91話 さよなら月光国、私は王宮へ戻る ~原作崩壊マリッジロマンス編~
「こんなものが裏カジノにあったんですか?これではいつか王宮はあなた達に襲われてましたね。いや、スパイがいたんだから今更ですか」
「『月光国』だ改めてもらおうか。まあ、この道はかなりポンコツなんだがな」
「ポンコツ?それって何ですか」
「『王宮内のどこかに繋がる』ってだけなんだ。どこかは入ってみないとわからない。…だからワシらでもめったに使ったことがないが、昔からある不動の通路なんだ」
裏カジノはジークが昼間見たように消える隠し通路だったり、カナリア子爵の屋敷にあったカジノへ繋がる謎の空間があるのはわかってた。
だけど、都合よくどこにでも行けるわけじゃないんだ。
この世界、私(原作者)が作ったはずなのにこの作りは全く初見だし…
「コマちゃんがこの国を去ったあたりから通路は一新されてる。なのにこの王宮への道は何でかここにあるままなんだ」
「裏カジノの外に出る通路はディオメシア国内であれば、幹部とボスの裁量でなぜか変更できるんですよディアーナ様」
「解説ありがとうコマチ…でもわたくしはそろそろ…」
ねむい。
気になること満載だけど眠すぎる。
どういうシステムとか、原理とか、どこに繋がるのかわかんないってのが気になるけどもう眠気が襲ってきてる脳じゃ考え事が難しい。
転生前はそれでも何とか動けてたのに、子供の体っていうのは言うことを聞かなくて困る。
「ディアーナ大丈夫か?あたしが抱えてやるぞ」
「結構よ…ミクサ、これが一番すぐ戻れるのね?」
「それは間違いない。王宮敷地内には繋がる」
「じゃあ、それでいいわ。帰るわよみんな」
「はーい皆行きますよ。ねむいディアーナ様はまるで赤ん坊ですから」
「ジークに言われなくとも自分は共にいますよ」
「だ、大丈夫かなぁ…」
みんないろいろ言うけど、私の決定に従う。
コマチが扉を開けば、カナリア子爵の屋敷で見たような暗闇が口を開けていた。
一筋の光も入らない、ただの闇だ。
「では、ごきげんよう」
ミクサに一言残し、私たちは闇の中に足を踏み入れた。
まるで無重力の階段をふわふわと登っている気分だ。
段があるようでない。空を一歩一歩踏みしめて上を目指す。
前を歩くコマチの足取りがなんとも優雅で、カナリア子爵とは比べ物にならない。
行きは不思議の国のアリスの気分だったけど、今は海上を目指す人魚姫にでもなった気分。
誰も口を開かないで、静かなこの闇の海。
だけど、五人でいるせいか不思議と温かい気がした。
「もうすぐです、わずかに景色が見えました」
先頭のコマチの声に顔をあげると、薄ぼんやりしたオレンジ色の光が揺らめくのが見えた。
さすがにそれだけでどこかはわからないけど、きっと蝋燭の光だ。
「道は影に通じていますので、きっと建物内の大きな影に繋がると思うのですが…」
コマチの声が少し自信なさげ。
さすがの彼女も、慣れた王宮と言えど、どこに繋がるのかわからないのは不安なんだろう。
数秒後、闇が薄くなってわずかな蝋燭の光に照らされた景色がハッキリした。
それと同時に、不思議な空間に包まれる感覚は消える。
(ちゃんと「着いた」んだ。ここがどこかはわかんないけど…)
闇が解けたのは確かにどこかの影だった。
天井が高くて、真ん中にまっすぐ赤いカーペット。
その赤い道を照らすように地面にポツポツと置かれた燭台。
蝋燭の光が揺らめいて、なんだか異様な雰囲気だ。
かなり広く、何百人も入りそうなほどの窓がない建物内。
柱が何本も建っていて、装飾の類はないけれど掃除は行き届いている綺麗な長方形の空間…
「ここ、どこなんでしょう?」
「あたしはしらねぇぞ。なんだこのカーペット」
「俺も記憶にないですね、こんなに大きな建物があれば気づきそうなものですが」
「自分もわかりませんが、この広さと形…似た建物を見たことがある気が」
4人が現在地の割り出しのために話し合う中、私は眠くて目をこすっていた。
深く考えるのはもうできそうにないから、もう流れに身を任せてベッドまで運んでほしい。
ぼーっと視線を向けたのは、長方形の建物の奥側。
てっきり平らだと思っていた床に三段くらいの段差があって、燭台のない暗い場所がある。
少し上がっているその空間がどうにも気になって、目が離せない。
(なんだあそこ。段々になって、なにかあるみたいな)
暗くてよくわからないけど、じっと見つめていると目が慣れてくる。
みんなは蝋燭の下で話し合いをしてたから、私だけがそこに目を向けていた。
そして、そこにある何かに気が付いたとき、あんなにぼんやりしていた頭は眠気をすっかりどこかに飛ばしていた。
小さな足でそこへ走る。
距離にして10メートルかそこらなのに、いきなり動いた私は盛大に転んでしまう。
「ディアーナ様!?ど、どうしたんですか!」
「あっち、あっち!!」
「あっち?おねむで寝ぼけましたか」
それだったらどんなに良かっただろう。
でも、もう私の目にはそれを現実として見えてしまっている。
震えてしまう指を何とか指し示して叫ぶ。
「そこに、エラが!!」
少し上がっている段の上。
そこにはドレスを着て、力なく仰向けに横たわるエラがいた。
立ち上がって駆け寄り、彼女に触れると何か液体のようなものが手のひら全体につく。
暗くてよく見えないけれど、その液体から香るのは鉄っぽい……血の匂い。
「エラちゃん?これ、なんで…お腹が血だらけで」
「ディアーナ様、エラの呼吸はありません。これは、死んでいるのではありませんか」
私に続いてきてくれたメリーとコマチは暗くて見えにくい中確認を行い、エラの死亡を知らせる。
ディルクレウス王の客人として王宮に住んでいた彼女がここで死んでいるなんておかしい。
そもそも、ここはどこ?
いや、もしかしてこの状況を見られた私たちがエラを殺したって思われるんじゃ?
(そんなことになったらディルクレウスは私に何をする?もしかしたらみんな処刑なんてこともあるんじゃ)
最悪な光景が頭によぎる。
このまま逃げたほうがいいのはわかるけど、エラはこの自作小説に不可欠なヒロインだしこのままにしておけない!
その時、アテナの声が響く。
「おい!誰か来るぞ!」
心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。




