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金継ぎのアルケミスト   作者: Gにゃん
-虚ろなる神々の器-
12/12

第三章:摩天楼の墓標


決行の夜。

新京都の空は、厚い雲に覆われ、月も、星も見えなかった。

玲とアカリは、ジェネシス・ダイナミクス本社タワーの向かいにある、建設途中のビルの屋上にいた。吹き抜ける風は、まだ、夏の湿り気を帯びている。眼下には、眠らない都市の光の海が広がり、その中央に、すべてを見下ろすかのように、一本の、巨大な黒い塔が、突き立っていた。

ジェネシスタワー。

その表面は、光を吸収する、特殊な素材で覆われ、周囲のネオンの輝きを、一切、反射しない。まるで、光の海に浮かぶ、巨大な墓標のようだった。

「……時間だ」

アカリが、時計を一瞥し、短く告げる。

午前三時。

都市の、すべてが、最も、深い眠りにつく時間。

「ユキ、聞こえるか。これより、フェーズ1に移行する」

『聞こえてるよ、姉御。こっちは、とっくに、準備万端だ』

イヤホンから、ユキの、自信に満ちた、しかし、どこか、楽しげな声が聞こえてくる。彼女は、ここから、数キロ離れた、自らのコンテナの巣の中から、この作戦を、指揮していた。

『それじゃあ、派手な、花火の、打ち上げといくか!』

ユキの指が、キーボードの上を、踊る。

瞬間、玲たちの目の前にある、ジェネシスタワーの、堅固な電子の盾が、侵食されていくのが、分かった。

ユキのアバター――それは、無数の、光の蝶の群れだった――が、ジェネシス社の、何重にも張り巡らされた、ICEの壁を、すり抜け、その奥へと、侵入していく。警報が鳴り響き、防衛プログラムである、凶暴な「猟犬ハウンド」たちが、蝶の群れに襲いかかる。

だが、蝶の群れは、その攻撃を、ひらり、ひらりと、かわし、時に、鱗粉のような、妨害プログラムを撒き散らしながら、システムの、さらに、奥深くへと、潜っていく。

『――第一防壁、突破! 第二防壁、突破! ……ちっ、面倒くせぇ、「ブラック・アイス」のお出ましか!』

ユキの、楽しげな声に、一瞬だけ、緊張が走る。

玲とアカリは、固唾を飲んで、見守っていた。

数秒の、沈黙。

そして。

『……ふぅ。危ねぇ、危ねぇ。脳みそ、少し、焼かれるかと思ったぜ。――お待たせ、姉御。扉は、開いた。四十秒だけ、裏口の、搬入用ハッチの、ロックを、解除する。さっさと、忍び込みな!』

「行くぞ、玲!」

アカリの声と共に、二人の身体が、闇の中へと、躍り出た。

ワイヤーを使って、ビルからビルへと、音もなく、飛び移る。そして、ユキが、わずかな時間だけ、こじ開けてくれた、搬入用ハッチの隙間から、墓標の、内部へと、滑り込んだ。

タワーの内部は、静寂と、完璧に管理された、無機質な空気に、満たされていた。

塵一つない、白い廊下。等間隔で、配置された、監視カメラ。床と、壁に、張り巡らされた、赤外線センサーの、赤い光。

だが、それらは、すべて、沈黙していた。ユキが、一時的に、この区画の、すべての監視システムを、麻痺させているのだ。

「……ユキのハッキングが、切れる前に、中央エレベーターへ向かう。急ぐぞ」

アカリが、音もなく、先行する。玲も、その、すぐ、後ろに続いた。

二人は、迷路のような、廊下を、駆け抜けていく。

その時だった。

「アカリ、待って!」

玲が、叫んだ。

「角の向こうに、二つ、反応がある。自律型の、巡回ドローンだ」

「!」

アカリは、即座に、壁に、身を隠す。

数秒後。玲の言った通り、二機の、円盤型ドローンが、滑るように、角から、姿を現した。

アカリは、ドローンが、通り過ぎる、その、一瞬を、見逃さなかった。

彼女は、壁を蹴ると、まるで、黒豹のような、しなやかな動きで、二機の、背後を取る。そして、一瞬で、その、動力部を、的確に、破壊した。

ドローンは、作動音一つ立てずに、沈黙する。

「……助かった。君の『目』がなければ、気づくのが、遅れていた」

アカリは、玲に、短く、礼を言った。

「う、うん。僕にできるのは、これくらいだから」

二人の、完璧な連携だった。

だが、上層階へ、進むにつれて、タワーの雰囲気は、一変していった。

物理的な警備は、むしろ、手薄になっている。

だが、その代わりに、玲の肌を刺す、魂のプレッシャーが、指数関数的に、増していく。

「……ここからは、僕が、前に出る」

玲は、意を決して、アカリの前に立った。

「この先、そこら中に、『ゴースト』の、トラップがある」

彼の目には、見えていた。廊下の、あちこちに、黒い、澱のような、魂の残滓が、渦を巻いているのが。それは、ここで「フェード」の犠牲となった、社員たちの、絶望の記憶。

「僕の、一歩後ろを、ついてきて。絶対に、離れないで」

玲は、アカリの手を、強く、握った。

アカリは、何も言わずに、その手を、握り返す。

玲は、慎重に、魂の地雷原を、避けていく。右へ、左へ。時には、大きく、迂回しながら。

アカリは、ただ、ひたすらに、玲を信じ、その、一歩後ろを、ついていった。

その時。

彼らの目の前に、ふわり、と、一人の、若い女性社員の、幻影が、現れた。

その目は、虚ろで、生気がない。彼女は、何か、ぶつぶつと、呟きながら、同じ場所を、何度も、何度も、行ったり来たりしている。

『……もっと、効率よく……もっと、完璧に……私は、まだ、足りない……まだ……』

「……彼女も、犠牲者だ」

玲が、苦しそうに、言った。

その、幻影に、同情した、玲の心が、わずかに、揺らいだ。

その、一瞬の、隙。

幻影が、その、虚ろな目を、玲へと、向けた。

そして、その顔が、にたり、と、人間のものではない、不気味な笑みを、浮かべた。

それは、罠だった。

幻影の口から、黒い、絶望の吐息が、放たれ、玲の精神を、直接、攻撃する。

「しまっ……!」

玲の意識が、遠のきかけた、その時。

彼と、幻影との間に、アカリが、立ちはだかった。

彼女の、右腕が、黄金の光を放ち、絶望の吐息を、完全に、掻き消す。

「……私のパートナーに、気安く、触れるな」

アカリの、冷たい声と共に、金の光が、幻影を、浄化していく。

幻影は、最後に、どこか、安らかな表情を浮かべて、霧のように、消えていった。

「……ありがとう、アカリ」

「礼は、いい。だが、どうやら、お客様の、お出ましのようだ」

アカリの視線の先。

中央エレベーターホールへと続く、最後の、巨大な扉が、ゆっくりと、開いていく。

そして、その中から、完全武装した、五体の、戦闘サイボーグが、姿を現した。

ジェネシス社の、私設警備部隊。その、精鋭たち。

彼らは、感情のない、ガラスの目で、二人を、捉えていた。

「……ここからは、私の、仕事だ」

アカリは、玲を、背後にかばうと、拳銃を、構えた。

「玲。君は、私を、信じろ」

彼女の全身から、かつての、エースとしての、闘気が、立ち上っていた。

戦闘サイボーグたちの、ガラスの目は、感情というノイズを一切、映し出さない。彼らは、プログラムされた、ただ、一点の目的――侵入者の、完全なる排除――のために、最適化された、殺戮機械だった。

リーダー格の機体が、右手を、スッと、前方に突き出す。それは、攻撃開始の、合図。

次の瞬間。五体のサイボーグが、人間には、到底、不可能な、初速で、玲とアカリに、襲いかかった。

ドドドドドドッ!

凄まじい、銃声が、廊下に、こだまする。放たれた、大口径の弾丸が、二人がいた場所の、壁を、粉々に、砕いた。

だが、その時、すでに、アカリの姿は、そこにはなかった。

彼女は、最初の、作動音を、聞いた瞬間に、玲の首根っこを掴んで、近くの、巨大な、円柱の、影へと、跳躍していた。

「……速い。そして、連携が、完璧だ。そこらの、軍隊よりも、上だな」

アカリは、冷静に、敵の戦力を、分析する。

「玲、私から、離れるな。だが、もし、私がやられたら……お前は、一人で、逃げろ。ユキが、脱出路を、確保してくれるはずだ」

「嫌だ! そんなこと、絶対に、しない!」

玲が、叫ぶ。

「分かってる」

アカリは、ふ、と、獰猛に、笑った。

「だから、私は、絶対に、やられない」

彼女は、円柱の影から、飛び出した。

その動きは、もはや、予測と、回避の、次元を超えていた。彼女は、弾丸の雨が、どこに、いつ、着弾するかを、「未来予知」でもしているかのように、完璧に、読み切っている。

床を滑り、壁を蹴り、時には、敵が放った、弾丸そのものを、腕の装甲で、弾き返す。

その、重力さえも、無視したかのような、三次元的な、舞。

そして、その舞の、軌跡上で、一体、また、一体と、サイボーグたちが、その機能を、停止していく。

急所である、頭部や、動力炉を、一撃で、的確に、撃ち抜かれて。

だが、敵も、ただの、機械人形ではなかった。彼らは、アカリの、超人的な動きに、即座に、対応し、フォーメーションを変え、彼女を、じりじりと、追い詰めていく。

三体が、正面から、弾幕を張り、アカリの動きを、抑制する。その間に、残りの二体が、左右に、大きく、展開し、包囲網を、完成させようとしていた。

「アカリ! 右! 来るよ!」

その時、玲の、魂の叫びが、アカリの脳内に、響いた。

玲は、目を閉じ、意識を、集中させていた。彼には、見えていたのだ。サイボーグたちの、電子的な、殺意の「流れ」が。

アカリは、玲の、その声を、一ミリも、疑わなかった。

彼女は、前方への、射撃を、続けながらも、身体の、重心を、わずかに、左へと、ずらす。

直後。彼女が、先ほどまでいた、右側の空間を、凄まじい、レーザーが、焼き切った。回り込んでいた、サイボーグの、奇襲攻撃。

だが、アカリは、それを、読んでいたかのように、回避すると、その、がら空きになった、胴体へと、カウンターの、銃弾を、叩き込んだ。

一体が、沈黙する。

「左上! もう一体!」

玲の声に、アカリが、反応する。彼女は、天井近くの、通気口に、潜んでいた、最後の、一体を、見上げることもなく、撃ち抜いた。

残るは、正面の、三体。

包囲網は、破られた。

「……お前」

初めて、リーダー格の、サイボーグが、声を発した。それは、人間味のない、合成音声だった。

「……何者だ。その動きは、予測データを、超えている」

「さあな。だが、お前たちの、動きは、すべて、お見通しだ」

アカリは、挑発するように、言った。

リーダー機は、その言葉に、反応するように、両腕から、高周波ブレードを、展開させた。

「……ならば、予測不能な、速度で、斬り刻むまで」

リーダー機が、床を蹴った。

今までの、機体とは、明らかに、次元の違う、速度と、パワー。

ガキン!

アカリは、銃を捨て、咄嗟に、腕で、その斬撃を、受け止める。凄まじい、衝撃。火花が、散り、彼女の身体が、数メートルも、後方へと、吹き飛ばされた。

強い。

リーダー機は、アカリに、反撃の、隙を、一切、与えない。流れるような、連続攻撃で、アカリを、圧倒していく。アカリは、その猛攻を、防ぐので、精一杯だった。

その、壮絶な、一対一の、攻防。

玲は、ただ、息を呑んで、見守ることしか、できなかった。

だが。

彼は、その、極限の、集中の中で、見ていた。感じていた。

リーダー機の、完璧に、見える、その動きの中にある、ほんの、わずかな、しかし、致命的な、「歪み」を。

リーダー機が、アカリを、壁際へと、追い詰め、とどめの一撃を、振りかぶる。

その、刹那。

玲は、叫んでいた。

「アカリ! そいつの、右肩! そこだけ、魂の、流れが、淀んでる! 完璧じゃない!」

玲の、魂の、叫び。

それを、聞いた、アカリの、瞳が、カッ、と、見開かれた。

彼女は、絶体絶命の、その状況で、常人には、考えられない、選択をする。

防御を、捨てた。

彼女は、とどめの一撃を、避けるのではなく、自らの、左肩の装甲で、浅く、受け流す。肉を斬らせて、骨を断つ。

そして、その、コンマ一秒にも、満たない、隙。

彼女の、右腕が、しなった。

金の継ぎ目が、閃光を放つ。

その、拳は、玲が、叫んだ、リーダー機の、右肩の、装芳の、一点へと、吸い込まれるように、叩き込まれた。

ガシャアアアアアン!

甲高い、金属の、断末魔。

リーダー機の、右腕が、肩の付け根から、完全に、砕け散っていた。

そして、アカリは、体勢を崩した、その、がら空きの、頭部へと、容赦なく、回し蹴りを、叩き込んだ。

リーダー機は、首のない、鉄屑となって、その場に、崩れ落ちた。

残っていた、最後の二体は、リーダーを失い、動きが、一瞬だけ、止まる。

アカリは、その、隙を、逃さなかった。

流れるような、二連射。

二つの、銃声が、静まり返った、廊下に、響き渡った。

そして、完全な、静寂が、訪れる。

アカリは、肩で、激しく、息をしていた。その、左肩からは、火花が、散っている。

だが、その瞳は、確かな、勝利の光を、宿していた。

彼女は、玲へと、振り返ると、にっ、と、口の端を、吊り上げた。

それは、玲が、初めて見る、彼女の、獰猛で、そして、最高に、美しい、笑顔だった。

「……やった、のか?」

玲が、呆然と呟く。

「ああ。だが、どうやら、歓迎は、これだけでは、済まないらしい」

アカリは、息を整えながら、エレベーターホールの中央を、指し示した。

二人が、戦闘サイボーグたちと、死闘を繰り広げている間に、ホールの床が、せり上がり、新たな「何か」が、姿を現していた。

それは、一体の、巨大な、戦闘メカだった。

全高は、五メートル以上。四本の、昆虫のような、多関節の脚部。そして、その胴体には、無数の、銃口と、ミサイルポッドが、装備されている。

ジェネシスタワー、最終防衛システム。コードネーム、『アラクネ』。

「……嘘だろ」

玲が、絶望的な声を上げる。

だが、アカリは、その、巨大な、鉄の蜘蛛を、冷静に、見据えていた。

「玲。エレベーターに乗れ」

「でも!」

「これは、命令だ。君は、君の仕事を、しろ。ここは、私が、引き受ける」

アカリの、その声には、有無を言わせぬ、響きがあった。

『姉御! 無茶だ! そいつは、対軍隊用の、殺戮兵器だぞ!』

イヤホンから、ユキの、悲鳴のような、声が聞こえる。

「……心配するな。私一人では、ない」

アカリは、そう言うと、自らの、右腕を、掲げた。

金の継ぎ目が、今までにない、強い、黄金の光を、放ち始める。

「私の背中には、こいつと、そして、最高のパートナーが、ついている」

彼女は、玲へと、振り返り、にっ、と、笑った。

「……行ってこい。そして、必ず、戻ってこい。ここが、私たちの、帰る場所だ」

玲は、唇を、強く、噛み締めた。そして、アカリの、その、強い瞳を、まっすぐに、見つめ返す。

「……必ず、戻ってくる。だから、君も、絶対に、死ぬなよ!」

玲は、アカリに、背を向け、エレベーターへと、走り出した。

アカリは、その背中を、見送ると、巨大な、鉄の蜘蛛へと、向き直る。

「……さあ、始めようか。ガラクタ。お前を、スクラップにする、時間だ」

彼女の全身から、黄金の闘気が、立ち上る。

エレベーターの扉が、閉まる、その、直前。

玲は、見た。

黄金の光をまとった、一人の、女神が、巨大な、鋼鉄の、怪物へと、躍りかかる、その、幻想的な、光景を。

エレベーターは、凄まじい速度で、上昇していく。

玲は、一人、拳を、強く、握りしめていた。

アカリが、命を懸けて、作ってくれた、この時間。絶対に、無駄には、しない。

やがて、エレベーターは、最上階へと、到着した。

扉が開いた、その先。

そこは、玲たちが、ユキのモニターで見た、あの、秘密のラボだった。

巨大な、ガラス張りの、円筒形の、培養槽が、部屋の中央に、鎮座している。その中には、緑色の、不気味な液体が、満たされ、そして、その、中心に、一人の、人間が、浮かんでいた。

無数の、ケーブルに、繋がれ、その目は、固く、閉じられている。

ジェネシス社が、作り出した、生ける神。虚無を、培養するための、「器」。

『……よく、来たな。招かれざる、客よ』

声がした。

ラボの、奥の、闇の中から、一人の、男が、姿を現す。

白衣を、着た、その男の顔には、冷たい、知的な、笑みが浮かんでいた。

ジェネシス社、研究開発部門、最高責任者。

タチバナ。

オンライン面会で、アカリを、あざ笑った、あの男だった。

「……君か。すべての、元凶は」

玲が、静かな、怒りを込めて、言う。

「元凶、とは、心外だな。私は、ただ、人類を、より、良き方向へと、導いているだけだ。感情という、非効率な、バグを取り除き、完全なる、調和の世界へと」

タチバナは、心底、楽しそうに、言った。

「そして、その、最終段階が、この、デミウルゴスだ。彼の魂は、もうすぐ、ネットワークを通じて、全人類の意識と、一つになる。もはや、誰にも、止められはしない」

タチバナは、そこで、ふと、アカリが、ここにいないことに、気づいた。

「……ほう。あの、優秀な、番犬は、どうした? まさか、アラクネに、負けたか。いや、違うな。彼女は、自らを、犠牲にして、君を、ここに、送り込んだ、というわけか。……愚かなことだ。感傷は、破滅しか、生まないというのに」

タチバナは、肩を、すくめた。

「だが、まあ、いい。君一人では、何も、できはしない」

その時だった。

タチバナの、背後の、影が、ぐにゃり、と、歪んだ。

そして、そこから、ユキの、アバターである、無数の、光の蝶が、あふれ出した。

『――一人じゃ、ないぜ、バーカ!』

ユキの声が、ラボの、スピーカーから、響き渡る。

彼女は、アカリが、アラクネと、戦っている間に、タチバナの、個人システムの、防御壁を、完全に、突破していたのだ。

蝶の群れが、ラボの、制御システムを、次々と、乗っ取っていく。警報が、鳴り響き、火花が、散る。

「なっ……! この、ガキが……!」

初めて、タチバナの、完璧な、表情が、焦りに、歪んだ。

「玲! 今だ! そいつの、魂に、直接、潜り込め! あたしが、バックアップする!」

玲は、頷くと、培養槽の中の、「器」へと、向き直る。

そして、その、ガラスに、手を、触れた。

「――君の、声を、聴かせろ!」

玲の意識は、再び、魂の、深淵へと、ダイブしていく。

だが、その時、タチバナが、嘲るように、笑った。

「……無駄だ、と言っている。君たちでは、決して、たどり着けない、真実がある」

彼は、アカリへと、視線を向けた。

「アカリ君。君の、その、素晴らしい義体。それも、元は、我が社の、技術だということを、忘れては、いないかね? 君の中にも、我々へと、繋がる、扉が、眠っているのだよ」

その言葉と、同時に。

階下で、アラクネと、死闘を繰り広げていた、アカリの、身体に、異変が、起きていた。

彼女の、義体が、突然、制御を、失い、その場に、がくり、と、膝をつく。

『……警告。未知の、シャットダウンコードを、検知。……システム、強制終了シークエンスに、移行します……』

アカリの、視界が、急速に、暗転していく。

「……しまっ……た……」

彼女の、意識が、途切れる、その、直前。

アラクネの、巨大な、鉄の脚が、無防備な、彼女の、頭上へと、振り下ろされようとしていた。


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