01:傭兵先生誕生
「陽耀国魔術学園の教師?」
俺は濡れた髪を布で拭いながら、陽佳が言った言葉を反芻した。
「は?聞いてないぞ」
「だって儺依くん、お風呂入ったよな」
同じく濡れた髪を拭っている陽佳がニコニコ笑いながらそんなことを言う。
その笑顔に黒いものを感じながら、俺はガシガシと頭を掻いた。
「・・・・・・・・期間は?」
陽佳が条件を受け入れてもらえたのだと顔を輝かせた。
「最低1年」
「ふざけんな」
俺は眉間に皺を寄せながら陽佳の言葉を切り捨てる。
現役の傭兵にとって、1年も仕事を制限されるのは死活問題だ。今回の騒動でかなりの収入が入ったが、だからといって遊び呆けていたら半年ほどで金が底をついてしまう。俺が所属している傭兵団には1人、笑ってしまうほどよく食べる男がいるのだ。
だいたい、身体がなまる。
「給料はちゃんと払うからさ」
「・・・・・・・いくらだ?」
「これくらい」
ちらっと陽佳の指を見る。
「一年で?」
「いや。一か月で」
陽佳が提示した額は不定期収入の傭兵業より、はっきりいって良い。
だが、そこまでの金を払ってまで、なんでわざわざ俺なんかを雇おうとするんだ?・・・・・怪しい。
「けっこうな金額だが・・・何考えてんだ?」
「うん。儺依君には教師の仕事と一緒に傭兵としての仕事も頼もうと思っててね」
「傭兵としての仕事?」
「そうそう。今回の件でほとんどの闇魔獣を潰せたけど、逃がしたのが何匹かいただろう?」
「なるほどなぁ」
ようは、学園に侵入する魔物を始末してほしいのだろう。
昨日、闇魔獣を討伐した緑壁山(昨日抉れて無くなった)は、ようがくから馬車で1,2時間の場所にある。逃げ出した闇魔獣が忍び込む可能性は十分にありえる。
それに相乗効果として、ほかの関係のなかった魔物達も暴れだすだろう。
「まぁ、理由は分かったとして。俺が教師なんて出来ると思ってるのか?」
「なに言ってるんだ。儺依君の知識量物凄いじゃないか。あの知識自慢の宰相が悔しそうな顔してたぞ」
「いや、教えるうんぬんはまだ良いんだよ。経験も多少ならあるし」
「?じゃあ何が問題なんだ」
「お前・・・ようがくの生徒っつったら大半がぼんぼんだろうが。誰がまともに傭兵なんかの授業受けるかよ」
そうなのだ。ようがくは陽耀国魔術学園という名前の通り、魔力を持った者しか入学できない。
この世界には大きく分けて人間族、魔人族、獣人族、精霊族、言の葉族、清良族、綺羅族という7種類の種族に別れている。
ようがくに通っている者はその中の人間族と精霊族が大半を占め、しかも、そのほとんどが国の要職に就いている者の血縁者なのだ。魔力も高いが気位も高い。子どもだということで手も出しにくいし。はっきり言って、なるべくなら関わり合いになりたくない。
「それなら大丈夫!儺依君には特別学級を受け持ってもらうから」
「は?特別学級?聞いたことないぞ、そんなクラス。それに嫌な予感しかしねぇ」
「特別学級っていうのは、個人レッスンを主体とするクラスなんだ」
「ちょっとまて。それ、クラスにする意味あるのか?」
「あるある。授業に極端についていけなかったり、ある1つの特技しか持ってなかったり、そもそも授業受ける気がなかったり、コミュニケーションが上手く取れなかったりする子を集めて、それぞれに合わせた授業をしていくんだよ」
「おい、こら。最初の2つはともかく、後のはただの厄介払いじゃねぇか」
「そうかもね。・・・でも儺依君、こういうの好きだろう?」
「・・・・・・・・まぁ、否定はしない」
陽佳の言うとおり。俺は少しずつ“特別学級”に興味を持ち始めていた。
俺も一族の落ちこぼれ、異端者と呼ばれている。そのクラスの子ども達に勝手に親近感を持ち始めたのだ。
それが分かっているのか、陽佳が笑顔で話を続ける。
「教師やってる間は好きなだけこのお風呂入らせてあげるから」
「やる」
最後は風呂に釣られた俺だった。
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1か月後
「では、今から私達の質問に答えて頂きます」
「・・・・・」
国王が依頼したこととはいえ、そう簡単に教師として受け入れられるはずがなかったのだ。
俺はようがくの教師もぼんぼんばかりだということを、すっかり忘れていた。
「この国の創造神は?」
「主神・陽螺世帷」
教師もそれなりの権力を持っているので、国王もこいつ等の言葉を無碍には出来ない。
俺がようがくの教師になると聞いたときのこいつ等の反発は凄かった。
『傭兵などが、この神聖な学び舎を汚すことは許されない』だの『力しかもたない愚か者に教師など勤まらない』だの『我らに対する侮辱だ』だの
ぴーぴーと騒ぐ事、騒ご事。耳障りでしょうがない。
「擦り傷に効く高志岐地方特産の薬草の名は?」
「楚紫野草」
陽佳も難しい顔をして黙ってしまった後、予想外の人物から鶴の一声が上がった。
『では、彼が陽耀国魔術学園の教師となりえるかを調べてみましょう。わたくし達教師陣からそれぞれ100問ずつ質問をしていきます。1つも間違えることなく答える事が出来たら教師として迎えましょう』
そう言ったのはようがくの学園長の朝日だった。
黒髪黒眼で整った顔を持つ、いわゆる美女に分類される彼女は、元魔術師長のエリートだ。
そういう訳で、今こうして質問攻めにされている。
この会議室にいる教師の数は総勢18名。つまり俺は1800問もの質問を受けることになっているのだった。
正直言って、そこまで頑張って教師になりたくない。
そもそも風呂目当てで受けた訳だし、そこまで深いこだわりもないのだ。
「狭間の乱が起きた年は?」
「314年」
「精霊への対価は?」
「魔力、血、生気」
「魔獣を寄せ付けない方法は?」
「結界を張る。亜莉弥草を焚く」
だるい。物凄くやめたいが、陽佳の顔が怖くてやめられない。
普段ならどんな態度でもとれるが、あの顔の時はダメだ。
いつもはたいていのことを許してくれるが(だから俺も気安く接せられる)、自分の企みを邪魔しようとする者には容赦がない。
「陽耀国の歴代の国王の名前は?」
「陽耀、陽彗、陽守、陽灯、陽雫、陽子、陽高、陽佳」
あの顔から察するに、どうやっても俺に先生になってもらいたいようだ。
改めて、何故俺がようがくの教師になることを望んでいるのか気になった。魔物の話に納得はしたが・・・・・なんだか、それだけではないような気がする。
あぁ・・・・・なんか、どっちに転んでもめんどくさそうだな。
俺の眼差しの先で、陽佳がニヤっと一瞬笑った顔が見えた。
嫌な予感がして周囲を見渡すと、ようがくの教師達が苦虫を数十匹噛み潰したような顔をしているのが分かる。
これはまさか・・・・・・・・・・―――――――
「1800問中1800問正解ですか」
まさか本当に答えてしまうとは。
ようがくの学園長がそう呟いたのが聞こえた。
え~どうやら、採用試験には受かってしまったようだ。
おまけ
「あ、そうそう儺依君」
「あ?」
「髪の毛切ったんだね。似合ってるよ」
「・・・・いまさら」
そういうことは会った時、一番最初に言えよ。