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断罪された悪役令嬢は、公爵様の独占欲から逃れられない   作者: 春野スミレ


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12/12

NO.12 溢れる気持ち

 王城を出たころには、夜はすっかり深くなっていた。

 リヒター家の馬車が静かに動き出す。


 石畳を踏む音が、規則的に響く。

 車内は静かだった。


 カーライルは当たり前のようにイリスの隣に座っていた。


 何も言わない。

 ただ、窓の外を見ている。

 イリスはその横顔を見上げた。


 横顔はいつも通り整っている。

 けれど、どこか硬い。


「……カーライル」


 小さく呼ぶ。

 カーライルは視線を動かさないまま答えた。


「どうした」


 イリスは少し迷ってから言う。


「怒っていますか?」

 

 ほんのわずかな沈黙。

 それから、短い声。


「いや………、少し」


 カーライルはゆっくり言った。


「今回は良かったが、君が囮になるのはやはり危険だった」


 その声は低い。

 イリスは小さく笑う。


「でも成功しました」


 カーライルがようやくイリスを見る。

 濃紺の瞳。

 その視線は、真剣だった。


「そういう問題じゃない」


 イリスは瞬きをする。

 カーライルは続ける。


「もし」


 言葉を選ぶように少し間を置く。


「一歩間違えれば」

「君が危なかったかもしれない」


 イリスは黙った。

 カーライルは視線を落とす。

 そして、ぽつりと言った。


「……心臓に悪い」


 その言い方に、イリスは思わず笑った。


「そんな顔、初めて見ました」


 カーライルは少し眉を寄せる。


「笑うな」


 だが、その声はもう怒っていなかった。

 馬車が揺れる。

 少し沈黙。

 そのとき、カーライルが言った。


「あの男」


 イリスが顔を上げる。


「はい?」


 カーライルの声は低かった。


「君の手を握っていた」


 イリスは一瞬きょとんとする。

 それからくすっと笑う。


「演技です」


 カーライルは短く言う。


「分かっている」


 少し間。  

 それから視線を逸らす。


「……気に入らないだけだ」


 イリスは完全に笑ってしまった。


「カーライル」

「嫉妬ですか?」


 カーライルは答えない。

 だが否定もしない。

 イリスは少し考えてから言った。


「でも」


 カーライルが視線を戻す。

 イリスは小さく笑い続けた。


「カーライルが絶対に来ると思っていたから」

「怖くなかったですよ」


 馬車の中が静かになる。

 カーライルは何も言わない。

 ただ、イリスを見ていた。


 そして――

 手を伸ばす。

 イリスの手を取った。

 指を絡めるように握る。

 その力は、少し強かった。


「もう」

「囮捜査は許可しない」


 イリスは少し困ったように笑う。


「難しいですね」


 カーライルが眉を寄せる。


「なぜだ」


 イリスは言う。


「だって」


 少しだけ、からかうような声。


「公爵夫人ですから」


 カーライルは小さく息を吐く。

 そして言った。


「それでも」

「別の方法を考えてくれ」


 手を握る力が、少し強くなる。

 イリスの頬が少し赤くなる。


 そのとき、馬車がゆっくり止まった。

 屋敷に着いたらしい。

 扉が開く。

 夜の冷たい空気が流れ込んできた。


 カーライルが先に降り、手を差し出す。


 イリスが手を重ねた瞬間。

 カーライルが、手の甲に口づける。


 それから、静かに言った。


「……今後は、危険な役は控えてくれ」

「よく頑張った」


 イリスは少し驚いた顔をする。

 それから、嬉しそうに笑った。


***


 王城の騒ぎが嘘のように、屋敷は静かだった。

 廊下には人の気配がない。


 カーライルはイリスの手を引いたまま歩いている。

 その歩幅は、少し早い。

 イリスが小さく呼ぶ。


「カーライル?」


 返事はない。

 そのまま寝室の扉が開いた。


 中へ入る。

 静かに扉が閉まった。

 その瞬間だった。


 カーライルの腕が伸び、イリスの腰を引き寄せる。


「……!」


 突然の力に、イリスは小さく声を上げた。

 気づけば胸の中に閉じ込められている。

 強い腕だった。


「カーライル……?」


 低い声が落ちる。


「怖くなかったと言ったな」


 イリスは少し驚きながらも答える。


「はい」

「本当に怖くありませんでしたよ」


 カーライルの腕が強くなる。


「私は」

「怖かった」


 短く息を吐く。

 イリスの瞳が揺れる。

 カーライルは続けた。


「王城で、君が一人で会場を出て行く背中を見た時」

「もし」


 言葉が止まる。

 その代わり、ぎゅっと抱きしめた。

 まるで確かめるように。

 イリスは少し戸惑いながら、そっと背中に手を回す。


 そして顔を上げた。

 濃紺の瞳。

 距離が近い。

 呼吸が触れそうだった。


「……分かっているのか」


「何をですか?」


 カーライルは言った。


「君が」

「どれだけ危ないことをしたか」


 イリスは少し考える。

 それから、小さく笑った。


「カーライルを信じていたから出来たんです」


 カーライルの表情が止まる。

 沈黙。

 カーライルはしばらく何も言わない。

 それから小さく呟いた。


「……ずるいな」


「え?」


 その瞬間だった。

 カーライルの腕が動く。

 ぐっと引き寄せられる。


 喋る間もなく唇を塞がれる。

 今までよりも深い口づけ。


 次第に熱を帯びていく。


「待って……」


 イリスが息を整えようと距離を取ろうとする。

 が、カーライルは離さない。

 それどころか、そのままベットに連れて行かれる。


 イリスの背中が柔らかなマットにに触れた。


「……!」


 押し倒されていた。

 カーライルがその上に覆いかぶさる。

 濃紺の瞳がすぐ近くにある。

 イリスの頬が赤くなる。


「カーライル……」


 カーライルの声は低かった。


「分かっていない」


 指が、イリスの頬に触れる。

 ゆっくりなぞる。


「君が」


 声が少し掠れる。


「そんなことを言うと」

「……我慢できなくなる」


 唇が触れた。

 溶け合うようなキス。

 息つく間もないような。


 イリスの手が、思わずカーライルの服を掴む。

 カーライルが小さく息を吐きドレスの裾に手を掛けた。


 そのとき。

 イリスが小さく言う。


「……あっ、まって……」


「どうした」


 少し躊躇ってから言う。


「その……」


 頬がさらに赤くなる。

 視線を逸らす。


「入浴もしていませんし……」


 カーライルが一瞬止まる。

 イリスは慌てて続けた。


「それに、準備もなにも……」


 沈黙。

 カーライルはしばらく何も言わない。

 そして、低く息を吐いた。 


 次の瞬間。

 イリスの顎に指をかけ、顔を上げさせる。

 濃紺の瞳が、まっすぐ見ていた。


「……無理だ」


 イリスが瞬きをする。

 カーライルは言った。


「もう待てない」


 その声は低くて、少し掠れていた。


「今夜は」

「逃がす気はない」


 そのまま、唇が重なった。

 さっきよりもさらに深いキス。 

 

 イリスの指が思わずカーライルの胸元を掴む。

 カーライルの腕が背中へ回る。

 強く引き寄せられた。


 呼吸が触れ合う。

 カーライルはイリスの頬に触れた。

 指先が、少し震えている。


「……イリス」


 小さく名前を呼ぶ。

 イリスの美しい瞳が彼を見つめている。


「愛してる」


 そして再びキスを落とす。

 イリスもまた、カーライルの胸元をぎゅっと掴む。

 

「私も……、愛してます」


 カーライルは答えない。

 彼の理性は、もうほとんど残っていなかった。


「……イリス」


 名前を呼ぶ声が低くなる。

 イリスは少し照れながら答える。


「カーライル……」


 二人はまた溶け合うようなキスをした。


 その夜。

 リヒター邸の寝室の灯りは、いつまでも消えなかった。


***


 朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいた。

 静かな寝室。 


 ベッドの上で、イリスはゆっくり目を覚ます。

 隣にはカーライルがいた。

 まだ眠っている。

 珍しい光景だった。


 いつもは先に起きているのに。

 イリスは少しだけ体を起こす。 

 その瞬間。

 腕が伸びた。


「……どこへ行く」


 低い声。

 イリスが驚く。


「起きていたんですか?」 


 カーライルは目を開けた。

 そして当たり前のようにイリスを引き寄せる。

 再び腕の中。


「まだ早い」


 イリスが少し恥ずかしそうに慌てる。


「でも朝ですし……」


 カーライルは無視した。

 むしろさらに抱き寄せる。


「……カーライル」


「なんだ」


「近いです」


「そうか」


 全く離れる気配がない。

 むしろ額にキスまで落とした。

 イリスの顔が赤くなる。


 そのとき。

 コンコン。

 扉がノックされた。 


「カーライル様」


 執事の声だ。


「ローレンス様がお見えです」


 カーライルの顔が一瞬で不機嫌になる。


「帰らせろ」


 即答だった。

 外で少し沈黙。


 だが次の瞬間。

 扉の向こうから声がする。

 ローレンスだった。


「聞こえてるぞー」


 イリスが思わず笑いをこらえる。

 カーライルの眉がぴくりと動いた。

 ローレンスが続ける。


「帰らせろって、ひどいな」


 少し間。


「せっかく朝から来てやったのに」


 カーライルは短く言った。


「頼んでいない」


「そう言うなって」


 軽い声だった。

 そして、少しだけ笑いを含んで言う。


「昨日の事件のつづきを教えてあげに来たのに」


 カーライルは無言。

 ローレンスは続けた。


「それとも」


 少し声を落とす。


「忙しかった?」


 沈黙。

 寝室の空気が一瞬固まる。

 イリスの頬が一気に赤くなった。

 カーライルの目が細くなる。

 扉の向こうでローレンスがくすりと笑った。


「まあいい」

「あとで降りてこいよ」


 足音が遠ざかる。

 廊下が静かになった。

 寝室に沈黙が戻る。

 イリスは顔を隠した。


「……恥ずかしいです」


 カーライルは静かに言う。


「気にするな」


 そしてもう一度イリスの額にキスを落とす。


「全部」

「私のせいだ」


 イリスは小さく笑った。


「そろそろ起きますか?」


 カーライルは、まだ腕の中にいるイリスを見下ろす。


「……いや」

「もう少し、このままでいい」


 イリスは少し驚いて、それから微笑んだ。


「はい」 


 朝の光が、静かに寝室に広がっていた。


***


 しばらくして。

 身支度を整えた二人は食堂へ向かった。


 リヒター邸の朝は静かだ。

 大きな窓から朝の光が差し込み、長いテーブルを柔らかく照らしている。


 だが。

 その空気を一人の男が壊していた。

 ローレンスだった。


 すでに椅子に座り、優雅に紅茶を飲んでいる。

 カーライルを見るなり、口元がゆっくり上がった。


「おはよう、公爵様」

「ずいぶん遅いお目覚めですね」


 カーライルは席につきながら短く言う。


「帰らなかったのか」


「ひどいな」


 ローレンスは肩をすくめる。


「仕事の話をしに来たんだぞ」


 イリスが小さく会釈する。


「おはようございます、ローレンス様」


 ローレンスはにこりと笑った。


「おはようございます、公爵夫人」


 それから。

 ちらりとカーライルを見る。

 もう一度、ゆっくり言った。


「よく眠れましたか?」


 沈黙。

 カーライルがナイフを持つ手を止める。

 イリスの頬が赤くなる。


 カーライルは無視して食事を始めた。

 ローレンスは続ける。


「……まあ冗談はここまでにして」


 少しだけ声を落とす。


「セレーナの件」


 空気が変わる。

 カーライルが座り直す。

 ローレンスは静かに言った。


「面白い情報が入った」


 カーライルの瞳が鋭くなる。


「話せ」


 ローレンスは口元を少し上げた。


「その前に」


 イリスを見る。


「公爵夫人」


 少し楽しそうな声。


「昨日の作戦」

「完璧でしたね」


 カーライルが小さく息を吐く。

 ローレンスは笑った。


「さて」

「続きの話をしようか」


 朝の光の中で。

 三人の会話は、静かに次の事件へと続いていった。



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