03:傭兵先生と特別教室の生徒達
ちょっとシリアス?
左手にバケツを持つと、一歩進む。
それに合わせて一歩引く炯太。
これからしばらく教師と教え子の関係になるのに、こんなに怯えさせて良いのだろうか?と頭の片隅で思いながらも、また一歩進む。
今度は二歩引かれた。
「めんどくさいな・・・」
「は?」
呟くと同時に数歩踏み込んで、間抜け面をさらしている炯汰を捕まえると脇に抱えた。
手っ取り早い方法をとる。とっととこうしていれば良かった。
「え?は?!」
突然のことに眼が回ったらしく、炯汰は翠の眼を揺らしている。
予想外に大人しい反応に気を良くしながら、これから俺が教鞭を振るう教室を眺めた。
うん。人っ子一人いねぇ。なんだ、初回から生徒による新人いじりか?
・・・う~ん。これだと、まだ教室にいただけ炯汰はマシなほうってことになるのかねぇ?
「誰もいないが」
「え!?」
学園長が慌てて中に入ってくる。最初の落ち着いた印象からどんどんズレていく学園長は、驚いたように目を見開きながら教室をぐるりと見渡した。
「な、なんで誰もいないの?ちゃんと知らせておいたのに!」
「俺が聞きたい」
「・・・そうですね。すみません、取り乱しました」
学園長は少し乱れた黒髪を撫でつけて整えると、ふぅと大きく息を吐いた。
そして、きょとんとしている炯汰を睨みながら口を開く。
「まったく、こんな悪戯をして!皆はどこにいるの?!」
「い、言うわけないだろ!」
「またそんなこと!」
「うるさい!っていうか、アンタも早く放せよ!!」
バタバタ暴れ始めた炯汰を落とさないように抱え直し、気配を探る。学園長が声を上げた時、小さな空気の揺れを感じたのだ。
比較的綺麗な壁、絵本が多く入っている本棚、運動着のはみ出るロッカー、薄汚れた床、落書きの描かれた柱、チョークの粉の残る白っぽい黒板・・・・・・・お。あれは?
「なぁ、学園長。あの扉なんだ」
「は~な~せ~よ~!!人の話聞けってば!!」
「あぁ。あれは仮眠室です。先生によってはあそこで寝泊まりしてらっしゃる方もいますね」
「おい!聞こえてんだろ!?」
「へぇ~広いのか?」
「なぁ!おい!こらっ!!」
「それなりの広さはありますよ。ベット、ソファー、小さいですがキッチンもありますし、シャワールームにクローゼットも付いています」
「降ろせよ!降ろしてクダサイ~~!!」
「へぇ。そこらの宿屋より設備が良いな」
「・・・・・」
「あの部屋がどうかしたんですか?」
最終的に諦めて大人しくなった炯汰を抱えながら、その仮眠室に近づく。俺が何をしようとしているのか気が付いたらしい炯汰は、少し身体を固くした。うん。あの部屋で間違いないらしい。
「儺依先生?・・・え?もしかして、そこに居るんですか?」
学園長の言葉に応えることなく、件の部屋の扉の前に立った。突然静かになった教室に不安を感じているのか、気配の揺れが大きくなっている。耳を澄ますと囁くように会話しているのも分かった。
バケツをそこら辺に置き、ドアノブに手を伸ばす。すると右腕に抱えた炯汰が再び暴れ出した。
「別に、そんなに警戒しなくても良いと思うんだけど」
「うるさい!放せよ!!」
流石に妙な心境になってくる。なんで志願した訳でもない教師をやらされているだけなのに、ここまで邪険に扱われなければならないのか・・・・・。
約束は守りたいと思うが、すごく疲れそうだ。主に精神が。
「あぁ・・・なんでこんな面倒くさい事・・・これならケヴィク50匹に囲まれてた方が数百倍楽だ」
全身漆黒の長い毛で覆われ、鋭い赤い眼をギラギラと輝かせ、その上、鋭い牙と爪を持った人間の二倍はあるであろう巨体を思い浮かべながら眉間に皺を寄る。
暴れ続けている炯汰の頭を軽く叩くと、ドアを開けた。
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仮眠室に隠れていたのは男子が3人、女子が2人の計5人だった。
・・・・・・・・・・・少なくないか?いや、少ないよな確実に。炯汰入れても6人しかいないぞ。特別教室だからこんなもんなのか?
教卓に立つ学園長の隣に置いた椅子に腰掛けながら、自分の机に座らせれた生徒達を見る。いくつか空いた席があるから、これで全員じゃないのかもしれない。
呑気にクラスの様子を眺めていた俺とは異なり、真面目な学園長は少し険しい顔をしながら生徒達の顔を見つめている。
「どうしてこんな事をしたの?ちゃんと説明してちょうだい」
「・・・・・・・・・・」
「まさか、これまで務めていてくださった先生方にも同じ様な事をしていないでしょうね?」
「・・・・・・・・・・」
まったく反応を返さない生徒達に学園長の顔がさらに険しくなる。
続けていくつか質問をするも、やはり答えは返ってこない。学園長の顔がまた険しくなる。堂々巡りだ。
美人はなにをしても美人だと言っていたバカがいたが、今の学園長には近づきたくない。隣にいるのが嫌になってきた。
その後も同じような質問を繰り返していたが、生徒達はいたって無反応だ。
俺は特に興味も無かったので、この辺りで止めてもらう事にしよう。眠くなってきた。
「黙っていても何も伝わりませんよ!誰でも良いから、な「学園長、もうそのくらいにしとこうぜ」・・・邪魔しないでください」
俺が口を挟んできたことに驚いたようだったが、一瞬で元に戻った。眉間の皺が深い。
「・・・そんなに皺寄せたら取れなくなるぞ」
「!」
学園長は、さっと両手で眉間を隠した。みるみるうちに頬が赤く染まる。
「あ、あなた、女性に対して失礼ですよ!!なんてこと言うんですか!」
「事実だろ」
「・・・!」
飛んできた拳を避けると、その腕を取り、引き寄せて肩に担いだ。
「きゃぁ!!」
「・・・意外と軽いな」
「え?そうですか?」
心なしか嬉しそうに答える学園長に適当に答えながら廊下に出る。
トンっと学園長を降ろすと「じゃ」と言って扉を閉めた。ついでに「固定せよ」と簡単な施錠をする。
「ちょっ、ちょっと!何してるんですか!?」と言う声が聞こえたような気がしたが、気のせいだろう。ドンドンと扉を叩くような音もするがこれも気のせいだ。うん。
「はぁ~ダリぃ」
え~今日は顔合わせした後、授業つってたな。鐘がなったら1限目の始まりか。
・・・・・・・・・1日が終わるまで、まだまだ時間がある。ありすぎる。
あぁ、でも授業って言うよりも質問があったらそれに答えるって形式みたいだし。
・・・・・それでもめんどくさいな。さっきの魔方陣描いた奴の正体もどうでもよくなってきたし。
「はぁ」
大きく息を吐くと、背後でビクっとした反応があった。なんだか怯えられたみたいだ。
だらだらと教卓に戻ると、椅子を引き寄せ座る。
まずは自己紹介だよな。
「話は聞いてると思うが、俺が今日からお前達の担任になる儺依だ。よろしく」
特に反応は返ってこなかった。というより、唖然とした空気が漂っている気がする。
「・・・・・・・・・それだけ?」
燃え上がるような赤い髪をポニーテールにした茶色い瞳の少女が、思わずといったように声を漏らした。
「ほかに言う事あるか?名前だけ分かってりゃ十分だろ」
「いやいや!どこの常識よ?!それ!!」
「何か質問があるなら答えるけど」
「え?う、う~ん」
「ほらな。特に聞くような事ないだろ?」
「逆よ!逆!聞く事が多くて悩んでただけ!」
「しゅ、朱雫ちゃん!」
赤髪の少女・朱雫の隣に座っている黒髪黒眼の少女が、朱雫の服を引っ張りながら、焦ったように声を上げた。
「大丈夫よ、瑠維!この人から、まったくやる気感じないから!」
「まぁ、否定はしないけど」
「ほら見なさい」
「朱雫ちゃん~!」
ああいうのは見てて微笑ましいなと少しオヤジ臭い事を考える。やっぱり女がいると華があるよな。
この間の騒動では、男が数十人に対して女は由良をいれても2人しかいなかった。しかも、その由良じゃない方の女というのが、女性という枠組みに入れておくのが申し訳なく思うくらいには男らしかったもんだから、どうしようもない。
「なぁ」
「ん?」
「あんた、特別教室がどんなもんか聞いてから来たのか?」
妙に真剣な顔をして聞いてくる炯汰を不審に思いながら、応える。
「はみ出し者の集まりだとは聞いたが・・・それくらいだな」
「はっ!そんな事だろうと思った!あんた、ここを不良の集まりくらいにしか思ってないんだろ?」
「いや。あんな不良はいないだろ」
瑠維という少女を指差しながら言う。指差された本人はというと、一度ビクっと震えると朱雫の傍に寄った。
「・・・確かに瑠維は・・・・・・・って瑠維のことはいいんだよ!俺が言ってるのは「それに、お前清良族だろ?」・・・!!な、何言って」
「目を見たら分かる」
「・・・・・・・」
「清良族に魔人族に獣人族にと。よくこれだけ集めたよな。都心って人間族と精霊族以外は殆どいないってのに」
「・・・!・・・・・分かってるなら、なんで」
「は?別に・・・人間族以外がいるからって何か問題があるのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・ううん。ない、よ、な。うん。そうだよ・・・」
「お前、大丈夫か?」
ぼそぼそと何かを呟いている炯汰。何か拾い食いでもしたのか?
「・・・・・・・・・・・・うん。よし。俺は清良族の炯汰だ!よろしくな!!」
「いや、知ってるけど」
「冷たい事言うなよ、センセー」
なんだか分からないが、何かを認められたようだ。
満面の笑みを浮かべている。ちょっと引いた。
「あ!ちょっと、炯汰抜け駆けしないでよ!!はい!はい!私は朱雫。火系の精霊族でこのクラスのマドンナよ。よろしくね、先生!!ほら!瑠維も」
「る、瑠維です。宜しくお願いします・・・・・先生」
「あぁ。よろしく」
マドンナの部分で炯汰が物凄く微妙な顔をしていた事には突っ込まない方がいいのだろう。
「で、先生から見て右から、頭でっかちの匡凛」
「おい!」
黒髪に釣り目でメガネを掛けた少年が朱雫を睨むが、そんな様子を一切無視して朱雫は口を開く。
「人間族なのに魔術が使えない和巳君」
「・・・・・・」
長い黒髪を一つに結んだ少年は、眼を閉じて腕を組んだまま微動だにしなかった。
魔術が使えないのにようがくにいるのは、おかしくないか?其処ら辺どうなっているんだか。後で学園長にでも聞いてみるか。
「最後が鷲の獣人の飛淵君」
「・・・・・・・・うん」
何がうんなんだ?まぁ、うん。
鷲の獣人だと言っていたが、垂れ目の金の瞳は柔らかい。焦げ茶の髪はあちこちに跳ねている。くせ毛なのだろうか?
「以上!現在のクラスメートでした!」
「現在の?」
「そう!このクラスって生徒の入れ替わりが早いのよね。ちなみに一番長くいるのが私!分からない事は私に聞いてちょうだい!」
「あぁ。そうさせてもらう」
「センセー!俺にも聞いていいからな!」
「え?」
「え?センセーその反応どういう意味・・・」
ここでちょうど1限目が始まる鐘の音が鳴った。
おまけ
朱「炯汰は清良族だからここに来たって言うけど、私は頭が悪過ぎてここに入れられたと思うの」
炯「おい!失礼なこと言うなよ!」
朱「この前のテストでこの子オール一ケタ取ったのよ」
炯「ちょ!お前やめろよ!」
儺「あぁ、うん。初めて会った時から、そんなんだろうなと思ってた」
朱「やっぱりそういうのって分かっちゃうのね」
儺「無自覚だろうけど、馬鹿オーラ出してたからな」
朱「あはは!馬鹿オーラ!!」
瑠「あ、あの、そのくらいで止めてあげて?炯汰君泣いてる・・・」
炯「泣いてねぇよ!バッキャロウ!!うわぁぁぁぁあああ!!!」
瑠「あ、走って行っちゃった」
儺「からかい過ぎたか?」
朱「大丈夫。明日には忘れてるから」
瑠(可哀そうな炯汰君・・・)