96話 私のお洗濯、おしゃべり、平凡な昼間
太陽が眩しい。
くらっとしそうな夏の日差しは、私の好きな季節。
私は外で一人、つばの広い麦わら帽子をかぶり、必死に足を踏みしめていた。
裏カジノ、じゃなくて月光国の件からもう一か月くらい経つ。
銃で撃たれた肩も、コマチちゃんの蹴りで飛んできたドアにぶつけた右手も、今はすっかり治った。
ようやく私たちの周りは、前と同じ平穏を取り戻し始めている。
(今日は洗濯物がよく乾くだろうなぁ。これが終わったらディアーナ様のおやつを作ろう、さっぱりしたものがいいな)
今日は私が洗濯当番。
桶に入れた衣類やシーツを水でヒタヒタにして、石鹸を入れて何度も踏む。
手洗いしたほうがいいものは別に分けておいて、それも後で丁寧に洗う。
ディアーナ様の服はもちろん、私とアテナとコマチちゃんの4人分を一緒に洗うのがここ二年間の恒例だった。
(ジークさんのも洗うのに、いっつも「年若い娘に俺の汚れ物渡せるわけないじゃないですか」って断るんだもん。ジークさんはまだお兄さんくらいの歳なのにな)
専属の使用人は、特に別の仕事をもらわない限り主人が気持ちよく生活できるように、仕事ができるようにするのがお仕事。
でもちょっと不便だったのは、専属使用人は自分たちで食事も洗濯もしないといけないことだった。
だから、私たちは当番を決めてお洗濯も食事もディアーナ様のものを準備するついでに行っている。
4人分も5人分もあんまり変わらないし、私は気にしないのにな。
王宮に来る前は家族が多かったから洗濯物はもっと多かったし。
アテナもコマチちゃんも、ちゃんとお仕事はするし、仲間の分を避けたりきっとしないのに。
「メリー!暑くねぇか?」
高いところから声がする。
上を向けば、王宮3階部分の窓からアテナが身を乗り出してこちらを見下ろしていた。
その手にはハタキが握られていて、ちゃんと今日の掃除当番をしてたみたい。
アテナは飽き性だから、つまんなくなっちゃってるんだろうな。
私たち四人はいつも二人ずつに分かれて仕事をしてる。
ディアーナ様のお仕事を手伝う組と、身の回りの家事や持ち物を整える組。
今日は私とアテナは家事で、ジークさんとコマチちゃんがディアーナ様のお手伝い。
私は読み書きはできるようになったけど頭がよくないし、元々家事は好きだったから楽しくお仕事してる。
でも、アテナはじっとしてるのが嫌いだからなぁ…
「危ないよアテナー!」
「こんくらいヘーキだっての!よっと…行くぜ!」
「ちょっとー!」
身を乗り出したアテナはそのまま、地面でお洗濯中の私のところまで飛び降りた。
月光国のことがあって以降のアテナはほんとに危なっかしい。
体が頑丈なのはもう知ってるけど、それでも怪我したら痛いのにたくさん無茶する。
「もう、危ないったら!人に見られたらどうするの」
「だーいじょぶ!ここ、庭からも正面からもあんま見えない位置だし誰も来やしねぇって」
「だからって…」
「それよりさ、聞きてぇことがあったんだよ。メリーなら何かしらねーかなって」
大きな水桶の中に、裸足でメイド服をたくし上げて立っている私にアテナは駆け寄ってくる。
仕事中なのに、本当に自由なんだから。
「あのさ、エラと最近話してるか?ディアーナがずっと避けられてるみたいだって言っててよ」
「あの夜のこと、だよね」
「そ。なーんか様子変だったよな。あれから一か月近く経つのに、まだ続いてる」
月光国から戻った次の日、ディアーナ様の部屋を彼女が出ていってから、私はエラちゃんを見てない。
ディアーナ様は彼女に『何かあったらわたくしの専属使用人に言いなさい』って言ってたから、それまではほぼ毎日お話してたのに。
特にディアーナ様はお忙しいからすぐに会えないことが多くて、いつも私に声をかけてくれてた。
私も変だって思ってたんだ。
あの夜、エラちゃんを教会の地下で見つけてから様子がおかしいって。
こんなに彼女に会えないなんて、わざと避けられてるとしか思えない。
これまで用事があってもなくても、一日に一回はお話してたのに。
「ディアーナが『あんまりエラを追い詰めるようにしないで』って言うんだ。月光国の事で忙しかったから、あたしもジークも探れてねぇ…メリーは仲良かっただろ?」
アテナは、ちょっと変わった。
前は仲のいい人たち以外はどうでもいいって感じだったのに、あんまり喋ったこともないエラちゃんのことを気にかけてた。
それは嬉しいことなんだけど、なんだかただの思いやりっていうより…
そう、ジークさんがたまに見せる冷たいような、目がどこか暗くなって、私たちとは全然違う人になるような空気に似てる。
(ジークさんがヴァルカンティアのすごい人なのはわかるし、大好きな仲間だけどそこはちょっと苦手なんだよね)
アテナがそうなってしまったら寂しい。
大事な王宮に来る前からの友達だから、そんな目をアテナに向けられたら私は泣いちゃうかもしれない。
私は変わらないでいてほしい。
それが、私の勝手で自己満足だとしても。
私は、ふと思いついて裸足のまま桶から足を出す。
アテナにちょっと、思い知らせたくなっちゃったから。
いつもアテナに振り回されてるから、今日くらいいいよね。




