NO.11 幕引き
カーライルたちが辿り着いたとき。
そこにいたのは―
イリスと、シュレインだった。
二人は廊下の中央に立っている。
そして。
シュレインはイリスの手を握っていた。
その光景を見た瞬間。
カーライルの表情が固まる。
一瞬の沈黙。
次の瞬間。
カーライルが動いた。
床を蹴る音が響く。
一瞬で距離を詰めると、シュレインの手を払いのけた。
そしてイリスの手を自分の方へ引き寄せる。
腕を引く力は強い。
イリスが少し驚いた顔をする。
カーライルの声が低く落ちた。
「触れることは許可していない」
シュレインは一瞬ぽかんとした。
それから、にこっと笑う。
「あ、おや」
軽く頭を下げる。
「失礼しました」
そして舌を出す。
「つい嬉しくて」
肩をすくめる。
ローレンスが思わず吹き出した。
「最高」
カーライルはまだシュレインを睨んでいる。
シュレインはまったく気にしていない様子だった。
そのとき。
廊下の奥から足音が聞こえた。
ゆっくりと近づいてくる。
セレーナだった。
「まあ……どうしたの?」
柔らかな声。
いつもの微笑み。
まるで何も知らないような顔だった。
だが。
彼女の視線が――
イリスとシュレインへ向く。
なぜ、ここにいる。
その瞬間。
ほんの一瞬だけ。
セレーナの表情が止まった。
目がわずかに見開かれる。
だが、それは本当に一瞬だった。
すぐに微笑みが戻る。
しかし。
そのわずかな変化を、見逃す男ではなかった。
ローレンスがゆっくりと口を開く。
口元には、うっすらと笑み。
「……なにか」
「驚くことでもありましたか?」
セレーナの視線が、ローレンスへ向く。
一拍。
それから軽く肩をすくめた。
「まさか」
「そんなはずないでしょう?」
ローレンスは小さく笑う。
「そうですか」
それ以上は何も言わない。
だが、その目は完全に楽しんでいた。
そのとき。
作戦を影から見ていたアルフォンスが一歩前へ出る。
赤い髪が灯りを受けて揺れた。
金の瞳が、この場を静かに見渡す。
カーライル。
ローレンス。
イリス。
シュレイン。
そして最後に、セレーナを見る。
ゆっくり言った。
「説明してもらおうか」
その声は大きくない。
だが、この場を支配する声だった。
一瞬の沈黙。
その沈黙を破ったのは、シュレインだった。
「では」
軽い声。
ポケットに手を入れる。
何かを取り出した。
小さな印章だった。
それを手のひらに乗せる。
「こちら」
そして、にこっと笑う。
「セレーナ様の私印です」
その言葉が落ちた瞬間。
空気が変わった。
シュレインは印章を指で軽く回した。
「ちなみに」
「今、セレーナ様の屋敷にある私印は」
「模造品です」
アルフォンスの眉が上がる。
「模造?」
シュレインは楽しそうに頷いた。
「ええ」
「私の作品です」
セレーナの顔色が変わる。
シュレインは続けた。
「本物はこちら」
手のひらの上の印章を軽く持ち上げる。
「そして」
「屋敷に置いてきた模造印章には」
指で小さな丸を描く。
「裏にニコちゃんマークを彫ってあります」
そして続ける。
「セレーナ様が私と密会して以降」
「送った手紙」
「全部その印ですよ」
アルフォンスが静かに言った。
「確認すれば」
「すぐ分かるな」
その言葉が落ちた瞬間。
セレーナの顔から血の気が引いた。
「その男が勝手に屋敷に忍び込んだのよ!」
「私は貴方なんてしらないわ!」
セレーナが語気を強めていった。
だがローレンスがいたずらっぽく問いかける。
「セレーナ嬢の御屋敷はそんなに警備が甘いのですか?」
セレーナはなにも答えない。
変わりにシュレインがにっこりと答える。
「セレーナ様にご招待していただきました」
「そしてイリス様を攫う計画を立てました」
廊下に、重たい沈黙が落ちる。
誰も口を開かない。
その沈黙を破ったのは――
カーライルだった。
一歩、前に出る。
視線はセレーナへ向いている。
低い声が落ちた。
「イリスに手を出したこと」
「後悔することになる」
廊下の空気が一瞬で冷えた。
セレーナはカーライルを見た。
ほんの一瞬。
だがその視線には、確かな憎しみがあった。
そのとき。
アルフォンスが一歩前へ出た。
赤い髪が灯りを受けて揺れる。
金の瞳が、セレーナを真っ直ぐ捉える。
「セレーナ・レイヴァン」
静かな声だった。
だが、この場のすべてを支配する声だった。
「王太子暗殺未遂」
少し間を置く。
「及び」
「公爵夫人誘拐未遂」
廊下の空気が凍る。
アルフォンスはゆっくり続けた。
「手違いとはいえ」
「私の手に、毒入りの酒を持たせた罪は重いぞ」
その言葉は静かだった。
だが、その重さは誰もが理解できた。
セレーナの唇がわずかに震える。
アルフォンスは言う。
「弁明はあるか」
セレーナはしばらく黙っていた。
ゆっくり視線を落とす。
そして――
ふっと笑った。
だが何も言わない。
アルフォンスは頷く。
そして静かに告げる。
「本日をもって」
「貴族籍を剥奪する」
廊下の空気が止まった。
セレーナだけが、ゆっくり顔を上げる。
アルフォンスは短く命じた。
「連れていけ」
エドガーが一歩前に出る。
護衛が動いた。
セレーナの腕を取る。
そのとき。
セレーナは振り返った。
まずカーライルを見る。
その視線には、まだ執着が残っていた。
だが。
すぐに視線は移る。
イリスへ。
小さく笑う。
「……あなた」
目を細める。
「思ったより」
「面白いわね」
そのまま。
護衛に連れられ、廊下の奥へ消えていった。
しばらく沈黙。
やがてローレンスが小さく息を吐く。
「……終わったな」
廊下の空気が、ようやく緩む。
先ほどまでの緊張が嘘のようだった。
アルフォンスは軽く肩を回した。
「やれやれ」
「少し騒がしい夜会だったな」
エドガーは何も言わない。
ただ静かに周囲を確認している。
ローレンスがイリスを見る。
口元に笑みを浮かべた。
「いやあ」
「見事な作戦でしたね、公爵夫人」
イリスは小さく頭を下げる。
「皆様のおかげです」
その横で、シュレインがぱっと顔を輝かせた。
「お役に立てて光栄です!」
胸を張る。
ローレンスが笑う。
「確かに」
「一番の立役者だね」
シュレインはにこにこしている。
そのとき。
ふと、何か思い出したように口を開いた。
「あ」
カーライルを見る。
「そういえば」
カーライルの視線が向く。
シュレインは少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
「公爵様」
指で破る仕草をする。
「演技とはいえ」
「セレーナ様のお屋敷で公爵様の写真破いてしまいました」
「申し訳ございません!」
謝っているものの反省の色は感じられない表情である。
一瞬の沈黙。
ローレンスが吹き出した。
「はははは!」
「やっぱり最高!」
カーライルは無言だった。
ただ、シュレインをじっと見ている。
イリスが思わず笑った。
その声を聞いて、カーライルの表情もわずかに緩む。
シュレインは胸を張った。
「まあでも!」
「作戦成功ですね!」
イリスは静かに頷いた。
「はい」
その声は穏やかだった。
王城の廊下の灯りが、静かに揺れている。
夜会の騒ぎは終わった。
そして――
セレーナの物語も。
ここで終わったのだった。




