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あしたへ贈る歌  作者: こいも
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無表情な教師

 朝、一花が学校に来るとクラスメイトが何人か声をかけてくれた。おそらく救急車で運ばれた一花のことを心配してくれたのだろう。

 一花がそれに当たり障りなく答えると、みんな満足したように離れていった。

 一花はまだクラスに馴染めていなかった。

 入学して早々家族を亡くした一花に、かける言葉がわからないのだろう。誰もそのことについて触れなかった。

(そういえば、三島先生ぐらいだったな。)

 他の教師は「大変だったな」とか「もう大丈夫か」という言葉をかけてきたが、彼女は少し変わっていた。

 

 “お別れはすみましたか?”


 まるで一花のしようとしていることを知っているかのようで、驚いてしまった。

 その次の日には兄の振りをするという、よくわからないことをしてきたけど。

 あの時は一瞬、本当に兄が乗り移ったのかと思った。前日に会った雪春はあんな雰囲気ではなかったからだ。

 一花は普段の雪春を思い出した。

 無表情で、誰に対しても丁寧語で、すこし固い先生。

 でも、どこか幸太郎に似ている気がした。

 どこだろう?

(そうだ・・・。)

 目が似ていた。

 一花が不良に絡まれているのを助けた時も、講堂で幸太郎の話を黙って聞いていた時も、階段から突き飛ばされるのを助けようとした時も。

 一花を見る目が幸太郎に似ているのだ。

 一花のことをずっと守ってくれた目に。

「樋口さん!」

 ふいにクラスの女子生徒に呼ばれた。顔を上げて見ると、その女子生徒は顔を赤らめて興奮しているようだった。

 そう言えばさっき教室の後ろから黄色い声が聞こえた気がするが、何かあったのだろうか。

「何?」

「樋口さん、谷崎先輩と知り合いなの!?」

「え?」

 谷崎―――谷崎潤平。

 一花を植木鉢から助けてくれた風紀委員長だ。

 そう言えば、一昨日も病院に付き添ってくれたらしい。あの乱暴な物言いと大雑把な性格はどうも好きになれないが、お礼を言わなければならない。

 そう考えていると、女子生徒は焦れたように一花の腕を掴んだ。

「谷崎先輩が呼んでるの!早く!」

 引っ張られながら廊下に出ると、潤平が廊下の壁に背中をつけて立っていた。

 なるほど。女子が騒ぐのも少しわかるかもしれない。

 引き締まった長身の体に、彫りが深く、野性的な容貌。そのくせ、連れてきた女子生徒に礼を言う顔は人懐っこい。

「怪我は大丈夫か?」

 顔を赤らめた女子生徒が教室に戻ると、一花を見てそう言った。

「はい。病院に付き添っていただいたようで、ありがとうございます。」

 頭を下げて礼を言うと、潤平は気にするなと言った。

「お前、今日は移動教室はあるか?」

 いきなりお前呼ばわりされて少しムッとしたが、一花は答えた。

「二限目と六限目がそうですけど。」

 そうか、と潤平は思案しながら頬をかいた。

 一体何だろう。

 潤平はしばらく逡巡していたが、やがて意を決したように口を開いた。

「教室を移動するときは、俺が一緒に行くからそれまで待ってろ。いいな。」

「……はい?」

 突然言われた言葉に目が点になった。しかし潤平は気にせず続ける。

「というか、トイレに行く時は女子に付き添ってもらえ。誰かに何か頼まれても一人で行動するな。どうしようもない時は俺に言え。帰りも迎えに来るからそれまで…」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 延々と続きそうだったので、一花は遮った。

「なんなんですか、いきなり。」

 潤平は顔をむっつりさせて一花を見た。

「何か問題でもあるのか。」

「問題しかないですよ!と言うか、急にそんなこと言われても困ります!」

 すると潤平はイライラしたように頭を書いて叫んだ。

「仕方ねぇだろ!お前に何かあったら俺が死ぬんだよ!」

 静寂が辺りを襲った。

 その後生徒たちのささやきあう声が聞こえてくる。自分たちに集まる好奇の目をひしひしと感じて、一花は慌てて潤平の腕を取った。

「ちょっとこっちに来てください!」

 階段の方へ引っ張っていく。

「なんだよ」

「いいから!」

 教室から離れて階段の踊り場まで連れて行く。教室の喧騒が聞こえなくなると、一花は潤平につめよった。

「どういうことですか?」

 一花の剣幕を見て、潤平は渋々答えた。

「夏目…生徒会長に頼まれたんだよ。」

「生徒会長?」

 思いもよらない名前が出てきて一花は戸惑った。

 一度も面識がない人がなぜ?

 潤平は言葉を探すように頭を掻いた。

「あー、よくわかんねぇけど、生徒会長と三島先生がお前を狙っている犯人を探す間、護衛してくれって。」

「え…。」

 三島先生が、犯人を探す?

「どうして生徒会長と…」

「学校やお前の両親にバレないようにだとよ。知られたくないんだろ?」

 一花は目の前がゆがんだ。

 どうして一介の教師が、一花のわがままのためにそこまで。

 本当は階段から突き落とされた時、流石に雪春は両親に話すだろうと思っていた。このまま問題が大きくなれば、黙っていた雪春だってただじゃすまない。

 でも雪春は何も言わずに、事故だと言い張った一花に話を合わせてくれた。

 もうそれで十分だった。黙っていてさえくれたら、あとは自分でなんとかするつもりだった。

 それなのに。

 生徒会長まで引っ張り出して、犯人探しをするなんて。

(馬鹿じゃないの…)

 心配そうにこちらを見る潤平の顔が、何故か滲んで見えた。


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