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Farcemythosー魔女戦争ー  作者: 奏似
一章 至高なる日々

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1-7

リヴィニーシャを妃に迎えてより更に四年――時の移ろうことの実に早いこと、二人が授かった嫡子ユファンも、そろそろ生後一年を経ようとしていた。

彼女はよく分を弁え、ラティアルトに寄り添う時とて常にその影から出ることはなかったが、しかしよく彼を盛り立ててもいて、その為彼の施政は精力的に果たされていった。

ラティアルトはよき夫、よき父として。リヴィニーシャはよき妻、よき母として。二人が幼いユファンと共に体現したのは、まさに誰もが羨む理想の夫婦像であっただろう。そうして黄金時代は頂点を極めたまま、王を中心として、さらに輝きを増していった。


そんな中、ラティアルトの元に一本の書簡が届けられる。押印された家名はローデンウェリ――王の婚儀の直前、体調を崩して隠棲し、以来四年余りも歴史の表舞台から姿を消していたサルディエからであった。

内容はこうだ。

自分はもう余命幾許もない。今生に悔いはないが、しかしナバニールの元に召される前に、せめて今一度陛下にお会いしたい――と。


父以外に寄る辺のなかったラティアルトにとって、サルディエは祖父も同然の存在である。末期に自分の顔を見たいと請われて、どうして断ることが出来ようか。

軽々に動くことが王として過ちであると、分かっていながらもなお。


彼は取るものも取らず、すぐさまヴァドステンを発っていた。

行き先はサルディエがその直轄の教区とする小都市ラフダニ。追従する者は僅かに老侍従長オルゲウと近衛が数名ばかりで、この時にはリヴィニーシャもユファンも城に残してきていた。

ともあれ、王都からラフダニまでは真南、道もなだらかでさほどの道程でもない。ラティアルトは、翌日にはもうすでにその門をくぐっていた。



「――?」

違和感に気付いたのは、すでにラフダニの門をくぐるより前のことであった。

彼を乗せた紋章入りの馬車が通ると、街道を行く者たちは皆低頭してこれを見送ったものである。それはいい。が、不審気にこちらを窺う者が妙に多いのだ。

貴賓に目を向ける、という行為自体はジュナ王家に対して特に不敬を問われることはない。実際、幼子などは馬車に気安く手を振るなどすることもあり、手を振り返したラティアルトが威厳を損なうとしてオルゲウに諌められる場面があったほどだ。

だが、今ラティアルトに向けられる視線は、子供の好奇心や親しみからくるものではない。下げた頭を微妙に上げ下げしてちらちらと窺い見る者もいれば、ろくに頭も下げずあからさまにこちらを睨み来る者までいたのである。

それが門をくぐり市街に入ると、その不審はより顕著に見られるようになったのだった。

「――陛下、お気付きでしょうか?」

御者台に座るオルゲウが、かすかに聞こえるかと言う声で問い掛ける。

「ん――ああ。ラフダニの施政に問題があるという話は聞かなかったのだが。領主たるサルディエが伏していれば、民の不安も仕方がなかろう」

気遣わしげに応えるラティアルト。しかし素早く返された返答は、至極冷淡であった。

「ローデンウェリ卿は、病に伏したといって施政を疎かにする御仁ではございません。むしろ彼などは気根の絶えぬ限り、無限に策謀を巡らすことを止めぬ奸物でございましょう。――陛下、ここは危地であると存じます。一旦王城へ――」

「……オルゲウ、祖母君に忠実だったそなたの想いは分かる。しかし、私の恩人を悪く言うのは止めてくれないか?」

教団と諸侯の対立は、ラティアルトとて知らぬ訳ではない。容易く修復が出来ぬほどに溝が深まっていることも知っている。その為、普段は実害が周囲に及ばぬ限り彼もそれを黙認していたのである。

だが、この時ばかりは病人に鞭打つような物言いに、珍しく険を露に応えていた。

「畏れながら陛下……」

しかしオルゲウも引き下がらない。主従の立場の違いゆえではない。馬車の中と外とで景色が違っていた。彼の主人はそれにまだ気付いてはいない。

「もうすでに城下まで来ているのだ、見舞うべき恩人の側に来ていながら何も告げず引き返したとあればそれは物笑いの種にもなろう?

サルディエを見舞いさえすれば、後はそなたの言う通りにしよう。だから、ここは私の無理を聞いてくれないか?」

そこで言葉を切って、返答を待つ。一拍、二拍……。会話が長く続いた時に、ふと返答の来るのが遅れてしまうことは決して珍しいことではないだろう――対話者がオルゲウでなければ。ラティアルトは、今の今までついぞ彼が返事を遅らせるところを見たことがない。

彼が不審を抱いたのと同時、歩みを止めた馬車が軽く軋んで音を立てていた。

「オルゲウ?」

「申し訳ございません陛下、もはやこの馬車は引き返すこと適いませぬ。この上は、我々のことなどお気に留めず、御身を大事に王都へお戻り下さいませ。そして、今こそ目を背けていた彼奴めの企てに目を向けられよ」

彼の声はいつもと変わらず平坦である。が、この時だけは、覚悟の色が滲んでいた。何ごとか――ラティアルトはそう問い掛けようとした。

「止せ!!」

あらぬ方から放たれた制止の声には聞き覚えがあった。王の警護を任とする近衛隊士の一人がその声の主だ。馬車の中からでは死角となってその様子は窺えないが、しかしすでに彼が冷静さを欠いていることは声からでも察しがついた。

「喧しい、人間の敵め!!」

「女神の敵めが!!」

怒号は、まるで制止の声こそを合図にしたかのようだった。と――

ゴン!

カツン!

ゴトン!!

怒号だけでは収まらず、今度は馬車の外壁がにわかに音を立て始めた。雨垂れのような優しい音ではない。石を投げられているのだろう、馬車は小刻みに揺らされてもいた。

「何が起こっている?」

堪らず、危険も承知でラティアルトは車外に飛び出していた。

「出て来たぞ、魔物だ!」

「化け物だ!」

「女神の敵だ!」

彼が姿を現すと、まさに一瞬で、視線の全てはその一身に集められていた。

その視線はどれも怒気に溢れ、近衛たちが槍先を揃えて防柵を築いていなければ、一斉に飛び掛って来かねない熱と勢いを持っていた。

そしてその囲みの外からは、間断なく投石が繰り返された。投げられるのは小石などというかわいいものばかりではない。こぶし大もあろうかという殺傷力たっぷりの大石とて、飛んでくるのは一つ二つの話ではないのである。

が、当のラティアルトはといえば、そのような状況だというのに、いや実際それらが我が身に降りかかろうとも、何事もないかの如く、まるで動じる気配を見せなかった。

「陛下、危のうございます!」

「貴様らぁ、止めろと言っているのが――!!」

近衛らは槍の防柵では埒が開かないと気付くや、すぐに陣立てを崩した。ラティアルトを石礫の雨から守ろうと彼に駆け寄る者、目的を同じくして囲みの者たちに槍を振り上げる者。

だが。

「止めい!!」

それらに先んじたラティアルトの一喝は地を震わすばかりに轟き、近衛ばかりでなく、彼に敵意を向ける者たちまでをも制止させていた。

いやしかし、周囲の者たちが制止したかどうかなど、今の彼にとっては二の次のことでしかなかった。彼の視線はあらぬ方に向けられている。

今しがた降りたばかりの馬車の御者台――そこに、不自然な姿勢で横たわるオルゲウと、彼に覆い被さるようにして喉元に小刀を突き付けた男を見ていたのだ。

「う、動くな!! 動くなよ? 動いたらこのじじいの命はないからな?」

気迫負けしつつも、動かぬオルゲウを人質にとってラティアルトを脅迫してくるその男の足元――つまりは御者台の上だが――に、べっとりと赤く血に染まった大きな石が転がっている。男が落ち着かずに足を動かすと、石は蹴飛ばされて、ごとんと下に落ちた。

「私が動かなければ彼が無事に助かるという保証はあるのか? もし彼が命を落とすようなことがあれば、お前の命は私が貰うぞ」

「ば、莫迦言うな! 俺はまだ殺しちゃいねえ、なんだってそんなこと言われなきゃいけねえんだ!?」

賢君との呼び声高いラティアルト王の言動とは思えない言いざまに、自分が無防備な老人に小刀を突き付けている事実などまるで意に介していないかの如く、男は素っ頓狂な声を上げて応えていた。

「彼はすでに重い傷を負っているのだ。それを助けず見殺しにするというのであれば、お前が殺したも同然であろう?」

「――化け物が偉そうに!」

 そのように威勢よく応えたのは、男ではなかった。彼はすっかりラティアルトの剣呑な視線に射竦められている。声のした方を仰ぎ見れば、そこには群集がいるばかりで、これでは誰がそれを言ったかなど分かろうはずもない。

「化け物の仲間は化け物だ!そんなじじい、死んじまえばいい!!」

「お前が化け物だから、このじじいは死ぬんだ!お前のせいだ!!」

「女神の敵、人間の敵め!!」

気付けば、再び周囲は怒号の渦となってしまっていた。もはや収拾のつけようもないかというほどに。

そうする中で、ラティアルトもさすがにこの暴挙が誰の差し金であるか認めざるをえなくなっていた。王をして女神の敵と言わしめる者など、今この世にはただ一人であった。オルゲウはそれを察していた。

いや、彼とて気付いていなかった訳ではない。

ただ、その事実を受け入れられなかっただけだ。

それがゆえに、このようにオルゲウを傷つける結果を招いたことはラティアルトの不徳という他ない。悔恨の念は、胸を引き裂かんばかり――しかし今や、祈るべき女神さえもが彼の敵となってしまった。

と、ふいに怒号の輪が絶えた。

いつの間にか俯いていた顔を上げると、民衆の輪を割って入ってくる一団の姿があった。一人は教団において高位にあることを示す白の法衣を纏っている。他の者たちは皆しっかりと武装してきていた。

ナバニ―ル教団司祭と神軍、つまりは教団の私設軍隊である。

それを見定めるや、近衛は速やかにラティアルトの前に列をなして壁を作った。それと真っ向対峙するようにして神軍もまた壁を作る。

そしてその壁と壁の間に、悠然と司祭が歩み出てきた。

「何用か?」

近衛の壁を割って前に出つつ、ラティアルトは司祭に問い質した。この状況下である、近衛らは王自らが前に出ることに力尽くの抵抗を示したが、しかし彼の膂力を以ては容易く押し破られた。

「私は、案内を仰せ付かったまでのこと。ラティアルト=ジュナ、罪業深き血族の者よ、無用な抵抗などせず、大人しく我らに従うが賢明ぞ」

言いつつ、ちらり、と司祭が視線を脇に転ずる。だがそのようなあからさまな挙動を示されずとも、敵弓兵の番えた矢がオルゲウに狙いを定めていることに、彼が気付かぬはずもなかった。

「私一人を捕らえる為に神軍ばかりではこと足りず、民を扇動し、さらには無力な老人を質に取るか。よくもここまで卑劣になれる。貴殿、恥というものを知らぬようだな?」

「貴様が只の人であれば、そもそも我らが起つ必要はなかった。人が竜に勝つ為には手段を問うまい? 貴様が人身の竜、人の世を高みから惑わそうとする魔なればこそ、女神の徒たる我らが起ったのだ!」

「御託はいい、案内してもらおうか。そこにいるのだろう、サルディエは」

一章 了

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