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金継ぎのアルケミスト   作者: Gにゃん
-虚ろなる神々の器-
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第二章:情報屋の少女


コウガミは、アカリからの通信に、開口一番、面倒くさそうに、しかし、どこか、すべてを察しているかのような声で言った。

『……また、厄介ごとか、公安の姉ちゃん。今度は、どんな化け物を追ってるんだ?』

「あなたには、関係ない。だが、あなたの力が必要になった」

アカリは、単刀直入に切り出した。

「都市のアンダーグラウンドで、最高の『鍵屋』を知らないか。どんな、電子的な錠前ロックでもこじ開けられる、腕利きのハッカーだ」

『……穏やかじゃねぇな。公安が、そんなモンを、いったい何に使うんだ?』

「言えない。だが、相手は、この都市の、法そのものを、私物化しているような、巨大な敵だ。正攻法では、尻尾すら、掴めない」

アカリの言葉に、コウガミは、しばらく、黙り込んだ。そして、深い溜息をつくと、観念したように、言った。

『……分かった。俺も、あんたたちには、デカい借りがあるからな。だが、こっから先は、あんたたちの、その『正義』が、通用する世界じゃねぇぞ。それでも、いいんだな?』

「覚悟の上だ」

『……チッ。分かったよ。一人、心当たりがいる。名前は、『ユキ』。腕は、確かだ。だが、ガキのくせに、ひどく、人間不信で、猜疑心の塊みてぇな奴だ。公安と分かれば、門前払いだろうな。どう、取り入るかは、あんたたちの腕次第だぜ』

コウガミから送られてきた座標は、新京都の、最も、混沌とした地区――通称「データ墓場」と呼ばれる、スラム街の中心部を指していた。

そこは、廃棄されたサーバーや、旧式のサイバネティクス部品が、スクラップの山となって、迷路のように入り組んだ場所。あらゆる、非合法な情報と、モノが、取引される、アンダーグラウンドの取引所だ。

玲とアカリは、身分を隠すため、フードのついた、ラフな格好で、その迷宮へと、足を踏み入れた。

すれ違うアバターたちの、ぎらついた視線。路地の暗がりから聞こえる、怪しげな電子音。そして、玲の魂に、絶えず流れ込んでくる、欲望と、絶望と、猜疑心の、濁った声。

「……すごい場所だ」

「気を抜くな、玲。ここでは、一瞬の油断が、命取りになる」

アカリは、常に、玲の半歩前を歩き、あらゆる脅威から、彼を守るように、周囲への警戒を怠らない。

二人は、迷路の奥深く、巨大なスクラップの山に隠れるようにして置かれた、一つの、錆びついた輸送コンテナの前に、辿り着いた。

ここが、ユキの、ねぐら兼、仕事場らしい。

アカリが、コンテナの扉をノックする。返事は、ない。だが、扉の上に取り付けられた、無数の監視カメラが、一斉に、二人へと向けられるのが分かった。

アカリが、もう一度、扉を叩こうとした、その時。

コンテナの壁に設置された、スピーカーから、ノイズ混じりの、少女の声が、響いた。

『何の用? うちは、今、取り込み中。おととい、来な』

声は、若いが、ひどく、刺々しい。

「情報屋『ユキ』に、依頼があって、来た。話を聞いてもらいたい」

アカリが、冷静に答える。

『へぇ。依頼ね。あんたたち、見た目は、浮浪者ジャンキーだけど、その立ち居振る舞いは、カタギじゃないね。公安の、犬か? なら、お引き取り願おうか。うちは、公僕サマとは、商売しない主義なんで』

「……どうして、そう思う」

『あんたの、その、つま先から、頭のてっぺんまで、寸分の隙もない、動き。一般人じゃ、ありえない。それと、あんたの隣の、フードの男。あの人からは、奇妙なほど、魂のノイズが、少ない。普通の人間なら、この街に来ただけで、もっと、心が、ざわつくはずだ。あんたたち、普通じゃない』

鋭い。

アカリは、舌を巻いた。会ってもいないのに、これだけの情報を、見抜かれている。

「……私たちは、あなたに、害をなすつもりはない。共通の敵を、追っている、と言えば、信じるか?」

『共通の敵ねぇ。寝言は、寝て言いな。あたしの敵は、この、クソみたいな世界、全部だよ』

ユキは、そう言って、一方的に、通信を切ろうとした。

その時だった。

「……ジェネシス・ダイナミクス社」

今まで、黙っていた玲が、静かに、しかし、はっきりと、その名前を、口にした。

スピーカーの向こうで、少女が、息を呑む気配がした。

玲は、続ける。

「あなたも、探っているんだろう? あの会社が、この街に、ばら撒いている、魂を、静かに、殺していく、呪いのことを」

「……なんで、それを」

「分かるんだ。あなたの中から、聴こえるから。大切な人を、あの会社に奪われた、深い、深い、悲しみの声が」

玲は、扉越しに、ユキの魂に、触れていた。彼は、そこに、自分と同じ、静かな怒りと、そして、どうしようもない、喪失の痛みを感じ取っていた。

長い、沈黙が、流れた。

やがて、重い、電子ロックの解除音がして、コンテナの扉が、ゆっくりと、開いた。

中から現れたのは、小柄な、しかし、その瞳に、歳不相応な、強い光を宿した、一人の少女だった。年の頃は、十六、七歳だろうか。作業用のゴーグルを額に上げ、その首筋からは、自作と思しき、何本もの、データケーブルが、直接、神経へと接続されている。

彼女が、ユキだった。

「……あんた、何者?」

ユキは、アカリではなく、玲の目を、まっすぐに、見つめて、言った。

「……ただの、修復師だよ」

玲は、静かに、答えた。

ユキは、玲の顔を、じっと、値踏みするように、見つめていたが、やがて、ふい、と視線を逸らすと、中へ入るように、顎をしゃくった。

「……まあ、いいや。敵の敵は、味方、だろ? あんたたちが、本気で、あの、クソ企業に、喧嘩を売るってんなら、あたしも、一枚、噛んでやるよ」

コンテナの中は、無数のモニターと、うず高く積まれた、機械部品の山だった。

ユキは、その中央に、まるで、巣の中の蜘蛛のように、鎮座している。

「であんたたち、どこまで、掴んでるんだ?」

「ジェネシス社製の義体『シリーズ・エイト』が、魂の病『フェード』の原因である、という、状況証拠までだ」

アカリが答えると、ユキは、鼻で笑った。

「甘いな。そんなもん、奴らにとっちゃ、痛くも、痒くもねぇよ」

彼女は、一つのモニターを、指し示した。

「奴らの本当の狙いは、本社タワーの、最上層にある、秘密ラボだ。そこで、奴らは、『虚無の欠片』を、ただ、使うだけじゃなく、『培養』してる。もっと、効率よく、人間を、家畜に変えるために」

「なんだと……!?」

「あたしは、そこに、潜入しようとして、何度も、失敗した。警備は、鉄壁だ。物理的にも、電子的にもな」

ユキは、そこで、にやり、と笑った。

「だが、あんたたちなら、どうにかなるかもしれねぇな。……脳筋の番犬と、魂が読める、変な修復師。最悪で、最高の、組み合わせだ」

こうして、公安の光と、アンダーグラウンドの影、そして、異端の修復師という、ありえない、三人チームが、結成された。

彼らの目的は、一つ。

鉄壁の摩天楼に潜み、静かに、世界を侵食する、巨大な悪の、心臓部を、暴き出すこと。


「面白い。面白いじゃないか、その話」

ユキは、獣のような、獰猛な笑みを浮かべた。その瞳は、復讐の炎で、らんらんと輝いている。

「だが、言っておくが、奴らの本丸は、文字通りの、魔の巣窟だ。あんたたちが、今まで、相手にしてきたような、チンピラや、狂ったテロリストとは、ワケが違う」

彼女は、指先から、光のケーブルを、何本も、伸ばし、自らのコンテナの壁に、巨大な、青白い、立体設計図を投影した。

それは、ジェネシス・ダイナミクス本社タワーの、詳細な内部構造だった。

「まず、物理セキュリティ。最先端の、レーザーグリッド、音感・熱感センサー、自律型戦闘ドローンが、ビル全体を、蜘蛛の巣のように、張り巡らせている。これを、突破できるのは、あんたみたいな、人間離れした、戦闘能力を持つ、ゴリラだけだ」

ユキは、アカリを、顎で、しゃくった。アカリは、その挑発的な物言いに、眉一つ動かさない。

「次に、電子セキュリティ。何重にも、張り巡らされた、最強のICE(侵入対抗電子機器)。その奥には、『ブラック・アイス』と呼ばれる、侵入者の脳を、物理的に焼き切る、殺人プログラムが、徘徊している。これは、あたしの、専門分野だ。どんな、固い、錠前ロックでも、こじ開けてやる」

そして、ユキは、最後に、玲へと、視線を向けた。

「問題は、三つ目だ。……噂でしか、聞いたことがないが、あのタワーの、最上層に近づいたハッカー仲間が、何人も、原因不明の、精神崩壊を起こしている。奴らは、それを、『ゴースト』と呼んでいた」

「……魂の、残滓だ」

玲が、静かに、言った。

「ジェネシス社は、気づいているんだ。自分たちが、扱っているものが、どれほど、危険なものか。だから、物理的にも、電子的にも、そして、魂的にも、三重の、壁を、張り巡らせている」

「……そういうこった」

ユキは、にやりと、笑った。

「つまり、この、鉄壁の要塞を、攻略するには、あたしたち三人の、誰か一人でも、欠けたら、不可能だってこと。……面白くなってきたじゃねぇか。世界で、一番、安全な場所に、世界で、一番、ヤバい、お宝が、眠ってるんだ」

こうして、作戦は、決まった。

ユキが、電子の扉を開け、アカリが、物理的な道を切り開き、そして、玲が、魂の罠を、見破る。

それぞれの、専門分野。それぞれの、戦い方。

アカリは、玲とユキの前に、作戦の、最終的なタイムラインを、提示した。

「ジェネシス社の、サーバーが、システムメンテナンスのために、一時的に、外部ネットワークとの接続を、最小限にする、一瞬の、タイミングがある。それは、明日の、深夜。午前三時だ」

彼女は、二人を、まっすぐに、見据える。

「作戦は、明晩、決行する。……準備は、いいな?」

ユキは、不敵に、笑った。

玲は、静かに、しかし、強く、頷いた。

工房の片隅で、始まった、小さな、反撃の狼煙。

それは、今、都市の、巨大な闇を、焼き尽くすための、業火となろうとしていた。

三人の、奇妙な、しかし、最強のチームは、それぞれの、覚悟を、胸に、決戦の夜を、待つ。


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