目は雪春の手元の弁当を見る。
卵焼きにしょうが焼きにほうれん草のおひたし。別に他愛もない、普通の弁当である。揚げ物がないのは、一人分だけ作るのに油をあまり使いたくないからだ。
ちらりと夏目の方を見ると、どこの老舗の弁当かと思うぐらい立派なものだった。
「嫌味ですか。」
「まさか。僕はそういう暖かみのあるお弁当は好きですよ。」
「もう冷めてます。」
「そういう意味じゃありません。」
わかってます。雪春は卵焼きに箸を突き刺した。
「それで?リスクとは?」
「あぁ、そうです。植木鉢事件も階段突き落とし事件も、樋口一花を傷つける可能性が低い割に、見つかるリスクが高いと思いませんか?」
そうだろうか。植木鉢は危うくぶつかるところだったし、階段では実際に怪我をした。
そう言うと、夏目は組んだ手に顎を乗せて言った。
「それは幸運としか言いようがないでしょうね。五階の英語準備室から下を覗きましたが、下を歩いている生徒に当たるように落とすなんて、相当タイミングを図らなければ難しいですよ。」
「それは…そうですね。」
あの時一花が立ち止まったのは、たまたま教師が呼び止めたからだ。もしそのまま歩いていたら、一花の後ろに落ちていただろう。
「階段の方はどうなんだ?」
幸太郎が尋ねる。
「そちらも同じことです。周りにはあんなに人がいたんです。彼女が誰にもぶつからず、手すりもつかめず、階段の下まで転げ落ちたのは、もはや偶然としか言いようがありません。」
そう考えると彼女はものすごく運が悪いですね、と夏目は付け足した。
「そもそも学校内で行うことに拘る必要はないんです。帰り道に人気のない場所で襲った方が、楽じゃないですか。」
雪春も納得した。犯人が学校内にいると言っているようなものだからだ。
「学校内でやることに、何か意味があった…?」
幸太郎のつぶやきに、雪春と夏目は押し黙った。
すると会議室の扉が突然開き、潤平と一花が入ってきた。
「悪い、遅くなった。」
二人共弁当を持参している。
「遅い。」
「だから今謝ったじゃねぇか。仕方ねぇだろ、授業が長引いたんだよ。」
すかさず弁解すると、潤平は夏目の横に腰掛けた。
雪春は一花に目をやった。
怪我も残っていないようだし、大丈夫そうだ。
雪春は安心して息をはくと、一花もこちらを見ていることに気がついた。いつもは睨んでくる目が今日は何か言いたげにじっと見つめている。何かあったのだろうかと小首をかしげると、一花は目をそらして着席した。
「今のところ何か変化はあったか?」
夏目が潤平に尋ねる。
潤平は弁当を広げながら答えた。
「いや特には。危ない目にもあってねぇよ。」
一花も隣で頷く。
「ならいい。引き続き護衛を続けろ。」
「えらそーに。」
「何か言ったか?」
「イエ、ナニモ」
今度は一花の方へ顔を向けた。
「母親には狙われていることはバレていないんだな?」
「はい。足を踏み外したと言ったのを信じたみたいです。」
世間体に関係なければ別にいいのだろう。
昨日の話を聞いた時の苛立ちが蘇った。
「あの…ありがとうございます。犯人探しなんて…。」
かけられた言葉に目をやると、一花は弁当も広げずうつむいていた。
予想外に事が運んで少し戸惑ってもいるようだった。まさか生徒会長まで出てくるとは思っていなかったのだろう。
「我が校の問題を解決するのは生徒会長の義務だ。君が気にする必要はない。」
夏目は特に感慨もなさそうに答えた。
「それに君が礼を言うべきなのは、僕ではないと思うがな。」
その言葉に一花ははっと顔を上げた。
そしてしばらく目を彷徨わせてから、雪春に体を向けた。
「三島先生!」
「は、はい」
思わずかしこまってしまう。一花は膝の上に乗せた手を見ながら、口を開けたり閉じたりしていた。
「あ、あり…」
言葉が止まる。
緊張感が室内に漂ったが、幸太郎が一花の後ろで「言え!言うんだ一花!」と応援しているせいで台無しだった。頼むから静かにしてくれ。
そんな雪春の心情も知らず、一花は続きを言うのをしばらく葛藤していたが、やがて覚悟を決めたように顔を上げた。
「ありが・・・・・」
幸太郎が勝利を確信したように頷くと同時に、一花がぎゅっと目をつむった。
「・・・・・・とうなんて思ってないですからね!!」
部屋の空気が固まる。
「・・・は、い?」
「だ、だいたい、最初につけてきたりして巻き込まれたのは先生の方じゃないですか!黙っていてくれてありがとうとか、犯人探しをしてくれて嬉しいとか、全然思ってませんからっ!!」
まくしたてるように一息に言ってから息を吐く。あまりの剣幕に一同はしばらく声がでなかった。この部屋にいる全員の心が今一つになり、ある単語が頭を占めた。
「ツンデレか?」
一番初めに立ち直った夏目が呟く。
「ツンデレだな。」
半眼になった潤平も続く。
「一花、それはツンデレだぞ。」
最後は幸太郎まで言った。
聞こえていないはずなのに、一花がタイミングよく「違います!」と言うものだから、雪春はなんだかおかしくなった。
よもや感謝とは言えない言葉と態度だが、しっかり気持ちを受け取れた。
「樋口さん。」
きっと口元が少し上がってるぐらいだが、雪春は精一杯の笑みを浮かべた。
「どういたしまして。」
一花はかあっと顔を赤くしたが、反論はしなかった。




