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あしたへ贈る歌  作者: こいも
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無自覚なプレイボーイ

「うちの子に何したの!」

 別に何もしてない。その子が私のぬいぐるみを取り上げて走り回って、勝手に転んだだけ。

 しかしその母親は、こちらの言い分を求めていた訳ではないらしい。鬼のような形相をして、雪春を睨みつけた。

「この子がそんなことする訳ないでしょう!」

 泣き喚く子供を抱き上げる。子供は一層大きな声をあげた。かわいそうに、と声色をかえてなだめにかかる。

 その光景を雪春はぼうっと眺めた。

「やっぱり親がいないと、録な子供に育たないのね。」

 少しの憐憫と、多くの侮蔑を込めた目。むき出しの感情はいっそ清々しいものだ。

「なに言っても無表情で、気味の悪い子。」

 親子が公園から出て言っても、その言葉だけはしばらく耳に残った。それは、自分に向けてよく言われる言葉だった。

 だってどんな顔をすればいいのかわからない。あんな風に泣いても、無条件で抱きしめてくれる腕がない。慰めてくれる手も、守ってくれる広い背中も、かけっこで一番になったのを褒めてくれる笑顔もない。

 雪春の頭の片隅で佇んでいる母親は、いつも無表情だった。来訪者のない扉を、諦めたように見つめている横顔は、決してこちらを振り向かなかった。

 土で汚れてしまった猫のぬいぐるみを拾い上げる。これは、母親が持たせてくれた唯一のものだ。

 しかし特に思い入れがあったわけではない。次第に薄れていく母親の記憶と共に、遊ぶ機会も減った。

 児童養護施設では、執着心は邪魔なだけだった。







 不幸自慢をするつもりはないので人にはあまり言わないが、これから取り扱うのが家族愛に関わるものである限り、幸太郎には教えておいた方がいいかもしれない。

 本来、この手の話題は雪春は手に余るものなのだ。協力したのは単なる自己満足でしかない。

 一花の心情も幸太郎の懸念も、雪春には想像は出来ても共感はできない。

 卑屈な考えに嫌気がさしながらも、努めて普通に言った。

「いません。」

「いない?」

「児童養護施設に預けられてからは、どこで何をしてるのか知りません。父親に至っては誰かわからないですし。」

「え・・・。」

 雪春が苦手なのは、このことを聞いた時の相手のその表情だ。いくら憐憫の情を向けられても、その思いを共有することができない。

「別に自分が不幸だとは思っていません。むしろ虐待にあったわけでも、住むところがなかったわけでもない分、幸運だと思いますし。血は繋がってなくても助けてくれる人はいましたから。」

 幸太郎が何かを言う前に一息で言い切った。かわいそう。その一言で全てを決めつけられることだけは避けたかった。

 言った本人は、本当に同情してくれているのだろう。

 でも雪春には、テレビのニュースを見て他人事のように呟いているようにしか聞こえないのだ。

 かわいそうね。

 そう言って、それ以上は入ってこない。

 雪春がどんな思いをかかえてきたか、知ろうともせず。

 あぁ、本当に救いようがないほど卑屈だな。

 そう言った大人たちを見つめるだけだった幼い自分を心の中で笑った。

 しかし予想に反して、幸太郎の反応はあっさりしたものだった。

「そっか。大変だったんだな。」

 あまりにもあっさりしていて、聞き返したくなるほどだ。

 幸太郎は頭の後ろで手を組むと、再び空中に浮いた。

「いやー俺もさー。一花と母親が違って、今の母親には嫌われてたんだよなー。」

「・・・そうなんですか。」

 異母兄妹。これもまた現代にはよくあることかもしれない。

 前妻の子か、はたまた浮気相手の子か。どちらにしろ、謂れのない悪意を向けられたのかもしれない。

 何も悪いことはしていないのに。

 子供はどうしたって、受け止める以外の方法を知らない。

 たとえ耐え切れなくて、壊れてしまったとしても。

「まぁ、俺には一花がいたし、それこそ衣食住には困らなかったから、感謝してるけどな。」

 あ、一花は知らないから、内緒な?と付け足す表情に嘘はなかった。

 それにしてもよくここまで軽く言えるものだ。体とともに心も無重力になったのだろうか。

「その点、児童養護施設は18歳には出なくちゃいけないんだろ?不幸じゃなくても、やっぱり大変なこともあったろ。」

 覗き込んでくる目に優しさの色を見つけて、まずい、とわけもなく焦った。

「よく頑張ったな。」

 

 軽いなんてとんでもない。この人は知ってるんだ。

 大人の弱さも、世間の脆さも。

 なんだかんだで意地を張っていたのは自分の方だったのかもしれない。

 つらいと思ってしまったら、その感情にもたれて、甘えて、動くこともままならなくなる気がして。

 どうせ理解できないからとはねのけることは、自分が傷つく未来を勝手に決め付けていたに過ぎない。

 実体はないはずなのに、撫でられた頭の上が少し暖かくなった気がして、雪春はとうとう顔をあげられなくなった。

 確信。絶対こいつはプレイボーイだ。


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