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気付かなければよかったのに。
足の感覚がなくなった。
痛みだけではない。地を踏む感覚も。
それまで身体が勝手に辻褄を合わせてくれていたのが、気付いてしまうと途端にうまくいかなくなる。
ユファンを抱いたら、足が竦んだ。無理。もう怖くて歩けない。
疲れが出たみたい、と言ったら皆なにも言えなくなった。ただ、カクタスだけは訝しげ。
ツィーにはずっと視線を向けられていたけれど、彼女の助けは本当にありがたかった。
慣れるまでには時間がかかったけれど。
それでも、ゼシューマに着く頃には、普通を装えるようにはなった。……はず。
先触れに出したクロツが無事に戻り、彼の先導でゼシューマに着くやいなや。
目に入ったのは出迎えの面々と、城壁前に磔にされた者たちの姿だった。
重ねた手を打ち付けられ、それを支えに柱に吊るされた者たち。胸元から下を血に染め、ただ沈黙だけが並んでいた。
城門の左には、司祭服の男。
右には、貴族の装束を纏った青年。
出迎えるゼシューマ領主は、右に吊るされた青年に似た面差しの、しかし厳しい武人の雰囲気を纏った老いてなお逞しさを増すウォレイスの男。
ダルアム=ディリゼ。建国王の片腕。
一行が近付くと、彼は恭しく膝をつき、後ろに続く者たちもそれに倣った。
「陛下、ようこそお越しくださいました。どうぞゼシューマを家と思い、安堵いただけますよう。
万民を挙げて尽くさせていただきます」
「うむ。
して、これはそなたの子か?」
「は、お目汚しをお詫び申し上げます。これなるは不詳の息子にございます。名を告げぬ無礼をお許しいただきたく」
「あいわかった。案内を頼む」
「畏まりました。どうぞこちらへ、輿をご用意しております」
街中を輿が進む。
雑踏が、自然と割れて道を作る。
皆穏やかに頭を垂れ、輿を見送った。
「……いい街だな」
「そう仰っていただけるとは。望外の喜びですな」
街を抜け、城門を潜る。
そこには、主によく似た剛健な城があった。
あっという間のような、途方もなく長かったような。
嵐のような情勢の中、一行はようやく腰を下ろせる場所を得た。
と思ったら。
城門を潜るや、後ろから声がかかる。
「お館様、よろしいでしょうか」
「どうした」
「その……」
「疾く」
「は。骸骨に抱えられた少女がお館様を呼べ、と」
「分かった。では、陛下の案内を頼む」
「は?」
「私を呼んでいるのであろう?」
「は、それは、確かに……」
「あはは! ディリゼ侯、すまぬが母の出迎え、よろしく頼む」
「陛下の母君と? は、畏まりました」
大股で進む老人は、あっという間に大門へと戻った。
門衛らが、警戒も露わに取り囲んでいるが、まぁ責めはすまい。
「久方ぶりでございますな、魔女殿。お変わりないようでなにより」
「あら。冗談が言えるようになったなんて、あなたは随分変わったようじゃない」
かつての面影そのままに。
魔女と呼ばれた少女は、不遜に笑った。
古馴染みが旧交を温めたのも束の間。
「お母さまー!」
「やめれ、暑苦しい。母じゃないって言ってるだろ」
「きゃー、相変わらずー。かわいー」
全力で抱きつこうとするリヴィニーシャの顔面を、少女が突き出した両手で受け止める。
「ああもう、ガキか」
「ティレイ、口が悪いですよ」
骸骨が、抱える少女の口調を咎める。え、何、骸骨の方がよっぽど声可愛いんだけど。
じゃなくて。
誰か止めて。そう思って見回すけれど。
ああ、はい、そうですか。
「ねぇ」
「あら、ツィー。どうしたの?」
「いや、どうしたのじゃなくて。威厳」
「え? あー……」
こほん。
「さて、ディリゼ侯。早速で悪いが、情報が欲しい。報告を頼む」
違和感は、前司祭からの上奏から始まった。
教団内におかしな動きがある、と。
霧のような気配は、突如として牙を剥いた。
前司祭、暗殺。
嫡男を抱き込んでのディリゼ侯暗殺は、戦力を見誤り失敗。
速やかに戒厳令を敷き、教団勢力を一掃したことで、ゼシューマは難を逃れた。
「よもや、かのディリゼ侯の武を見誤るとはな。まぁ、世間を知らぬサルディエの企みなぞその程度か」
「左様ですな。ですが、前司祭の報に助けられたのも事実。あとわずかでも猶予があれば、女王陛下の元へ馳せ参じられたものを」
「言うな、あの老怪の渾身の企みだ。王太子を安堵させられただけでも僥倖と思わねば。
それよりも今はこれからのことを考えねばならぬ。賢王陛下へ哀悼を捧げる時間さえ今は惜しい」
さて、彼奴めらはどう動く? そう、リヴィニーシャが問いを向ける。
「威力偵察の者共の跳梁を捉えております。ゼシューマを落とし損ねたことは自明。直に兵を差し向けるでしょうな」
「やはりそうなるか。民を落ち着かせるためにも、兵の損耗は好ましくないな」
「しかし、無抵抗とはいきますまい。籠城は悪手ですぞ」
援軍のあてなどなく、一度包囲されれば内から剥がすのは困難だ。
思案し、場を見渡す。
ふと、見慣れた顔が目に留まる。
「ねぇ、ネーシュ。お願いがあるんだけど」
「嫌です無理です、私戦えないですからね? 知ってますよね?」
呼ばれた骸骨がぷるぷると首を振る。
ピオネーシュ。ティレイと一緒にリヴィニーシャを育てた骸骨だ。力は人並み、疲れは知らないがなにか特別な能力を持つ訳でもない。
まぁ戦力にはならない。それは知ってる。
肝心なのは使い方だ。
なにより強い第一印象、その一手で相手の心を粉砕すればいい。
「あんた、スゴい顔してるけどいいのそれ?」
おっといけない、威厳威厳。
「という訳でお母さま、ネーシュ借りるからね」
「高いわよ?」
「ディリゼ侯?」
「は。……秘蔵の酒を出しましょう」
「仕方ない。早く返しなさいよ」
「待って、私売られたの? お酒で? ティレイ?」
「まぁヴィーシャなら引き際は弁えるでしょ。しっかりやってらっしゃい」
「ティーレーイー?」
即時、触れが出され、街中から骨という骨が集められた。
墓を暴きましょうかとダルアムが問うたが、そんな必要もない。
皆毎日肉は食うのだ。自然、骨は山のように集まった。




