伝わらない言葉
「ふん……」
目の前で、空になったワインのビンが揺れている。
だいぶ酔っていることは自覚していたが、思考そのものはまだ正常の範囲だ。
現に俺の耳は、ドアの開くかすかな音さえも逃すことなく捕らえている。
「疫病神が帰ってきたか……」
いつもならもっと慌ただしく入ってくるはずだが、俺が仕事に出ていないことをいぶかしんでいるのかもしれない。
「さて……と」
ワインのビンをテーブルに置いて、ゆっくりと体を起こした。
あまりだらしない格好を見せると、威厳が保てなくなる。
いくらある程度の接近を許したといっても、限度というものはあって、こっちの言うことを聞かなくなるほどに舐められるのはまずいのだ。
「……っと」
立ち上がると足もとが少しフラついた。
どうやら長い時間真っ直ぐに立っているのは難しいようだ。
仕方なく、ベッドの上に腰を下ろす。
ファルが顔を出したのはそれとほぼ同時だった。
「カーライルさん……ただいまです」
壁を手で探りながら、ゆっくりと歩いてくる。
レベッカと2人で出かけていたはずだが、あいつの姿はどこにも見えなかった。俺が家にいることを察して、またどこかに出かけて行ったのだろうか。
「ああ。レベッカはどうした?」
「……ぁ」
そんな何の変哲もない俺の質問に、なぜだかファルは少しだけ表情を明るくした。
「あの、レベッカさんでしたら、急に用事を思い出したとおっしゃいまして!」
「……そうか」
甲高い声がいつもより耳ざわりに聞こえたが、それはこちらの問題だろう。
もちろんそんなことで機嫌を悪くするほど子供じゃない。酒を呑んでの八つ当たりなんて低能な人間のすることだ。
「買い物とやらは済ませてきたのか?」
「あ、はい。その……」
ファルは少し考えるような顔をしてから、すぐに、
「えっと、まだ秘密ということでー……」
「別に興味はないが」
見ると、手の中に包みを抱えている。
おそらくそれが買ってきた物なのだろう。
「今日はお仕事お休みなんですねー」
入ってきたときは少し暗い表情をしていたファルだったが、荷物を置いてこちらに向き直ったときには、もういつもの表情になっていた。
いや、むしろいつもより陽気そうに見える。
(……呑気なもんだ)
そんな様子を見て、少しイライラした。
こっちは全然そんな気分じゃないというのに。
「ああ、少し事情があってな」
だが、もちろんそれもこいつには関係のないことだ。
だから、それを表に出したりするようなことはない。
「でも、珍しいですねー」
相変わらずの笑顔で、近付いてくる。
「……」
『何がそんなに楽しいんだ』
と、思わず吐き捨てそうになるのを、俺はギリギリのところで押し止めていた。
こいつは何も知らない。
あいつが死んでしまったことも、俺がそれで少なからずショックを受けてしまっていることも。
何も知らないのだ。
だから、仕方ない。
「だってカーライルさんがそんなにお酒呑むなんて、あまりないじゃないですかー。今日はなにかいいことでもあったんですか?」
「……」
……異常に気付いているのなら、少しは察して欲しい、と、そう思うのも、理不尽な要求だろうか?
あるいは察していて、それで俺を元気づけようと明るく振る舞っているのか。
そうだとするなら、それは余計なお世話だ。
むしろ、今はこいつとしゃべっていたくない。
顔を見るのもできれば避けたい。
こいつの顔を見ると、どうしてもあいつの最期の言葉を思い出してしまうから。
「でもダメですよー。ほどほどにしないと」
そんな能天気なファルの言葉に、イラ立ちが積もっていく。どうにか我慢しようと試みて、それがまた違うモヤモヤを胸に残していった。
いや。
そもそもこのイラ立ちは本当に酒のせいなのだろうか。
……違う。
これはきっと、必要以上に踏み込んでお節介を焼こうとする、こいつの無神経さに対するイラ立ちだ。
だったら、そう。
我慢することなんてないのかもしれない。
あいつが死んだことは仕方がない。それはあいつの自業自得だし、誰が悪いわけでもない、おそらくは回避しようのなかった出来事だ。
それはわかっている。
だが、このイラ立ちはあいつの死に対するイラ立ちではない。これは目の前の、この無神経な少女に対してのイラ立ちのはずだ。
悪気がないのはわかっている。
それでも、こいつの行動が俺に不利益を与えている。
だったら、そこまで無理して我慢する必要はないんじゃないか――。
「お酒の飲み過ぎはすごく体に悪いそうです。やっぱり、なんといっても健康が一番大事ですから」
そんな説教じみた言葉に。
俺はついに、自分の中に積もり積もった感情を制御することができなくなっていた。
「……うっせえなあ」
「え?」
テーブルの横に腰を下ろしたファルが、ひどくびっくりした顔をこちらに向ける。
何を言われたのか理解できていないような顔だった。
だから、もう一度言ってやる。
「グダグダうっせえって言ったんだよ。てめえはなんだ? 俺の母親かなんかか?」
「……ぁ」
見る見るうちにファルの顔が青ざめていった。
「あ、あの……わ、私、何かカーライルさんのお気にさわるようなことを――」
「わかんねー奴だな」
俺は不機嫌なまま右手をこめかみのあたりに当てて、
「お前なんかに説教される筋合いはねえって言ってんだ。俺が酒を呑もうが何しようが、お前には関係ねえだろ」
「あ、あはは、それはそーなんですけど……」
それでもまだ冗談に紛らせてしまおうというのか、ファルは無理したように明るい声を出した。
「なんといいますか、私もカーライルさんにはずっと元気でいてほしいですし……」
「……ふん」
なるほど、と思った。
あいつがファルを自分の娘にしたいと言った気持ちが、今なら少しだけ理解できる。
気が付かなかったわけじゃない。
薄々は感じていた。
こいつは……そう。
『狡猾』なのだ。
「お前は意外に世渡りが上手いのかもしれんな」
「え?」
俺の口調がまるで変わらなかったせいか、その顔色は再び暗くなった。
「あの、それはどういう――」
「言っておいてやる」
問いには答えず、俺はイラ立ったままの視線を向ける。
「他の奴はどうだか知らんが、俺はお前に懐柔されたりはしないからな。その、無意識を装って誰にでも媚びへつらう態度には吐き気がする」
「!」
一瞬にして、端正な顔が大きく歪んだ。
直後、唇を震わせながら、
「わ、私、そんなんじゃ……お、お酒のことは確かに出しゃばってしまったかもしれません。で、でも、カーライルさんに元気でいてほしいのは本当で――」
「やめろよ」
冷たくさえぎる。
それ以上の言葉を聞く気にはなれなかった。
だからといって、こいつをどうしようというつもりもないのだ。
ただ、俺がそのことを心に留めていればいいだけのこと。
こいつに対して果たさなきゃならない義務にはなんの変わりもない。
「どうでもいいことなんだ」
だから、これ以上の話をする必要はなかった。
それはおそらく、俺にとってもこいつにとっても不利益になるはずだったから。
「ただ、いくらそうやっても無駄だってことを言っておきたかっただけだ。お前がどんな人間だろうと、俺にとっては何の意味もないってことをな」
「……」
ファルは一瞬、放心したような表情になった。
直後、泣きそうに顔が歪み、同時にゆっくりと視線が落ちて、うつむく。
「……ちっ」
そんなこいつを見ても、俺のイライラは増すばかりだ。
(くそっ……)
心の中で悪態をつきながら、俺はベッド脇にあった毛布を手に立ち上がった。
「ぁ……」
俺が動いたことで、ファルが再び反応する。
不安そうに身を堅くする。
もちろん、こいつに何かしようとして立ち上がったわけじゃない。
「もう寝る。晩飯はいらん」
その横を素通りして、部屋の隅へと移動した。
「……え?」
ファルはそんな俺の行動に、なぜだか驚いた顔でこちらを振り返る。
それにいちいち反応するのも面倒で、フラつく足で寝転がるだけのスペースを確保すると、そこにそのまま腰を下ろした。
そして、ゆっくりと体を横たえる。
と、そのときだった。
「その……カ、カーライルさん!」
突然、ファルが大声を出した。
「……なんだ」
「あ……そ、その」
戸惑ったような表情。
ファルは俺の方に顔を向けたまま、手探りで近くのベッドに触れた。
「ぁ……」
確認するように布団に触れ、枕に触れる。
何をやっているのか俺には理解できなかった。
ただ、
「……カーライルさん」
そう言ったときのファルの表情は、先ほどまでとは明らかに違っていた。
「その、ひとつだけ……ひとつだけ、口答えすることを許してくださいませんか?」
「口答え?」
珍しい問い掛けだ。
いつもならそのまま黙ってしまうか、それとも感情のままに反論してくるだけだったから。
「……」
胸の中で葛藤が起こる。
何を言い出すのかは大体想像できた。そしてそれが、俺のイラ立ちを増幅させるのは間違いない。
だからもちろん、そんなのを許す必要はないはずだった。
「お願いします……カーライルさん」
だが、なぜだろうか。
そのときのファルの態度は、容易にそれを拒否させてくれなかった。
拒否してはいけない……そんな気にさせられてしまう。
それもこいつの狡猾な作戦のうちなのだろうか。
「……言ってみろ」
結局、俺はそう答えていた。
「は……はいっ」
向こうも俺の返答が意外だったのだろうか。
少し気持ちを落ち着かせるように大きく息を吸って吐く。
そうしてから、今度は迷いのない様子でまっすぐに俺を見つめると、
「そ、その……カーライルさんに誤解されてしまうのは……それは悲しいですけど、仕方ないことかもしれないと、そう思います。ですから、そのお考え自体をどーこうするのは、たぶん私には無理なことだと思うんです。でも……」
ゆっくりとそこまで言って言葉を切ると、もう一度深呼吸する。
そして、今度はさっきよりも少し強い調子になった。
「でも、カーライルさんに元気でいて欲しいとか、カーライルさんのために何かできたらいいなとか、私の心がそう思ってしまうのは、それは……それは絶対に本当なんです。いくらカーライルさんに嘘だって言われても、私の中のそれだけは絶対に絶対なんです」
「ふん……」
それはだいたい予想していた通りの言葉だ。
「そんなの、口ではどうとでも言えるもんだろ」
「そうです。カーライルさんのおっしゃるとおりです」
反論はない。
俺は畳みかけるようにして続けた。
「言葉なんてしょせん人間のうわっつらさ。だからお前がどんな言葉を使ったとしても、それが俺の心を動かすことはない」
「それもわかってます。ですから……」
ファルは少しトーンを落としながらも、視線を下げることはなく、
「今はただ、私自身の口から、カーライルさんにそうお伝えしておきたかっただけなんです」
「……なんだって?」
意図がつかめなかった。
あれだけ必死になって、言いたかったのがたったそれだけのこととは。
言い訳にしてもあっさり引き下がったし、俺の考えを覆してやろうとかそういう意図も感じられない。
ただ、不思議と落ち込んでいる様子はなかった。
それどころか、強い意志さえ感じる。
(だから……なんだっていうんだ)
それはつまり、俺に誤解されることを悲しいとは思っていないのか。
それとも――
(……それとも?)
アルコールで鈍くなった頭では考えがまとまらない。
頭の中がぐるぐると回って、取り留めのない思考ばかりが飛び交う。
そして結局、
「……言いたいことは、それだけか?」
俺は考えることを放棄して、話を打ち切ることにした。
カッとしたせいか、酔いが余計に回ってしまった。
これ以上はまともな会話ができるとは思えない。
「だったら、俺は寝るぞ」
「……はい」
そう言ったときの表情にも、なぜだか暗い影はなく。
厳しい言葉を浴びせられると、いつもなら激しく落ち込んでいたはずの、こいつが。
(なんなんだよ……)
毛布にくるまって背中を向けても、なぜか落ち着かない。
相手は盲目で、何も見えないはずなのに、強い視線をそこに感じて。
……ただ、それでも。
(どうして……おまえは……)
朦朧としていた意識が夢の中に落ちていくまでには、それほどの時間はかからなかった。
レベッカが帰宅したのは、彼女がファルと別れてからきっちり1時間後のこと。
用事を終えて――いや、元から用事なんてものはない。
ただ、彼女自身のとある考えに基づいた上で、口からでまかせを言っただけだった。
「……ん?」
そんな彼女が家に近付いたとき、まず最初に気付いたこと。
中の明かりがすでに消えている。
いや、それは別におかしいことではない。少々時間が早い気もしたが、片方はやることがなければすぐに寝てしまう男で、もう片方は明かりなど点いていても意味のない少女であったから。
だが、それ以上に彼女が怪訝に思ったのは、
「歌……?」
そう。真っ暗な家の中から、かすかに歌声のようなものが聞こえていたのだ。
「〜……」
流れていたのは、どこかせつない印象のメロディ。
もちろん演奏などはなく、歌声もまるで子守歌のようにごく小さいものだった。
「……」
無言でドアに手を掛ける。
キィッ……
静かに開いたつもりだったが、立て付けが悪いせいか小さな音が鳴ってしまった。
「!」
歌が止む。
仕方なく、レベッカは口を開いた。
「ただいま」
「あ、おかえりなさいませー……」
奥から、ひそめた声が返ってくる。
やはり片方の住人はすでに眠っているようだ。
「……」
鼻を突くアルコール臭。
……想像通りだった。
おそらくその原因となったとある人物の死を、彼女は今朝のうちにすでに知っていたから。
「カールは潰れたか」
薄暗い路地を歩いて目は十分に慣れており、明かりを点けるまでもなくレベッカは家の中へと足を踏み入れる。
「はい。もうお休みになられましたよ」
歌を口ずさんでいた少女はベッドの上に腰掛けていた。
部屋の隅では、毛布をかぶった男が寝息をたてて横たわっている。
いつもなら寝ていてもこのぐらいの物音に反応するはずだったが、このアルコール臭が示すとおり、彼は深い眠りに落ちてしまっているようだった。
「ファル」
状況を把握して、レベッカはベッド上の少女に声をかける。
「はい?」
「もう一度、聞きたい」
「え? なんですか?」
「……君は」
何の疑いもなさそうなその声に、レベッカはほんの少し言葉に詰まりながらも、
「君はまだ、カールと一緒に暮らしていきたいと思っているか?」
「……」
沈黙。
暗がりの中、ベッド上の少女がどんな表情をしたのか、レベッカにはわからない。
だが、それもほんの一瞬のこと。
「もちろんですよ。どうして、ですか?」
口調に迷いはなかった。
そこから察するに、先ほどの沈黙は答えに詰まったのではなく、質問の意図がつかめなかったためのようだ。
その回答に、逆に一瞬言葉を失ったのはレベッカの方だった。
「君は――いや」
言いかけて、それから思い直したかのように首を小さく横に振る。
「カールに、何か言われなかったか?」
「……」
ファルはすぐには答えなかった。
何か考えるように小さく首をかしげて、
「えっと……はい。色々言われました」
それから少し不満そうな声を出す。
「ひどいですよね。私がカーライルさんのこと心配するの、口だけだとか、媚を売ってるとか言うんですよ」
レベッカは不可解そうな顔をして、
「その割には、平気そうだ」
「そんなことないです」
ファルは首を横に振ると、
「最初はものすごくショックでしたー……頭の中が真っ白になっちゃって、目の奥が熱くなって、なんでそんなこと言うんだろうって、悲しくなって……でも、ですね」
そう言ってから、クスクスと笑い声をもらす。
「おかしいんです。カーライルさん、そんなに不機嫌そうなのに、寝るって言って、一番薄い毛布だけ持ってわざわざベッドから移動したんです。……変ですよね。ベッドだって、布団だって、枕だって、本当はカーライルさんが使って当たり前のものばかりなのに」
「……」
レベッカは無言のまま、部屋の隅の男に視線を向けた。
やはり起きる気配はない。
かかっている毛布は1枚ではなく2枚だ。
次に、ベッド側のテーブルにあった空のワインのビンを見る。
そこにあったのは2本。そのうちの1本が中途だったにしても、彼は普段からそれほど呑む人間ではなく、泥酔に近い状態であったことは容易に想像できた。
それを確認してから、再び、ゆっくりとファルに視線を戻す。
「……それで私、思ったんです」
ファルは続けた。
「ああ、やっぱりこの人は、どれだけ機嫌が悪くても、たくさんお酒を呑んでいても、私のことを気に掛けてくださっているんだって。私が見てきた、乱暴なだけの人たちとは全然違うんだって」
「でも」
レベッカはファルの側へと歩み寄っていった。
「彼が君にひどいことを言ったのは間違いない。……そうだろう?」
目前でピタッと足が止まる。
見下ろす視線も、口調も、いつになく真剣で、低めの声質も相まってまるで詰問しているかのようにも感じられた。
だが、そんな彼女の言葉にも、
「それは仕方ないんです」
声がほんの少しだけかげりを帯びたが、それでも口調に迷いはない。
「カーライルさんが言ってました。言葉は、人のうわっつらでしかないんだそうです。ですので、言葉だけで分かり合うというのは、すごく難しいことなんですよね」
「そうだね。じゃあ、どうする?」
「それは……」
そこで初めて言葉に詰まった。
少し考えて、膝に置いた手をギュッと握り締めると、
「わからないんです。でも、それで諦めちゃダメなんだって、それだけは間違いないと思うんです」
「……ふぅん」
レベッカは特に何の感情もこもっていない声を出す。
……いや、邪推するならそれは、無理に感情を押し殺していたのかもしれない。
そして、一瞬の沈黙。
「……お気に入りの歌があるんです」
突然、ファルがそんなことを言い出した。
「歌?」
レベッカが怪訝そうに聞き返すと、うなずいて、
「はい。……せつない恋人たちの歌なんです。2人とも心から愛し合っているのに、言葉とか態度とか、なかなか相手に本当の心が伝わらなくて、それで少しずつ離れていってしまうっていう……」
「ああ……君がさっき口ずさんでいた歌か」
ファルはびっくりした顔で、
「え……あ、聞いてらしたんですか?」
「外にも少し聞こえていたからね」
「お、お恥ずかしいです……」
言葉通り、恥ずかしそうに身を縮こませるファル。
だが、すぐに気を取り直した様子で、
「そ、それでですね。その歌の恋人さんたちが、何だか私自身と重なってしまってー……あ、その、私とカーライルさんは全然恋人なんかではないのですが」
自身の言葉に再び顔を赤くしながらも、
「その……自分の気持ちがなかなか伝わってくれなくて、もどかしいところとか、すごくわかる気がしちゃいまして」
「でも、その歌の2人は最終的には別れてしまうんじゃ」
「そ、そーなんですけど」
レベッカの的確な突っ込みに、ファルはちょっと言葉に詰まりながらも、
「それは分かり合うことを途中で諦めてしまったからだと思うのです! だって、どうやっても分かり合えないなんて、そんな風に思ってしまうのは悲しいですから!」
「なるほど」
強い口調に、レベッカは初めて小さな笑みを浮かべる。
「君の言いたいことは良くわかったよ」
そしてゆっくりときびすを返し、自分の部屋へと足を向けた。
途中、急に足を止めて、
「昨日、カールの友人が命を落としたんだ」
「え?」
「歌か。もしかすると下手な言葉より伝わりやすいのかもしれないな」
「……?」
不思議そうなファルに、レベッカは少しだけ彼女を振り返って、
「ま、これからも色々と頑張って」
「あの、レベッカさん……?」
怪訝そうに呼び止めたが、返事はなく。
レベッカの足音はそのまま部屋の方へと遠ざかっていってしまった。
「……」
ファルはしばらく困ったような顔で首をかしげていたが、少しして。
「……うん」
何事か決心した様子で、ゆっくりとベッドから立ち上がる。
そしてしばらく。
その部屋には、穏やかな子守歌が流れ続けていた。