NO.10 答え合わせ
1週間前――王城にて
「じゃあ」
ローレンスが椅子の背にもたれながら言った。
「具体的にどうする?」
部屋の視線がイリスに集まる。
イリスは少しだけ考えてから口を開いた。
「私に考えがあります」
カーライルの眉がわずかに動く。
「考え?」
イリスは頷いた。
「ヴァルツ家にいた頃から」
「定期的に手紙を送ってくる方がいるんです」
アルフォンスが面白そうに目を細める。
「ほう?」
イリスは続けた。
「男爵家の方で」
「シュレインという方です」
カーライルの表情が、ほんの少しだけ変わった。
「……手紙?」
イリスは静かに頷く。
「はい」
「内容は、純粋に私を心配するような感じで、悪い方では無いと思うんです」
少し言葉を探す。
「ヴァルツ家にいた頃は」
「体調は大丈夫か、とか」
「辛いことはないか、とか」
カーライルは低く聞く。
「返事は?」
「一度もしていません」
「ヴァルツ家の頃は爵位が低いからと父に止められ、結婚してからは他の男性とやりとりするのはと思い……」
ローレンスは肩を震わせて笑う。
「めっちゃ一途じゃん!」
「それでも送り続けてるのか」
「はい」
イリスは少し困ったように笑った。
ローレンスは指をはじく。
「いいじゃん!」
「その男」
カーライルがちらりとローレンスを見る。
ローレンスは気にせず続けた。
「で?」
「その男をどう使う?」
イリスは真っ直ぐ答える。
「シュレイン様に」
「私を恨んでいる男という体で」
「セレーナ様に接触していただけないかと思っています」
ローレンスの目が細くなる。
「なるほど」
「いいね」
カーライルはまだ納得していない顔だった。
「その男が」
「協力すると?」
イリスは静かに言う。
「……してくださると思います」
ローレンスが笑う。
「間違いない」
「そんな手紙を送り続ける男だ」
「絶対来る」
カーライルは腕を組んだ。
しばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐く。
「……呼べ」
イリスは頷いた。
アルフォンスがエドガーに指示をだす。
「紙とペンを」
「かしこまりました」
エドガーからペンをもらうと、イリスは静かに机へ向かった。
少しだけ考えてから書き始めた。
宛名。
シュレイン男爵
それは、イリスが初めて送る手紙だった。
***
数日後。
リヒター邸の応接室。
カーライル、ローレンス、そしてイリスが席についていた。
執事が静かに頭を下げる。
「奥様」
「シュレイン男爵がお見えです」
ローレンスが口元を押さえた。
「来たな」
カーライルは無言だった。
扉が開く。
入ってきた男は、勢いよく一礼した。
「お目にかかるのは初めてですね!」
顔を上げる。
整った顔立ちの青年だった。
だが、笑顔がやたらと明るい。
「私はシュレインと申します!」
そして視線はすぐにイリスへ向く。
ぱっと顔が輝いた。
「大変麗しいイリス様!」
そのまま近づく。
「この度は私を頼りにしていただき――」
言いながら、自然な動作でイリスの手を取った。
その瞬間。
カーライルの眉がぴくりと動く。
「離せ」
低い声。
シュレインが止まる。
「あ」
一拍。
そしてにこっと笑った。
「おや失礼しました」
手を離す。
「つい嬉しくて」
シュレインは片目をとじて舌をだす。
ローレンスが吹き出した。
「ははは!」
肩を震わせている。
「面白い男だね」
シュレインはカーライルを見る。
「あなたがリヒター公爵様ですね!」
「イリス様を悪の家から助け出してくださった!」
「素晴らしい!」
カーライルは無表情だった。
シュレインは続ける。
「ですが!」
拳を握る。
「リヒター公爵様にもできないミッションを」
「私がやるのですね!!」
ローレンスがまた笑い始めた。
カーライルは静かに言う。
「……誰が言った」
シュレインは胸を叩く。
「ぜひ任せてください!」
そして思い出したように言う。
「あのセレーナ様ですね」
少し考える。
「なんて麗しい……」
一拍。
「あ、間違えた」
「ひどい方だ!」
ローレンスが腹を抱えている。
「だめだ」
「こいつ面白すぎる」
イリスは小さく苦笑した。
「シュレイン様」
シュレインはぱっと姿勢を正す。
「はい!」
「今回お願いしたいのは」
イリスは今回の作戦を説明し始めた。
シュレインは腕を組み、真剣に聞いている。
話が終わると。
すぐに笑った。
「なるほど!」
「つまり」
「私が裏切り者役ですね!」
ローレンスが頷く。
「そういうこと」
シュレインは胸を叩いた。
「お任せください!」
「セレーナ様を騙せばいいのですね?」
ローレンスが椅子に深く座り直す。
「正確には」
「信用させる、だな」
指先で机を軽く叩いた。
「君は」
「リヒター夫妻を恨んでいる男」
「それでセレーナに接触する」
シュレインは腕を組み、うんうんと頷く。
「なるほど」
「分かりました」
彼は自信満々に宣言した。
イリスが小さく言う。
「シュレイン様」
「危険な役になります」
「無理はなさらないでください」
シュレインは一瞬だけ驚いた顔をした。
それから、ふっと笑う。
「大丈夫ですよ」
「イリス様のお願いですから」
その言葉は軽かった。
だが、そこに嘘はなかった。
ローレンスが机に肘をつく。
「で」
「証拠はどうする?」
「セレーナは用心深い」
「尻尾は出さない」
シュレインが手を挙げた。
「それなら」
三人の視線が向く。
シュレインはにこっと笑った。
「セレーナ様の私印を盗む、というのはどうでしょう?」
ローレンスの眉があがる。
シュレインは続けた。
「ただ盗むだけだと、バレる可能性があります」
「ですので、模造品と入れ替えます」
「模造品?」
「はい」
「私、こう見えてかなり手先が器用でして」
「絶対にバレないと思います」
ローレンスが完全に面白がっている顔になった。
「ずいぶんと自信あるね」
「じゃあそれ、作ってみる?」
シュレインは誇らしげに言った。
「任せてください!」
カーライルが言う。
「どれくらいで作れる?」
シュレインは即答した。
「明日」
「お見せできます」
ローレンスが満足そうに頷く。
「いいじゃないか」
カーライルはしばらくシュレインを見ていた。
それから静かに言う。
「……やってみろ」
シュレインはぱっと顔を輝かせた。
「はい!」
勢いよく立ち上がる。
「では私は」
「さっそく作業に入ります!」
そして扉へ向かいかけて、ふと振り返った。
イリスを見る。
「イリス様」
「楽しみにしていてください」
にこっと笑う。
「いいもの作ります」
そしてそのまま、軽い足取りで部屋を出ていった。
扉が閉まる。
少しの沈黙。
ローレンスが言う。
「面白い男だ」
カーライルは腕を組んだままだった。
「……信用していいのか」
ローレンスが笑う。
「大丈夫だろ」
「少なくとも」
「イリスちゃんには嘘つかないタイプだ」
カーライルはイリスを見る。
イリスは静かに頷いた。
「そう思います」
カーライルは小さく息を吐く。
「……明日か」
ローレンスが言う。
「楽しみだな」
「どんな印章ができるのか」
***
翌日。
リヒター邸の応接室には、昨日と同じ顔ぶれが集まっていた。
カーライルは窓際に立ち、腕を組んでいる。
ローレンスは椅子に深く腰をかけ、退屈そうに天井を見上げていた。
「まだ来ないのか」
カーライルが言う。
ローレンスは肩をすくめた。
「職人なんだろ」
「細かい作業ってやつは時間がかかる」
そのとき。
廊下から軽い足音が聞こえた。
ばたん、と扉が勢いよく開く。
「できました!!」
シュレインだった。
両手に小さな木箱を抱えている。
やけに得意げな顔だ。
ローレンスが笑う。
「元気だな」
シュレインは机の前に来ると、箱をそっと置いた。
そしてゆっくり蓋を開ける。
中には、小さな印章が入っていた。
ローレンスが身を乗り出す。
「どれ」
シュレインが取り出す。
銀色の印章だった。
貴族が使うものとまったく同じ形。
紋章も刻まれている。
イリスが驚いた声を出す。
「……すごい」
カーライルも近づいた。
目を細める。
「……本物と変わらない」
シュレインはにこにこしている。
「でしょう?」
ローレンスが笑った。
「本当にすごいな!」
シュレインは胸を張る。
「これなら本物と見分けがつきません」
「表からは」
シュレインはいたずらっぽく言った。
ローレンスが眉を上げる。
「……表からは?」
シュレインは印章をひっくり返した。
裏側を見せる。
そこには――
注意しないと見えないほど小さな刻印があった。
丸い顔。
二つの点の目。
にっこりした口。
ローレンスが一瞬固まる。
そして次の瞬間。
「ははははは!」
大笑いした。
「なんだこれ!」
シュレインは誇らしげだった。
「目印です」
カーライルは無言だった。
ローレンスがまだ笑っている。
「ニコちゃんマークじゃないか」
シュレインは真面目な顔で言う。
「これがあるので」
「すり替え後も本物と偽物がはっきりとわかります」
ローレンスは腹を抱えている。
「最高だよ」
カーライルは印章を見ながら言う。
「……それ」
「本当に使うのか」
シュレインは真顔で頷いた。
「もちろんです」
イリスが小さく笑った。
シュレインは嬉しそうだった。
「では」
「次の段階ですね」
ローレンスが言う。
「セレーナ接触」
シュレインは頷いた。
「はい」
そして少しだけ声を落とす。
先ほどまでの軽い調子とは違う声だった。
「リヒター夫妻を憎んでいる男」
「そういう役ですね」
ローレンスがニヤリと笑う。
「できるか?」
シュレインはにこっと笑った。
「任せてください」
カーライルは無言だった。
シュレインが続ける。
「では」
「セレーナ様に」
「会ってきます」
イリスが言う。
「お気をつけて」
シュレインは少しだけ驚いた顔をする。
それから笑った。
「大丈夫です」
「作戦成功させますから」
そう言って、印章の入った箱を閉じる。
その小さな箱の中で。
ニコちゃんマークの刻まれた印章が、静かに光っていた。
――その翌日。
シュレインはセレーナの屋敷へ向かうことになる。




