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Farcemythosー魔女戦争ー  作者: 奏似
一章 至高なる日々

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4/18

1-3

目の色、髪の色、肌の色、果てはそれぞれ地方ごとの特徴に彩られた艶やかな服飾の多様なこと、目の眩むほどである。

どれほどの生娘が集められたものか、普段は舞踏会などに用いられる巨大な城の大広間は、すっかり若い女たちで埋め尽くされてしまった。

間もなくラティアルト王が姿を現すと聞けば、大広間の中はすっかり彼女らの嬌声で飽和し、屈強な武官らが幾ら静まれと叫んだところで、静まる気配など微塵も見せない。それどころか、彼女らの熱気、無数の香の交じり合ったむせ返るような芳香にあてられて、屈強な武官が卒倒し、あろうことか女たちに摘み出されてしまう始末であった。


「陛下、いかが致しましょう。この女ども、まるで猛牛のように興奮しきっておりまする。このまま陛下が姿を現そうものなら、彼奴らは陛下の御身を危うくするに違いありませんぞ?」

おろおろと狼狽しきって向こうを覗き込んでいるのは歳若い侍従の一人であった。大広間の中と外を仕切っている幕の隙間から女たちの様子を窺っているのだが、とすると仕えるべきラティアルトに尻を向けて話し掛けている訳で、下手をすれば死罪にも相当しかねない不敬を働いていることにもなろうものだった。

「ぅおっほん!」

厳しい調子で咳払いをしたのは、その様子を微笑ましく眺めているラティアルト――ではなく、その脇で難しい顔をしている老侍従長オルゲウであった。が、こちらとて向こう側の喧騒に飲み込まれてしまっているほどなのだから、すっかり注意を幕の向こうに向けてしまっている彼にそのようなものが聞こえるはずもない。

「よろしい。――では陛下、この者にあなたさまの露払いの役を果たす名誉を与えても宜しゅうございますかな?」

きりり、と機械仕掛けのように首から上だけこちらに向けて、老侍従長がお伺いをたてる。ラティアルトが苦笑混じりに頷きを返すと、彼は躊躇いもせず、手に持つ儀杖でしたたかに部下の尻を張り飛ばした。

「――ぎゃっ!?」

勢い幕を跳ね上げて、若い侍従はそのまま演壇を走り抜ける。走り抜けてしまえば、先に待ち受けるのが女たちだろうが獅子や狼だろうが、後は落ちるより他になかった。

重い幕は間もなく視界を塞いで、ラティアルトらがその先を見ることはなかった。が、しかし女たちの嬌声が一層高まったのを聞けば、飛び込んだ侍従が天国と地獄とを同時に味わっていようことは、想像に難くないだろう。

それでもしばらくすると、人違いに気付いてか、潮が退いたように嬌声が静まってゆく。

「――さて、では参りますかな」

眉一つ動かぬ表情の下、侍従長が儀杖で床を叩くと、同僚の無残な最期を見るに唖然としていた者たちも一瞬にして緊張を取り戻した。小さな手振りで幕を開かせると、ラティアルトに先んじて壇上に立ち、大広間に居並ぶ面々を睨み渡す。

「陛下のおなりである。一同、黙して待つように」

その威風堂々とした振る舞いに、一瞬城内が静まり返る。が、それも一瞬ばかりのこと、侍従長の言葉の意味するところを汲むと、女たちは僅かなりとも壇の近くへ行こうとして押し合い、すぐさま場を混沌に引き戻した。

だが、老練な侍従長のこと、怒鳴るばかりがとりえの武官たちとは格が違う。彼はやはり取り乱した様子もなく、ただ一言呟いてみせたのだった。

「壇下の者どもは、その見苦しい姿を陛下にお見せして何とするおつもりか?」

その呟きは小さく、聞こえた者などどれほども居はしなかっただろうが、しかしその僅かな者たちが自らの有様を恥じ入って改めると、周りの者たちもすぐに我に帰ってそれに倣い、場が静粛さを得るのにどれほどの時も要さなかった。

それをにこりともせずに見届けると、侍従長は壇を降りて脇に控えた。その時には彼はもう彫像のようになって、およそ人の気配というものを発しなくなっている。


そうして、幕の暗がりから、一人の貴人が立ち現れる。その姿を見るに、皆の口から溜息が漏れた――中には緊張のあまり卒倒する者もあった。が、先の一言がよく効いたのだろう、彼の目を引こうとして見苦しく騒ぎ立てるような者はなかった。

「皆よくわが城に集ってくれた。私がスウォンジュナ国主ラティアルトである。今日という日に皆に会えて、大変嬉しく思う。想いは様々あると思うが、いがみ合うような真似はせず、どうか心安らかに過ごされるよう。――さあ、では皆、私に顔を見せておくれ」

賢君の呼び名に恥じぬ落ち着きぶりで壇上から呼びかけると、大広間に居る女という女から一身に注がれたのは、恋熱に浮かされたような熱っぽい視線であった。元よりこの呼集に応えた者たちである、彼に感情を注がない者がいるはずもなかろうが、しかし彼らが恋焦がれるのがラティアルト自身ではなく、夢想の中の賢君だと分かっていれば、このような熱気の渦の中心にいながら、彼は背中に何か寒いものを感じずにはおれなかった。

しかし、そのようなものはおくびにも出さず、ラティアルトは壇上から自らの妃候補として訪れた女たち一人一人の顔を確かめるように、ゆっくりと大広間を見渡してゆく。

誰もが、上気した顔でこちらを見返してきている。中には、何をどう思い詰めたものか、恨めしいような表情でこちらを睨みつける者もあったが、しかし誰しも根底に流れる感情は同じものであろう。

どこか冷めた心持ちであることを隠したまま、ゆっくり、ゆっくりと見回していく。


――と。

「?」

視線がホールの中央を過ぎた辺りで、ふとラティアルトは違和感に気付いた。

百人百様、色彩豊かな眺めの中で、一際異彩を放つものとはどのようなものであろうか――ともあれ、彼は初めて視線を意図せぬ方向に泳がせていた。

違和感を感じたのは、大広間の後方――前方、ことに壇の周辺は自らの美貌や何がしかの才に自信を持った女たちに力ずくで占められていたから、そのような遠い場所は自然と気の弱い者、非才な者たちの吹き溜まりとなってしまっていた。とすればそこは、すでに競争に敗れてしまっている者たちの溜まり場であるのだが――しかしラティアルトがそこに感じたのは、決して劣等感に類する感情ではなかった。

彼が感じたのは、誇り高さだったのだ。そうとしか言いようがなかった。

誇り高いといって、決して今までに出会った貴族子女たちの高慢不遜なそれではない。また、壇下に群がり、自慢の才や美貌で至上の玉の輿を勝ち取ろうとする浅ましい意志でもない。

それは鮮やかな意志の光。

見つけた、と思ったのは一瞬のことであった。次の瞬間には、ああ、自分は惹きつけられたのだ、と分からせられた。

視線は囚われて逃れようもない。

凡庸な娘に見えた。だが、目に宿る意志の光だけは、この場において明らかに異彩を放っていた。

それは慈母のそれのように、柔和な、優しい光であったのだ。

それは、あまりにも眩しく映った。

見詰め合っていた時間は、決して長い間のことではない。だがそれでも、女たちの視線が彼一身に注がれている以上、彼女らがその不自然さに気付くのには充分な時間となった。ところどころにいぶかしむような囁き合いが生じ、勘のいい者はあからさまに彼の視線を遮るように動こうとさえしていた。

それでようやくラティアルトも我に返るが、しかし彼に先んじて動きを見せたのは、壇下に控えていた侍従長であった。かん、と音高く儀杖を打ち鳴らすと、女たちに向けて――或いはラティアルトに向けて――言葉を紡ぐ。

「さあ、ヴァドステンへの道中幾度となく夢に見たであろう陛下のお姿である、どれほど眺めたとて飽きることもなかろうが、しかし遠来の旅の疲れもあろう、まずはそれぞれ部屋に戻り疲れを癒すがよい。陛下もご多忙の中、皆それぞれとゆっくり語らう時を設けたいと仰っておられる故、なに、慌てることはないのだ」

では、散会する――と、若干強引に場を収めて、侍従長はラティアルトを幕後へと導いていった。勢いに呑まれ、なにごとが起きたかと呆然とした女たちとて、それで興奮が冷めるはずもなかったろうが、しかし先んじて釘を刺されていた為に、無作法に喚き立てるような者はそうは現れなかった。少なめに見積もって半数、という程度である。

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