幼なじみと接骨院と風邪薬
俺の名前はアキラ。ゆかりとは生まれた時からの幼なじみだ。
幼稚園の砂場で初めて出会い、隣の家同士でいつも一緒にいた。朝は「おはよ」と小さな手で俺の袖を引っ張り、夕方は自然と手を繋いで帰るのが日常だった。
ゆかりの家は街で有名な接骨院「ひなた接骨院」。薬草の優しい香りが漂う家で、俺は柔道の怪我で何度もお世話になった。お父さんが俺の腫れた足を丁寧に触診している横で、ゆかりは小さく頰を膨らませながら湿布を用意してくれていた。「アキラ、痛いよね……」と眉を寄せる仕草が、今でも忘れられない。ゆかりはそんな両親を見て育ち、「私も柔道整復師になって、お店を継ぐの」と目を輝かせていた。
中学に入ると、俺たちは恋人になった。
帰り道、ゆかりは照れくさそうに俺の指と指を絡めて握り、「今日もアキラの隣がいい」と頰を少し赤らめる。公園のベンチでは、俺の肩にそっと頭を預けてくる仕草が可愛くて、俺はいつも胸が苦しくなる。
高校三年生の冬、受験シーズン真っ只中。
ゆかりは医療技術学部を目指して一生懸命勉強している。夜、接骨院の奥の部屋で並んで参考書を開くと、彼女は時々俺の顔をチラチラ見ては、恥ずかしそうに笑う。
しかし、受験前日。俺は風邪を引いてしまった。
熱っぽくて咳が止まらない。弱々しくゆかりに電話をすると、
「今から行くね。待ってて」
十五分後、チャイムが鳴った。
ドアを開けると、ゆかりが息を弾ませて立っていた。白いマフラーに雪が少し積もり、頰が桜色に染まっている。コンビニの袋を両手でぎゅっと抱えていた。
「アキラ……馬鹿。こんな時に無理しちゃダメだよ」
彼女は玄関で靴を脱ぐなり、俺の額にひんやりした手を当て、眉を八の字に寄せた。心配そうな瞳がまっすぐに俺を見つめてくる。
部屋に入ると、ゆかりはコートを脱ぎながら俺のベッドの横に座った。袋から取り出したのはスポーツドリンク、蜂蜜レモンの温かい飲み物、ゼリー、そして風邪薬。
「接骨院の薬もお父さんに相談して持ってきたよ。これ、効くと思う」
彼女はスプーンでゼリーをすくうと、恥ずかしそうに目を逸らしながら俺の口元に運んでくれた。
「あーん……して」
小さな声で言われて、俺の心臓が跳ねる。ゆかりの指先が少し震えていて、それがまた愛おしい。
風邪薬を渡すとき、ゆかりは俺の手を両手で包み込むように握り、
「ちゃんと飲んで、早く良くなってね……」
と言いながら、俺の髪を優しくかき上げてくれた。その仕草が優しくて、俺は思わず彼女の手を握り返した。
「ゆかり、ありがとう。来てくれて嬉しい」
ゆかりは耳まで真っ赤になって、俯きながらも小さく微笑んだ。
「当たり前でしょ……アキラの彼女なんだから。幼なじみで、恋人で……大好きなんだもん」
その言葉に、胸がいっぱいになった。
「俺も。ゆかりが世界で一番好きだ」
ゆかりは照れくさそうに俺の胸に額を軽く押しつけてきて、
「明日、絶対に頑張って。私との約束だよ。一緒に大学に行って、これからもずっと手を繋いで歩こうね」
その夜、彼女は俺が寝つくまでそばにいてくれた。時々俺の額に手を当てて熱を確かめたり、背中を優しくさすってくれたりする。静かな部屋に、ゆかりの柔らかい息遣いだけが聞こえる。幸せすぎて、風邪なんて吹き飛ぶ気がした。
翌朝、ゆかりが迎えに来てくれた。
雪のちらつく道で、俺はマスク越しに彼女の手を求めた。ゆかりはすぐに指を絡めて握り、
「冷たいね……私が温めてあげる」
受験会場が見えてきたとき、ゆかりは立ち止まり、俺のマスクを少し下げて額にそっとキスをしてくれた。
「アキラ、行ってらっしゃい。大好きだよ」
俺は彼女の頰を優しく撫でて、笑った。
「うん。すぐ帰ってくる。ゆかりのところに」
幼なじみの彼女と、これからも甘くて温かい日々が続く。
風邪薬の味より、ゆかりの優しさのほうが、ずっと俺を元気にしてくれる。




