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Farcemythosー魔女戦争ー  作者: 奏似
一章 至高なる日々

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2/19

1-1

災厄。

その日、人々は多くを失ったという。

だが、その一切は伝わっていない。

「黙せ、畏れよ」

それが、残された全てだった。


だが、それに従い続けられるほど、人は敬虔ではない。

女神ナバニールの啓示を受けたという預言者アステリオを開祖とする教団は、「黙せ、畏れよ」という災厄の呪縛から人々を解放し、信仰を集めた。

殊に、布教権を許したスウォンジュナ王国の怒涛の大陸統一は大きな助勢となり、地図を教団の色一色に染め上げた。だがその一方で、明確な政教分離の政治理念によって、教団の世俗権力の保有は許されなかった。

一方、教団に政治介入の余地を与えなかった新興国スウォンジュナは、竜殺しの英雄ヴァスガルト=ジュナを祖とする王国である。

大陸統一の覇道半ばで無念にも初代王は倒れたが、その遺志を継いだ彼の息子たちによってそれは見事に果たされた。

暴竜の生血を浴びるようにして飲んだという初代王とその血を受けた一族の武勇は尋常ではなく、口伝のあまりの荒唐無稽さはその真偽の程を確かめることすら全く困難だった。

その急速な領地拡大、言い換えれば侵略と占領の繰り返しにも関わらず、王国内の混乱は極めて少なかった。様々な争乱の芽を先んじて封じたのは、男たちの武勇の影で見事なまでに内政を取り仕切った王妃メルエーヴェ。その政治手腕は、繊細にして剛腕。

教団の世俗権力を取り上げたのも彼女で、以降教団との政争においても彼女は常に主導権を手放すことはなかった。

人外の武勇を持ちながら恐れるより先に親しまれた王と同様、王妃もまた賢明な施策によってよく民衆に親しまれた。だが、その才ゆえかしばしば専横し、宮廷内では必ずしも篤い信望を集めていた訳ではないようだった。

殊に夫に先立たれてより後は、更に独裁に傾き、結果、孤立の度を深めていくこととなる。

正妻、愛妾との間に五人の子を成しながら王位継承者の指名を果たさずに初代王が倒れた時にも、彼女は数々の諫言を排して強引に末子オスドウェルを継承者に指名し、母后摂政として実権を手放さなかった。

年齢からも能力資質からも、最も王座から縁遠い存在と思われていた彼の王位継承に関しては貴族の誰からも心よりの賛意は得られなかったが、しかしその時には既に他の王位継承者たちは悉く怪死を遂げてしまっていた。

女王メルエーヴェによる謀殺か竜の呪いかとまことしやかに囁かれたが、いずれにせよ、この出来事が王家と諸侯の間の溝を更に深めたことは事実である。

偉大な母に溺愛されたこの末子は、庇護者たる母が逝くや喪が明けるより先に玉座から引きずりおろされてしまう。

空位。

宮廷から王家の姿が消え、貴族諸侯だけがそこに在った。

後継者の不在は、先の戦争の引き金となったレスレンティオ王国の崩壊を想起させた。

だが、王家の血が途絶えていた訳ではない。

正当な王の血統を持つ者がいながら、その継承は決して認められなかったのである。

ラティアルト=マージュ。

初代王にとって唯一の孫にあたる人物である。正妻メルエーヴェの娘ヴェレスと新興貴族マージュ伯の間に産まれた男子であるから、王位継承権を有していて然るべき身であった。しかし実際には、短いながらも玉座はその主を失っていた。

ここには不幸な経緯がある。

生来丈夫でなかった彼の母ヴェレスは、祖母メルエーヴェによって新興ながら勢いのあるマージュ伯を夫に迎えることになり、程なくラティアルトを身篭ることとなる。が、宮廷にあって権力闘争の奔流から逃れられるはずもなく、心労を募らせていた彼女は出産という大業に、ついに力尽きてしまう。

だが、夫以上に悲嘆に暮れたのはメルエーヴェであった。この時すでに昏い妄執に憑かれていた彼女は、あろうことか産まれたばかりの赤子を母殺しの悪鬼と罵り、妻に先立たれ茫然自失の父共々辺境に追いやり、省みようともしなかったのである。

女王直々に排斥された身の上の彼を敢えて王家に据えようとする者など、権力欲渦巻く宮廷にいようはずもない。彼の強力な後ろ盾となり、貴族諸侯の有形無形の抵抗を排して彼を三代王として即位させたのは、ラティアルトと同じくメルエーヴェによって冷遇され続けていた人物。ナバニール教団教主、サルディエ=ローデンウェリその人であった。

先王オスドウェルの無能のために王家の権威が失墜し、空の玉座を得んが為に貴族諸侯は暗闘を繰り返していた。

その最中にあってなお、齢十三の少年を玉座に座らせてその王位を認めさせた手腕は並ならぬものである。

玉座の対極――世俗権力を持たぬとはいえ、大陸全土に多くの信徒を持つ教団の影響力は、メルエーヴェ亡き今、何人たりとも抑え得ぬものであった。

この事件は、まさにその証左であった。


あとはラティアルトにナバニール教の国教化を認めさせればよい。その一手で、大陸は教団の占有物となる。

老サルディエがそうしなかったのは、驕りであっただろうか。

少年王の後見役として実質宰相に伍する権力を手にしたこと。また、少年王自身が父の代からの敬虔なナバニール教徒であること。

それを理解していれば、すでに権力の移譲は完了したと老人が考えていたとしても何ら不思議はないのである。

事実、すでに宮廷は沈黙していた。

サルディエの危険性をラティアルトに説く貴族の姿も少なからずあった。だが、老人はそれらを全く意に介さなかった。当のラティアルトがそれを諫めるような有様であったのだから、当然であろう。


そうして、三年の時が過ぎた。

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