06:傭兵先生のささやかな決意
飯を食べ終わった後、家に飛んで帰って精霊語で書かれた本と、インクを取りに行った。
ようがくから我が家までは徒歩で片道3時間かかる。さすがにそんな時間がかかると困るから、文字通り飛んで行った。
夜の風をきる感覚は気持ちが良い。大きく息を吸って吐くと、身体の中から浄化されていっているような気がする。
暑い夏を過ぎ、秋に片足を突っ込んだ今の時期は、夜になるのが早い。
ようがくを出た時はまだ明るかったのに、戻ると5歩先も見えないような暗闇に包まれている。結局、徒歩で行った時とたいして変わらない時間に仮眠室に着いた。
家に入ったとたん、玲愛に捕まり、由良にお茶を出されて、なかなか出られなかったのだ。
部屋に戻ると、飛淵は、ソファーの上で丸くなっていた。
ずり落ちそうになっている毛布を掛け直してやりながら、妙な感覚に襲われる。
(なんか、小さい子どもを深夜まで置き去りにしてしまったような罪悪感が・・・)
今まで、こうして1人で暮らしてきたんだから、飛淵は何とも思っていないだろう。だけど、こんな小さい子ども(炯汰よりは確実に小さい)が1人暮らしってのは・・・・・なんだかなぁ。
「はぁ~、あーあ・・・」
ソファーの傍にしゃがみこんで、飛淵の髪を撫でる。うむ。良い手触りだ。
(ま、考えたって仕方ないし。俺もとっととシャワー浴びて寝よ)
最後にもう一度飛淵の髪を撫でると、シャワールームに向かった。
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「よし!やるか」
「おう!」
教師生活2日目。
今は3限目の実技授業だ。
昨日した約束通り、文字を使った精霊魔術の手本を見せるために校庭に出ていた。
ちなみに、朱雫は端の方で火の玉をいくつも浮かべていて、その左では、匡凛が地面に座って何かを書き殴っている。さらに距離をおいた左側には、和巳が刀を手に座禅を組み、精神統一を行っていた。
(へぇ・・・刀か。珍しいな)
レイピアのような両刃剣が主流のこの時代に、刀なんてそうそう見る機会はない。
(あれ?そういうば、刀を主とした流派があったような・・・)
「センセー!!」
「・・ん?」
「なぁに、ぼーっとしてんだよー!早く見せて!」
「わかったわかった。目ぇかっぽじって良く見てろよ」
「か、かっぽ・・じって?」
「そこは気にしなくて良い。ちゃんと見てろよ」
「おう!」
目をキラキラ輝かしている炯汰にちょっと苦笑して、ズボンのポケットから≪ありがとう。感謝します≫と書かれた紙を取り出す。
あ。ちなみに今日の服は礼服じゃない。かといって、傭兵服でもないが。
今来ているのは、麻の少しくすんだ白い長袖のシャツに袖のない革の上着を羽織り、黒い長ズボンを穿いている。一般的な普段着だ。
今日の朝、学園長によくよく聞いてみると、礼服よりも私服で授業を行っている教師の方が多いらしい。真面目な学園長は、たとえまともな服を着ていたとしても不満らしいが、渋々目を瞑っているようだ。ちなみに傭兵服は許容範囲外だとさ。残念。
「これが昨日言ってた、魔力を注いだインクで書かいた精霊語な。ちなみに何て書いてあるでしょう?」
「ありがとう!感謝します!」
「よろしい・・・が、あんまり大声で叫ぶな。妙な注目浴びるだろうが」
翼を広げて青空をスイスイ飛んでいた飛淵が、心配したように俺達の頭上をぐるぐると旋回し始めたのだ。朱雫と匡凛がこちらを盗み見ているのも感じる。和巳はビクともしていないが。
「は~い」
「本当にわかってんのか?」
「大丈夫だって!」
「よし。次、無駄な大声上げたら拳骨一回な」
「えぇ!?なにそれ!!」
「続きなー。最後以外は同じだから飛ばすぞ」
「無視っ!?」
「「頼んだ」」
― くすくす
― たのんだですって
― ふふふ
― まかせて
― まかせて
― なんだってかなえてあげる
― なんでもいって
― くすくすくす
「今、センセーなんて・・・・・?」
「赤の使者よ 集いて 天を焦がせ」
言い終わると同時に、俺と炯汰の前に俺の身長の2倍程の火柱が燃え上がった。
「わ!」
驚いて一歩引いた炯汰に呆れる。
(こいつも火の精霊魔術を使う癖に、これぐらいでビビってどうするんだ、まったく)
一瞬のうちに聳え立った火柱は、数十秒間燃え続けると、瞬く間に消えていった。
「で、ここで紙を投げる」
なにも無くなった空間に向けて、≪ありがとう。感謝します≫と書かれた紙を放る。
ヒラヒラと揺れながら浮かんだ紙は、何事もなく地面に落ちた。
「え?そんだけ?何もなってないじゃん!」
「どんな派手なの期待してたのか知らないが、これで終わりだ」
「え~」
「そんなに不満なら、紙を拾って見てみろ」
「紙?」
地面に落ちている紙を不審そうに眺めた炯汰は、そろそろと手を伸ばした。ちょんちょん紙を突いているが、当然なんの反応もない。
意を決したように素早く紙を拾い上げる様子に、何を大げさなと思ったのは内緒だ。
紙を裏表と交互に見た炯汰の目が、大きく見開かれた。
「・・・っ文字が消えてる!!」
その言葉の通り、白い紙にはインクのシミ一つ残っていなかった。
「精霊が言葉を受け取った証拠だ。おもしろいだろう?」
「うん。・・・うん!これ、俺も出来るんだよね!?」
「あぁ。インクに魔力込められるようになったら簡単だ」
「教えて!」
その後、そのまま特別なインクの作り方に全ての時間を使ってしまっていた。
まだ2日しか経っていないが、炯汰の傾向は大方理解できた。好きな事にはとことん集中できるが、他が駄目駄目なタイプだ。
俺的には1つの事を突き詰めていくのは良い事だと思うが、社会では不利だろうな。しかも炯汰は清良族だし。色々とこれから苦労することになるだろう。
真剣な顔でインク壺を見つめている炯汰を見る。
(ま、此処で会ったのも何かの縁だろ。何か問題が起きたら手ぇ貸してやるか)
なんてことを思ったのは、たぶん、初めて懐いた生徒だから情に流されたんだろう。
という事にしておこう。
儺「なかなか覚えが早いな」
炯「ほんと!?やった!」
儺「あ、おい。気ぃ抜くと・・・・・」
炯「え?」
バアァァァアアンン!
炯「ぎゃぁぁあああ!爆発したぁ!!」
儺「魔力を注ぎ込み過ぎると弾け飛ぶから気をつけろよ」
炯「言うの遅い!って、センセーなんでそんな遠くにいんの!?」
儺「俺がそんな間抜けな事に巻き込まれると思ってるのか?」
炯「うぅぅ・・・・・!」
≪≫と「「 」」は違う言語です
タイトルを「傭兵先生~」に統一しました(11.3.20)