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断罪された悪役令嬢は、公爵様の独占欲から逃れられない   作者: 春野スミレ


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8/12

NO.8 謀り事

 翌日。

 捜査の状況を報告すべく、王城へ向かった。


 窓の外では王都の通りが流れていく。

 朝の光は明るく、行き交う人々の声もどこか穏やかだ。


 だが馬車の中の空気は、外とは少し違っていた。

 カーライルは腕を組み、窓の外を見ている。


 その横顔はいつも通り落ち着いている。

 けれど、近くで見れば分かる。

 機嫌はあまり良くない。


 イリスは隣に座り、その様子をそっと見ていた。

 そして、小さく笑う。


「そんな顔をしなくても大丈夫です」


 カーライルの視線が向く。


「どんな顔だ」


「怖い顔です」


 イリスはさらりと言った。

 カーライルは一瞬だけ黙り、それから視線を逸らす。

 否定はしない。


 向かいでローレンスが吹き出した。


「はは」

「奥さんにも言われてるぞ」


 カーライルは睨む。


「黙れ」


 ローレンスは肩をすくめた。


「怖い怖い」


 そしてイリスを見る。


「でもまあ」

「今日は少し物々しいかもな」


 馬車は王城へと近づいている。


 高い石壁。

 衛兵たち。

 門の前にはすでに何人もの兵士が立っていた。


 毒事件の影響だろう。

 イリスは窓の外を見ながら言う。


「やはり警備が増えていますね」


 カーライルが短く答える。


「ああ」


 ローレンスが笑う。


「そりゃそうだ」

「王太子が毒飲みかけたんだから」


 イリスは少しだけ表情を引き締めた。

 馬車が門を通る。

 衛兵が敬礼した。


「リヒター公爵」


 カーライルは軽く頷く。

 やがて馬車は王城の正面へ到着した。

 御者が扉を開く。


 カーライルが先に降り、手を差し出す。

 イリスはその手を取り、馬車から降りた。

 ローレンスも軽やかに地面に降り立った。

 

「相変わらず立派な城だな」


 空を見上げる。


「何回来ても慣れない」


 カーライルは言う。


「来る必要もない」


「冷たいな」


 ローレンスは笑った。

 三人は城の中へ入る。

 廊下には兵士が立っていた。

 すれ違う貴族や役人たちが、カーライルへ軽く礼をする。


「公爵」

「おはようございます」


 カーライルは短く頷くだけだった。

 やがて、一つの扉の前で止まる。

 王太子の執務室。

 近くにいた騎士が扉を開いた。


「殿下」

「リヒター公爵がお見えです」


 中から声がした。


「通せ」


 三人は部屋へ入る。

 広い執務室だった。


 大きな机。

 窓から差し込む光。

 壁には地図が掛けられている。


 机の向こうには、赤髪の男。

 王太子アルフォンス。


 その隣には、黒髪の騎士が立っている。

 エドガーだ。


 アルフォンスは椅子に座ったまま、三人を見た。


「来たか」


 軽い声だった。

 そして少し笑う。


「先日の件だろう?」


 カーライルが一歩前へ出る。


「はい」


 アルフォンスは机に肘をつき、顎に手を当てた。


「で」


 金の瞳が細くなる。


「進展は?」


 部屋の空気が、少しだけ張り詰めた。

 カーライルは静かに言う。


「いくつか、報告があります」


 そして、視線を横へ向けた。

 ローレンスが、にやりと笑った。


「僕の出番だね」


 ローレンスはゆっくりと部屋の中央まで歩き、軽く肩を回した。


「昨日の茶会で、少し遊んできた」


 アルフォンスが眉を上げる。


「茶会?」


「セレーナ嬢の茶会さ。イリスちゃんが招待された」

「僕もついて行って、彼女の屋敷を調査してたってわけ」


 エドガーが無言でローレンスを見ている。

 ローレンスはそれに気づき、肩をすくめた。


「怖い顔するなって」

「ちゃんと役に立つ話だ」


 アルフォンスは椅子に背を預ける。


「続けろ」


 ローレンスは指を一本立てた。


「まず一つ」

「毒ワインを給仕に渡した男」


 部屋の空気が少し変わる。

 ローレンスは続ける。


「そいつ」

「セレーナ邸に出入りしてる」


 カーライルの視線が鋭くなる。

 アルフォンスは静かに聞いている。


「しかも」

「最近、頻繁に」


 アルフォンスが聞く。


「名前は」


「まだ」


 ローレンスは答える。


「ただ」

「使用人が覚えてた」


 窓の外へ視線を向ける。


「見慣れない男だったらしい」

「使用人でもない」

「貴族でもない」


 ローレンスは笑う。


「お金」

「渡してたって」


 エドガーの目がわずかに細くなる。

 ローレンスはさらに続けた。


「それだけじゃない」


 指をもう一本立てる。


「その男」

「ワイン業者とも繋がってる」


 アルフォンスが顎に手を当てる。


「つまり」

「毒ワインを用意できる立場」


 ローレンスが頷く。


「そういうこと」


 アルフォンスが低く言う。


「証拠は」


 ローレンスは即答した。


「ない」


 アルフォンスが小さく笑う。


「正直だな」


 ローレンスは肩をすくめる。


「目撃証言だけ」

「噂も少しだけだし」

「決定的な証拠がない」


 そして付け加える。


「でも」

「かなり怪しい」


 部屋の空気が静かに沈む。

 アルフォンスはしばらく考えていた。

 やがて言う。


「貴族の罪を問うには弱いな」


 ローレンスは頷く。


「だから困るんだよね」


 そのときだった。

 ローレンスが、ふと視線を動かした。

 イリスを見る。


「それと」


 部屋の空気が変わる。

 アルフォンスが言う。


「まだあるのか」


 ローレンスは少し笑った。


「今回の狙い」


 少し間を置く。


「殿下じゃないかもしれない」


 アルフォンスの金の瞳が細くなる。


「どういう意味だ」


 ローレンスはイリスを見た。


「本当に狙われたの」

「この人かもしれない」


 沈黙。

 部屋の空気が一瞬で張り詰めた。

 カーライルの視線がローレンスへ向く。

 アルフォンスが静かに言う。


「理由は」


 ローレンスは肩をすくめた。


「簡単」

「毒のグラス」

「カーライルの近くに置かれてた」


 そして続ける。


「その場にいたのは」

「殿下」

「カーライル」

「それから」


 イリスを見る。


「彼女」


 静かな空気が落ちた。

 ローレンスは最後に言った。


「それに」

「セレーナは、カーライルに執着してる」


 カーライルの目が、ゆっくりと冷える。

 部屋の空気が張り詰めた。


 アルフォンスは黙ってローレンスを見ている。

 やがて言った。


「……可能性はある」


 エドガーも小さく頷いた。


「殿下を狙うなら、あそこまで回りくどい方法を取る必要はないし、あんなに目立つところでやらないかな」


 カーライルは何も言わない。

 だが、手がわずかに握られている。

 ローレンスは続ける。


「毒の件も、給仕も、ワインを渡した男も」

「全部繋がってる」


 少し間。


「でも決定的な証拠がない」


 アルフォンスは資料を見たまま言う。


「ならば作るまで、か」


 ローレンスが、軽い声で言う。


「そう」

「一番手っ取り早いのは――」


 少し間を置く。

 視線が動く。

 イリスを見る。

 部屋の空気が止まる。


 イリスは一瞬だけ考えた。

 そして、静かに言う。


「わたしが囮になります」


 その瞬間。


「だめだ!」


 カーライルの声が響いた。

 即答だった。

 部屋の空気がさらに張り詰める。


 イリスがカーライルを見る。

 カーライルははっきりと言った。


「許さない」


 アルフォンスが笑う。


「早いな」


 ローレンスも肩をすくめた。


「予想通り」


 カーライルはローレンスを睨む。


「最初からそのつもりだったな」


 ローレンスは軽く手をあげる。


「落ち着け」

「でも一番確実だ」


 アルフォンスも言う。


「確かに」


 カーライルは首を振る。


「危険すぎる」


 その声は低い。

 だが怒りではなく、はっきりとした拒絶だった。

 イリスは静かに言う。


「カーライル」


 カーライルが視線を向ける。

 イリスは続ける。


「このままでは、また狙われます」


 カーライルは答える。


「それでもだ」


 イリスは小さく笑った。


「でも」


 カーライルを見る。


「守ってくれるのでしょう?」


 カーライルが言葉を失う。

 ローレンスが横で吹き出した。


「ほら」


 アルフォンスが腕を組む。


「決まりだな」


 カーライルはまだ納得していない。

 だが反論できない。


 ローレンスが、口を開く。


「じゃあさ。具体的にどうする?」

「セレーナは簡単には尻尾を出さないと思うけど」


 そのとき。

 イリスが口を開く。


「……私に考えがあります――」


***


 説明が終わるころには、ローレンスが笑っていた。


「なるほどね」

「それなら」


 肩をすくめる。


「やってみる価値はある」


 カーライルはイリスを見る。


「危険だ」


「承知しています」


 イリスは落ち着いた声で答えた。

 カーライルはしばらく黙っていた。

 やがて小さく息を吐く。


「……分かった」


 アルフォンスが笑う。


「決まりだな」


 静かな声だった。

 

「では」

「舞台を用意しよう」


 金の瞳が細くなる。


「1週間後、王城夜会を開催する」


 ローレンスが笑った。


「王城の夜会」

「いいね」


 エドガーが静かに言う。


「警備はこちらで整えます」


 アルフォンスが頷く。


「頼む」


 部屋の空気が少し緩んだ。

 カーライルはイリスを見る。

 まだ納得した顔ではない。

 

***


「セレーナ様」


 侍女が頭を下げる。


「お客様がいらしております」


 セレーナはソファに座ったままワインを揺らしていた。


「誰?」


 侍女が少し声を落とす。


「昨日手紙が届いた者です。リヒター公爵夫妻の件でお話があると」

「どうやら……彼らを強く憎んでいるようです」


 セレーナの唇がわずかに歪む。


「ああ」


 ゆっくり立ち上がる。


「お通しして」


 扉が開く。

 男が一礼した。


「お初にお目にかかります」


 顔を上げる。


「シュレインと申します」

 

 セレーナは椅子に腰掛けたまま言う。


「貴方がシュレイン?」


「はい」


 穏やかな笑顔だった。

 だが目はどこか暗い。

 セレーナは机の上の肖像画を指で押した。


 カーライルとイリス。

 シュレインの視線がそこに落ちる。


「私は」


 低く言う。


「彼らが憎い」


 セレーナは何も言わない。

 シュレインは続ける。


「でも」

  

 小さく笑った。


「イリス様を同じくらい愛しています」


 セレーナの眉がわずかに動く。


「どういう意味?」 


 シュレインは静かに言った。


「どうせ殺すなら」

「私にください」


 沈黙。

 シュレインは続けた。


「お金はいりません」


 指を二本立てる。


「ただお願いしたいことが二つ」

「ひとつめは、私がイリス様と二人きりになる機会を作っていただきたい。」


 セレーナは黙って聞いている。

 シュレインの声が少し楽しげになる。


「そしてもう一つ」

「私とイリス様が恋仲だったと」

「社交界で広めてほしいのです」


 セレーナの視線が鋭くなる。

 シュレインは机の上の肖像画を掴んだ。


 カーライルの顔。

 ぐしゃりと握る。

 紙が歪む。


「駆け落ちしたことにすれば」

「邪魔する者はいなくなる」


 そして紙を破り捨てた。


「利害は一致しますよね?」


 部屋に静かな空気が流れる。

 やがて。

 セレーナはゆっくり笑った。


「……面白い男ね」


 グラスを持ち上げる。


「いいわ」

「協力してあげる」


 シュレインは深く一礼した。


「計画を練りましょうか」


 

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