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あしたへ贈る歌  作者: こいも
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軌跡

 結局、この話はここで留めておきましょう、ということでお開きになった。

 言いたいことを言ったので少しすっきりして廊下に出る。そこで、まだ問題が何も解決していないことを思い出した。

 先に校長室を出た一花が、不審そうな顔で睨んでいた。

「どういうつもりですか。」

 第一声から険のある言い方である。

「どういうって・・・。」

「あんな風に庇ったりして、意味がわからないです。手紙は先生が出したんじゃないんですか?」

「違います。私もさっき知らされました。」

 そこで、一花が雪春のことを校長たちに話したのは助言を頼むためではないということに気がついた。

 疑っているのだ。

 写真には雪春が写っていない。雪春が写真を撮ることは可能だ。

 親には言わないと言ったばかりなのに、こんな形で裏切られるとはと思っているに違いない。

 どうしたものかと思案していると、授業終了のチャイムがなった。天井から椅子が一斉に引かれる音が聞こえ、辺りが騒がしくなる。

 一花はまだ何か言いたそうだったが、生徒が近くを通りかけたので押しとどめた。

「どんな思惑があるのか知りませんが、助けていただいたことには変わりませんので一応、お礼をいっておきます。」

 渋々、と言った感じに言い放つ。そして「失礼します」と一礼してから教室に戻っていった。


「ごめん」


 それまでずっと黙っていた幸太郎が隣でつぶやいた。

「別に大丈夫です。」

「一花は普段、あんなこと言う子じゃないんだ。」

「そうでしょうね。」

 疑っている相手にもきちんと礼をしていくあたり、根は素直なのだろう。

 だいぶ皮肉がこめられていたが。

「やっぱり俺のこと言うわけにはいかないか?ちゃんと説得すればわかってくれるかもしれない。」

 雪春は少し迷った。

 確かに、幸太郎と一花にしかわからない事柄を話せば、幽霊云々も信じるかもしれない。

(でも・・・)

 手を強く握りしめて、涙をためた一花を思い出す。

「・・・いえ、今は何を言ってもきっと無駄です。もう少し様子を見てからにしましょう。」


 「フィガロ」然り、「椿姫」然り。一度疑いの目を向けてしまうと、中々他の考えには至らないものだ。

 それに、手紙のことも気にかかる。

 

 一体誰が、何のために?




 


 



 冷蔵庫には大根と人参が少し。しめじもある。冷凍庫には豚肉が保存してあった。

 今日は豚汁を作ろう。たしかさつまいももあったはずだ。

 野菜を切り分けて鍋へ。水とだしを入れて火にかける。よく作る料理なので手が慣れていた。

 この間に何かメインを作らないと。

 冷凍庫の中身をもう一度確認した。

「うまそうだなー。」

「!」

 突然声をかけられて飛び上がった。

 振り返ると幸太郎が後ろから鍋を覗き込んでいた。

「ただいま。」

「お、かえり・・・なさい。」

 なんだこの新婚みたいな会話は。

 妙に照れくさくなって、言葉が切れ切れになってしまった。

「どうでした?樋口さんの様子は。」

 幸太郎は一花の様子を見に行っていた。

 雪春も気になったが、授業準備があったのでさすがに今日はついて行けなかった。 

「今日は植物園にいたぞ。でもすぐに帰った。」

「そうですか・・・。」

 夜ではなくても出歩くことは変わらないようだ。

 ただでさえ一花の行動がわからないのに、怪文書の件もある。理由は聞かないと言ったものの、もう少し用心した方がいいかもしれない。

「さつまいも入れるのか?めずらしいな。」

 ふいに幸太郎が手元を見て言った。丁度さつまいもをピーラーで剥いているところだった。

 本来なら豚汁には里芋かもしれないが、雪春が作る時はいつもさつまいもを入れていた。

「里芋は嫌いだって言われて・・・」

「誰に?」

 ピーラーを持つ手が止まった。

 そうだ。もう里芋でもいいのだ。食べるのは雪春だけなのだから。

 一緒に過ごした期間以上の年月が経っているというのに、未だに抜けきれていないらしい。

 よく考えれば、そんな軌跡がいくつもあった。

 買ってしまう歯磨き粉の種類とか。朝に見るニュース番組のチャンネルとか。コーヒーの入れ方には妙に気を使うし、ソファーは少し左に寄って座ってしまう。

 指摘されるまで気づかなかった自分が少しみじめだった。

「一時期、一緒に住んでいた人です。」

 剥いたさつまいもを少し荒く切った。

「へー親代わりか?今その人は?」

「イタリアに行きました。仕事で。」

「すごいなー。ユキは行かなかったのか?」

「・・・もともと、他人みたいなものでしたから。」

 そう。他人だった。実の親以上にたくさんのものを与えてくれたけれど。

 決して振り向かない雪春を、幸太郎は探るように見つめていた。

 不審に思っているのだろう。仮にも引き取ってくれた人を切り捨てるような態度に。

 幸太郎の方が見れなくて、ますます手元に目を集中させた。

 幸太郎は真剣な顔で口を開いた。

「夕飯それしか食べない気か?」

 思わず拍子抜けした。

 その無駄にシリアスな顔はなんだったんだ。目をそらしたのも忘れてまじまじと見てしまった。

 しかし幸太郎はよくこういうことがあった。わかってやっているのかいないのか。しかし今は助かる。

 雪春も普通を装って話を合わせた。

「まさか。鮭が冷凍庫にあったので焼きます。」

「でもそれでも少ないだろう。もっと食べないと育たないぞ?」

「成長期は過ぎてるのでもう背は伸びません。」

「そうじゃなくて胸が・・・」

 そこまで言いかけて止めた。雪春が黒いオーラを放っているのに気がついたからだ。

「食塩って、幽霊に効くんですかね?」

「わー悪かったって!」

 幸太郎は慌ててキッチンを出て行く。

 雪春は追いかけずに溜息をついた。

 幸太郎は不思議な人だ。

 いつものように線を引こうと思っても、簡単にくぐり抜けてくる。

 でも、強引なことはしない。

 天然で、無神経で、でもたまに鋭い。

 幸太郎は不思議だ。



①「フィガロ」・・・モーツァルト作曲オペラ「フィガロの結婚」。自分の花嫁スザンナに手を出そうとする伯爵をなんとかしようと奮闘するお話です。4幕ではスザンナが伯爵と浮気しているのではと疑ってしまいます。

②「椿姫」・・・ヴェルディ作曲のオペラ。高級娼婦ヴィオレッタが真実の愛を見つけてから死ぬまでのお話です。2幕ではアルフレードのためを思って別れを決意するのですが、彼は裏切られたと思いこんでしまいます。有名なアリアはヴィオレッタの「不思議だわ~あぁそはかの人か~花から花へ」です。とっても華やかな曲でソプラノ歌手はよく歌います。しかし個人的には二幕のアルフレードの父ジェルモンとヴィオレッタのかけあいのシーンが好きです。ヴィオレッタの葛藤がありありと伝わってきます。

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