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「捕虜はどこだ?」
王に謁見するまで待つ、控えの間にて。
長椅子に座って順番を待っていると、先に謁見を終えて戻って来た身分の高そうな男に、ぶしつけな態度で声をかけられた。
だからといって、こちらも同じ態度をとるわけにはいかない。
「こちらにいます」
隣に座る2人の少女へ手を向ける。
気品ある装いの彼女たちは、貴族である俺よりも貴族らしい。
「捕虜の扱いも知らんのか?」
「知っています」
「知っていて、これか。貴族のような服を着せ、同じ椅子に座らせ、鎖で繋がず放し飼いとは…」
「彼女たちは家族同然ですので」
まっすぐ目を見て言い返すと、男は顔をしかめた。
「噂は本当だったようだ。イカれた没落貴族め」
男が言い終わったと同時に、ノックの音がして近衛兵が扉を開け、俺を見る。
「どうぞ」
いいところで来てくれた。
男に一礼してから、さっさと近衛兵に続いて王の待つ謁見の間へと入る。
無駄に遠い玉座まで歩いている道中、妖精のフェイリーが俺の腕に抱きついた。
「家族も同然って言ってくれて嬉しかった!」
「当然だよ」
「ほら、鼻の下伸ばしてないで。もうすぐつくわよ」
人狼のウルはツンとした態度だ。
あっという間に玉座の前にたどり着き、先導していた近衛兵が横に控える。
俺を呼び付けた本人である国王は、俺たちを見て嬉しそうにする。
「フォル!待っておったぞ。噂に違わず、ソレはお前に懐いているようじゃな!」
「そうですね、”2人”とも慕ってくれています」
ソレ、ではなく2人だと強調して言った。
けれど王は気にせず続ける。
「ソレは本当に手に負えんかった。捕虜なんぞ持ったことのないお前にやれば、どうなることかと楽しみにしておったのだが…これはこれで面白い」
「そうですか」
俺の家は金がなく、捕虜を持ったことがなかった。
でも、捕虜である彼女たちをどう扱えばいいかくらい分かる。
思いやって、尊重して、対等に接するだけだ。
「ふむ、随分と着飾って…悪くない」
王はフェイリー達を舐めまわすように見て
「返す気はないか?悪いようにはせん」
にちゃぁ、と笑う。
おぞましい笑顔に、俺は鳥肌が立った。
でも、誰になんと言われようとも、これだけは譲れない。
「申し訳ありませんが、2人は私の家族も同然です。お返しできません」
俺の言葉で、空気が一気に凍り付いた。
「どうしてもか」
「どうしてもです」
「儂が言うのだ」
「どうかお赦しを」
しばらくの無言の後、王は急に興味を失ったように手を振った。
「わかった、わかった。まぁ最初から無理じゃろうとは思うとった」
王が近衛兵に目をやる。
合図された近衛兵は、いつの間に持っていたのか、大きな紙袋を俺に渡した。
「ソレを手なずけた褒美じゃ。何も持たせず帰すわけにはいかんからの」
紙袋の口は開いており、見ると野菜や肉が入っていた。
まるで買い物帰りの荷物。
これが褒美とは随分なめられたもんだ。
「恐れ入ります」
俺が紙袋を抱えたまま一礼すると、王がまた近衛兵に目をやる。
合図された近衛兵が、今度は俺たちを出口へと誘導するので、大人しく従った。
「かっこよかった!王様に言われたのに断ってくれたね!」
「すごい度胸だったわ」
「ありがとう」
こんなにすぐ終わる要件なら、紙にでも書いて渡せばいいのに。
まぁ、嫌がらせだろう。
この国は争いが絶えず、この2人は特に激しく敵対している国の捕虜だ。
亡き両親のやらかしで没落貴族となった俺に、この2人を押しつけて、あわよくば殺されてくれないかと思ってたんだろう。
なのに仲良くやっているという噂が広まり、王の耳にも入ったもんで、わざわざ呼び出したに違いない。
城の出口までの道のりは長く、嫌でも他の貴族とすれ違う。
そして、先ほどと同じように「ああ、あの頭のおかしな没落貴族か」という目で見られるのだ。
嫌と言えば嫌だが、どうしようもないことなので気にしない。
やっと家に帰って来た俺は、貰った袋の中身を取り出していく。
せっかくなので今日の夕食に使おう。
生鮮食品だけ取り出して、塩漬け肉なんかは取り出さず袋の中のまま、収納棚へ片付ける。
肉も野菜も”褒美”のはずなのに、そこらの店で買った物と全く同じか、少し悪いか。
肉の臭み消しに、作り置きしてあるハーブ入りのバターを使おう。
バターをかけながら肉を焼いていると、匂いにつられた2人が寄って来た。
「いい匂いー!早く食べたいよ!」
「ほんと上手ね」
2人には皿を準備してもらい、焼いた肉を皿に盛り付ける。
その間にパンが焼きあがったので、サラダ、スープと一緒にテーブルへ並べる。
いつのまにか椅子に座っていた2人に急かされながら、俺も椅子に座ったのを合図に2人が食べ始めた。
「すごい!おいしい!すごい!おいしい!」
「良かった」
大喜びのフェイリーを見ていると、こっちまで嬉しくなる。
「ウルはどう?」
ウルは珍しく、無言でガツガツと食べていた。
俺の声で我に返ったのか、口に手を当てて恥ずかしそうに言う。
「すごく美味しい」
狼の耳が下がって、気づけば尻尾をブンブンと振っていた。
わかりやすくて助かる。
俺も一口食べようとして
「フォル様!」
家の外から声がした。
誰だろう、とみんなで顔を見合わせる。
「フォル様!お迎えに上がりました!」
貴族らしからぬ小さい家なので、リビングと玄関ドアは近い。
意味がわからないままドアを開けると、大きな速鳥を背にドライバーが立っていた。
速鳥といえば最速の移動手段。
主に国から国への移動に使われるものだが、何故ここにいるのか。
「出発してもよろしいでしょうか」
「どういうことだ?」
「王様からご命令があったと思いますが」
命令なんてない。
今日だって少し会話して、食料をもらっただけだ。
そこで嫌な予感がした。
収納棚まで走り、貰った紙袋を取り出してひっくり返す。
入っていた食料が一気に落ちて、時間差でひらひらと1枚の紙が落ちてきた。
紙を拾って見ると、王の勅書だった。
やられた。
「これ以上は待てません。出発します」
「フォル君!どうする?」
「その紙は?」
ウルたちに勅書を見せる。
「領土をもらった。今から行けってさ」
王の命令だ。
断る選択肢はない。
ドライバーに促され、俺は家を出て速鳥の背にある座席へ乗り込む。
フェイリーたちも遅れて乗る。
全員が乗ったことを確認したドライバーが、運転席である速鳥の首元に乗り、あっという間に空高く飛び立った。




