移ろう景色
娘を連れ、いつものように隣家を訪ねる。
そう、務めていつもの通りに。
斧を隠し持つのは、用心のため。
害意など。
いや、そんなものある訳がない。
いつものように挨拶し、いつものようにぼやきながら仕事の支度。
何も変わらない。変わるはずがない。
ゴンゴンゴン、と木戸を叩く。
しばらくして、扉が開く。いつもと違い、少しだけ。
「よ、よう。おはよう」
「…ああ。おはよう」
ぎこちない挨拶。
自分の声までいつもと違って聞こえる。
視界の端に映るのは大鉈。
ギョッとして、思わず目が向いてしまう。視線を戻すと、こちらを見ていたのは血走った凶気の目。
後ろ手に隠していた斧を振り上げ、一息に振り下ろす。
木戸に食い込み、止まる。抜けない。
激痛。
太ももに大鉈が食いこんでいた。
「逃げろ、ツィー! 誰もいないところに!」
「逃げろ、ツィー!」
言葉の意味を飲み込むまでに、どれくらいの時間がかかったのだろう。
気付いたら、こちらを掴もうとする手が、迫っていた。
知っている手。
幼い頃から共に育ち、そのうち夫となり共に家庭を支えていくはずだった、手。
だが、彼は知らない目をしていた。
モノを見るような目。
これはオレのモノだと、怖気のする目。
薄ら笑いを浮かべて彼は私を掴もうとしてきている。
逃げるためでも恐怖でもなく、嫌悪が、その手を払っていた。
手を打つ痛みが現実に引き戻した。
逃げる。言われた通りに、誰もいない所へ。
母は?弟妹は?
思い出したのは街を出てから。
どこをどう逃げたのか、全く覚えていない。
一人、街の外。
足の震えが収まらない。熱いのか寒いのかそれすら分からない。
何がどうなったのか。
これからどうしたらいいのか。
分からない。
何も、何一つとして理解出来なかった。
悲劇だと。
そう、思うだろうか。
時、場所、いずれかひとつでも違ったならば、そう思う者もあったかもしれない。
だが、今この時、このようなことはお話にもならなかった。
何故?
答えるのもばかばかしい。
こんなもの、掃いて捨てる気も起きないほどありふれた光景なのだから。




