93話 隠された空間と私の朝の仰天
階段を上がる。
ファンタジーに出てくるような、岩のむき出しな荒い作りでダンジョンの入り口って感じ。
段にして10段かそこら。
そのわずかな階段をジークを先頭に私たちは上がる。
誰も口を開かない。ただただ、上を向いて。
階段はすぐにぶち当たった。
天井が、木の扉になっている箇所がある。
「これ、扉ですかね。ご丁寧に特殊な鍵穴ときた」
「天井に扉って気持ちわりいな」
「おそらくこの先はどこかの部屋の床…ってところでしょうか」
「じゃあ、ここは地下室なのかしら」
間違いなくさっきみたいな部屋はない。
あんな、儀式みたいな、不気味な部屋があってたまるか。
RPGゲームの祭壇みたいな空間、そこ出たら地下の階段、隠されてるみたいに出現する頭上の扉なんておかしいにもほどがある。
(その意味わかんない部屋から、エラを残して逃げてる薄情者が私だけどね)
ジークが何やらガチャガチャ扉の細工に手をかける。
そして数分後、ガタンと音がして天井の木の扉が横にスライドして開く。
音を立てないようにゆっくり開いていく。
頭上の扉が開けていくと、月光が差しこんでまぶしい。
ジークとアテナが先に顔を出し、周囲を窺う。
「よっと…もう人影は見えないですね」
「ここどこだ?…見覚えはあんだけど」
二人が階段を上り切り、立ち上がったのを見て私達も後に続く。
顔を出したそこは私には見覚えのある場所だった。
緻密な彫刻のある天井に柱、今は新しいものになった講演台。
蝋燭の灯りは皆無でも月光が眩しく差し込む窓は、繊細な細工が施され、振り向くと色とりどりのステンドグラス。
立ち上がれば、長椅子がいくつも整然と並べられている。
思い出すのは、二年前にアンナの葬儀で演説をした日のこと。
「ここ、王宮のはずれにある教会かしら…」
「ま、間違いないです。ステンドグラスも、この形も変わらなくって」
「全員の視線が注がれる台の下に、あの隠し通路と空間があるなど聞いたことがありません」
まさかの教会の下に、隠されていた不可思議な空間があったなんて。
エラがいたあの空間は月光国みたいな不思議空間で作られたものとは全く違う、明らかに地続きで誰かが作った空間だった。
(さっきの石造りのダンジョンみたいな通路の古さからいって、間違いなくあの空間と通路のほうが先に作られてるよね)
なんだろう、明らかに隠された秘密がある匂いがするんだけど。
教会が後から作られたんだとしたら、隠すためにここに作られたんだ。
待って待って、私そんなの作中には登場させてないよ。
みんなが集まる場所に隠された秘密が…!的な展開は明らかに私が書きそう。
確か…ネタ用メモに記載するだけで終わった設定の中に『教会の下には大いなる秘密』とか書いたのは覚えてる。
でも自作小説の世界はロマンスとドロドロな愛憎と謀略が主軸で、出そうと思っていた教会下の秘密なんてものはその一言だけで終わってしまった。
(やっぱり、私の作った世界の中に知らない要素が混ざってる)
その事実は薄々わかっていたけれど、それによってエラの死が訪れてしまったなら原作崩壊の最上級だよ!?
確かに私は原作崩壊させてディオメシア王国の滅亡を回避させたかった。
でもそれは私が17歳で処刑される時期に原作崩壊してほしいのであって、それより以前はできるだけ忠実に原作をなぞっててほしい。
だって、そうじゃないと滅亡のトリガーが変わった未来が一気にわからなくなって滅亡まっしぐらになったら困るから。
(どうしよう、本当にどうしよう。エラの登場はディオメシアの滅亡のカギだったけど、彼女がいなくてもディルクレウスの民衆に負担を強いる政策でクーデターが起こってたっていうのが私の見解なんだよ)
彼女がいなくなったら、原作者知識が全く役に立たなくて何もできないで滅亡→処刑ルートワンチャンある。いや全然ある。
なんなら17歳を待たずして死?そんな、そんなことは受け入れない、絶対に嫌!
「ディアーナ様、顔色が思わしくありません。体調が悪いのでは」
「わ、わたくしは大丈夫よコマチ」
「モタモタしててすみません。さ、教会って分かったなら早く出ましょうか!9歳のお子様を早く眠らせないと、今寝落ちされたら困っちゃいます。置いていきますからね」
「そんなことしないでくださいジーク三!みんなも早く休みましょう?もう傷だらけですもん」
「メリーもな。お前怪我人だぞ」
私の考えなんて誰もわからないまま、みんなで歩みを進める。
教会の鍵はさっき同様ジークが開けて外に出れば、夜の月光と涼やかな風が頬を撫でる。
まるで「おつかれさま」って言われているような気分にもなるけれど、頭の中は今後の不安でいっぱいだった。
(明日からどうする?エラの死亡を隠すのか、いやまず遺体を運び出して…そもそも見て見ぬふりのほうが立場的にも安全だけど、エラをあのままにはしたくない)
そんなことを思いつつ部屋に帰ってきた私はすぐに着替えて眠ってしまった。
あまりにも濃い一日は、頭も体もオーバーヒートだった。
明日、すべては明日になってから考えよう。
今は眠って回復しないと……
そうやって眠り、翌朝を迎えた私は仰天した。
まだ夢見てんのかな?と声に出すのを何とかこらえてた。
だけど、筋肉痛になった足の痛さが現実だぞと伝えていた。
まだ疲れが残って寝ぼけ眼の私の着替えを終えさせ、5人で今日は何をするのかの申し送りをしていた時のこと。
コンコンコン
と礼儀正しい3回のノック。
そしてカチャッと開かれる扉。
私の入室許可を得なくても入っていいのは、限られている。
扉を開けたのは、あまりにも見覚えがある人物だった。
「ディアーナ様!戻ってたんですね、あたし…じゃなくて、わたし昨日からずっと心配してたんです」
艶やかな黒髪と、私と同じ灰色の瞳を持つ美しく大人っぽい少女。
私が教え込んだ作法をちゃんと守る素直さと、私を慕う可愛らしい性格の彼女。
「エラ…?あなた、なんともないの?」
「何もないですけど…わたし、また至らないことをしましたか?」
昨日地下空間で血みどろで死んでいた彼女は、私達五人の前に何食わぬ顔で現れた。
血の一滴もないドレス、とても元気そうな顔色、生き生きとした表情。
私は恐ろしかった。
死者が、生き返ったんだから。




