04:傭兵先生のはじめての授業
ゴォォォオオン
ゴォォォオオン
STの終了と授業の始まりを告げる鐘が響いた。
これから初授業となるわけだが、よく要領が分からない。まぁ、おいおい慣れていけば良いか。期限は1年以上ある訳だし。・・・・・憂鬱だ。
特別教室。略して特教(俺考案)の生徒達はそれぞれ別の教本やノートを取り出して思い思いに勉強している。
朱雫と瑠維が教本を覗きこみながら話しているが、授業中の私語を窘める気は無い。1つの事に関してそれぞれの意見を話し合うのは良い事だと思うし、俺もそうやって学んできた。
・・・・・・・・・・それにしても、いいのかコレ。
仮にもこの世界で唯一の国立魔法学校だってのに、これじゃあ殆ど独学と変わりないんじゃないか?いいのか?
俺も学校に通ってたわけじゃないからハッキリしたことは言えないが、ダメ、だよなぁ。
しかも、特教は学年がバラバラだから授業なんてするだけ無駄だ。
ひとりひとり教えていけって?キツイだろ。・・・俺もちょっと昔の復習しとくか。
これからのことを考えると自然と眉間に皺が寄り、溜息が零れる。陽佳の野郎・・・面倒事押しつけやがって。
「センセー!」
「ん?なんだ」
「ここ!わかんねぇ。教えて」
「どれどれ・・・」
炯汰が持ってきた教本を覗きこむ。
そこに書かれていたのは精霊魔法の基礎だった。
「お前、今何歳?」
「え?12歳だけど」
「ふ~ん。これ使えんの?」
「?うん。初級なら」
「ふんふん」
俺が覚えた時よりも6,7年遅いな。このペースが普通なのか。
「で、使えるのに何が分からないんだ?」
「これこれ!この精霊とコミュニケーション取る為の精霊語ってやつ」
突然の俺の質問を気にした様子もなく炯汰が指差したのは精霊語の簡易表だった。
精霊語とは人間族が魔力を報酬に精霊の力を借りうける時に使う言葉の一つで、主に精霊に対する感謝や褒め言葉を表す。
精霊魔法の手順は
①魔法の属性を決める言葉
②どういった現象を起こしたいのかという要望
③魔力を放出
④精霊が魔力を受け取り、力を行使
⑤精霊語(言葉でも文章でも可)で感謝を述べる
となっていて、⑤以外は標準語で行える。
最後の精霊語での感謝は初級程度なら特に必要ないのだが、高度が上がるにつれてアフターケアとして重要になってくる。
人間族側の考えは置いておくとして、精霊から見れば《人間<精霊》の方式が(精霊族以外は)当然であり、魔力を献上してくるから、その報酬として力を貸してやっているだけなのである。
よって片手間ですむ初級魔法とは違い、それなりに力を入れなければならない上級にもなると魔力だけでは不満をもつ精霊が稀に現れる。
そこで彼らが使う精霊語によって感謝や尊敬を表し、精霊を持ちあげる事によって満足させる。言わなくても魔法は使えるが、後々のことを考えると言わない方が損なのだ。精霊は人間の事を必要とはしていない。
精霊によっては、その言葉を聞くために張りきって力を振るってくれる者も稀にいる。
ちなみに、火精霊に多い。
「まぁ確かに難解だとは思うけど≪ありがとう≫くらいは言えるだろう?」
「え?センセー、今なんて言ったの」
予想以上に炯汰の頭は悪いようだ。≪ありがとう≫くらい言えなくてどうする・・・・・基本の基本だぞ、おい。
「・・・・・よし。お前ちょっと其処に座れ」
教卓の真ん前の席を指すと羊皮紙とインクを用意し、そこに≪ありがとう≫と書く。
大人しく席に着いた炯汰に文字が書かれた紙を見せながら問う。
「これ読めるか?」
「ありがとう」
「・・・・・・・・・・・・・ん?」
即座に返してきた炯汰の顔をまじまじと見つめる。
俺の視線に首を傾げる炯汰にちょっとイラっとしてから、また別の言葉を書いて見せる。
≪助かりました≫
「助かりました」
≪素晴らしい≫
「素晴らしい」
≪美しい≫
「美しい」
≪輝く炎が月夜に映える≫
「輝く炎が月夜に映える」
・・・・・・・・・・・・・・・こいつ。読むぶんに関しては単語力も文法も完璧なんじゃないか?
確か俺が持ってる本の中に精霊語で書かれた本があった筈だ。持ってくるか。
「お前、精霊語できるじゃないか」
「えー?でも発音はさっぱりだし」
「それだけ読めりゃ十分だ。もしかして、精霊語書けるんじゃないか?」
「書けるよ。俺、発音さっぱりだったから・・・せめて読めて書けるようにって練習したし」
「ちょっと俺が今から言う言葉書いてみろ」
「うん」
さっきとは異なる単語と文章をいくつか言うと、炯汰の羽ペンは躊躇なくサラサラと滑っていく。
「全部あってるな」
12歳にして精霊語をここまで正確に書けるのはほとんどあり得ない。それだけ炯汰が努力したってことの証明だろうが、これは良い意味で予想外だ。
「炯汰。お前はこのまま精霊語を書く事を練習しろ」
「は?でも、発音しないと魔法使えないじゃん」
「は?発音しなくても、書ければ使えるだろ」
「?」
「?」
なんだ、ここでは声に出さないといけないことになってるのか?
発音したほうが効率は良いが、魔力を染み込ませたインクで紙に書いたものでも効果は変わらない筈だぞ?
どうも“ようがく”と俺の常識はずれているようだ。
「発音しなくても良いの?」
「良いだろ?」
「・・・・・俺、聞いたことない」
「俺の先生が言ってたし、実践してたから間違いない」
「センセーのセンセー?」
「おう」
「センセーにセンセーっているんだ」
「そりゃいるだろ。本だけで学ぶには限度がある」
当たり前のことを聞いてくる炯汰。俺をなんだと思ってるんだ?
「だってセンセー傭兵なんでしょ?」
「・・・・・・あぁ、そういうことか」
確かに傭兵は先生に付いて勉強したりしないもんなぁ。
「ま、そういう変わり種もいるんだよ」
「ふ~ん」
頷きながら不思議そうにコッチを見てくる翠の眼に苦笑を返してから「他に質問ないなら戻れよ」と声をかけた。
「うん。とにかく書く練習しとけば良いんだよね?」
「あぁ。明日、見本見せてやるよ」
「え?ホントに!?わかった!!」
元気に自分の席に戻っていく背中を見送ると、窓の外を眺めた。
空は晴天。むかつくほど綺麗な青空だ。
もうちょっと、頑張ってみようか
儺依「炯汰は歳のわりに、言動が幼いよな」
炯汰「え~?そんなことないよ。こんなもんだって」
儺依「いや。俺はもうちょっと落ち着いてた」
炯汰「センセーの小さい頃って、どんなだったの?!」
儺依「それはこれからのお楽しみだ」
炯汰「何それ。つまんねぇーの」