8話 私は王妃を見舞う ~王妃暗殺阻止編~
今日はいい天気。
空は晴天、暑過ぎなくて風は爽やかで、外出にはこの上なくいい。
というわけで今日は最大の鬼門に向かいます。
そう、王妃アンナの部屋にお見舞いだ。
目的はただ一つ、彼女の暗殺阻止。
時間はお昼過ぎ。燦燦と日差しが降り注ぐ廊下をメイド三人と共に闊歩する私は、使用人達からかなり視線を集めている。
「あの三人が専属?」
「若すぎる。まだ見習いを終えたばかりじゃないか」
「年が近いメイドを選んだのかしら」
私が下っ端メイドを専属メイドに引き上げたって話はとっくに宮中に回っているんだろう。私よりもメイド三人を値踏みするような視線が刺さる。
専属メイドは王族の側近。メイド全体の業務で言えばメイド全員を統括するメイド長が頂点だけど、何年か公認で専属に仕えている主がいる場合はメイド長と対等に言い合える立場になる。
わがままな幼い王女様の、専属メイドになったばかりじゃまだまだ発言力は弱いだろう。でも、将来女王になるかもしれない人間の側近に今からなるというのはそれだけ注目されるものだ。
思惑を知ってか知らずか、三人とも少し視線が気になってきょろきょろしている。
「あなたたち、ビビらないでよね!これからこんなのたっくさんあるんだから。わたくしは慣れっこだけれど!」
「す、すごいですディアーナ様。さすがです」
「ただのメイドと王族一緒にすんなし。見られてっと落ち着かねぇんだよ」
メリーとアテナは14歳と13歳だという。まだまだ子供なのでしょうがない。
私は精神年齢30歳越えだけど内心全然緊張します。ジロジロ見られる視線ってねちっこいし端的にキモイよね!
コマチに視線を移す。彼女の表情は相変わらずのすまし顔だけど、どこか固い。
彼女達三人を専属メイドにしたのは二日前のこと。
だからあんまり細かいことまで分かり合えてない。だけど、コマチの表情の硬さは今朝「今日はお母様が遠征から戻ったのでお見舞いに行く」と伝えてから始まった。
王妃アンナは厳格で能力が高く、はっきりとした物言いのする所謂「強い女」だ。
緊張してるのかもしれない。初めて彼女が17歳っぽいただの女の子に見える。
「コマチ、あなた顔色悪いわ。部屋に戻れば?」
「いえ、お供します。専属メイドを紹介する意味合いもおありでしょうから」
一緒に行く意志は固い。
コマチの裏の意味まで受け取れる優秀さ、自分が17歳の時は持ってなかったわ。
さて、私がなぜ王妃の暗殺を阻止したいのかは理由がある。
それは「今後の展開が大幅に楽になりそうだから」
彼女は非常に賢い人だ。そう設定したし、泣く泣く未収録になったプロットでは結婚前、母国のヴァルカンティア国が戦争になったときに参謀として活躍。
自分の親族や仲間と団結して戦争を終わらせた裏設定がある。
これからドロドロになっていくこの王宮で、国を支えるにふさわしい王妃はアンナ以外考えられない。
彼女が死んだ後、王は新たな王妃を迎えるのだが誰も長続きしないし、その都度国は揺れた。それが原作だ。
だったら、アンナを生かせばいい。
そうすれば私は楽に王女生活を送れる可能性が跳ね上がるのだ!
「あのぅ、ディアーナ様。扉、開けないのですか」
「なんだぁ?お前こそビビってんじゃん」
「ディアーナ様、お早く。王妃様の部屋を初対面のメイドが開けるわけにもいきませんので」
「わわわ、わかってるわよ!別にお母様だし!?何も怖くなんてないわ!」
嘘~~!めっちゃビビってます!
だってアンナはディアーナの実母で強い意志と切れる頭の持ち主!
成り代わりがバレたら即刻打ち首もなくはない。それにスラムのみんなが危ない。
ええい、ままよ!
ノックをして扉を開ける。
扉の先には、王妃の横たわるベッドがあった。
アンナは自分の専属メイドに指示を出しながら、自らも資料を片手に何事かを確認している。体調を崩しているにもかかわらずだ。
ゆったりしたネグリジェに、いつもまとめ上げている私と同じ赤銅の長い髪は肩の位置で緩くまとめられているだけ。それなのに、どこか威厳に満ち溢れている。私の後ろで三人の誰かが息を飲んだ音がした。
アンナはドアを開けて立ち尽くす私を見ると、少し驚いた表情を見せた。
「ディアーナ?どうしてここに」
「お、お母様のお見舞いに。あと、わたくしのメイドを紹介したくて」
「そうか、もう自分で自分に仕える者を選べるようになったか。それは喜ばしい」
アンナは淡々と答えると、手に持っていた資料を下げさせた。どうやら執務はいったん終わりにするらしい。
「最近、おまえは少しおとなしくなったとメイドが言っていてね?癇癪がずいぶん減ったと」
「もう淑女ですもの!それに、お母様のお元気がないって聞いたから。心配で元気が出なかったの……」
「ほう?あのはき違えたわがままはもう卒業か。実にいいことだが、何があったのかはしっかり聞く必要がありそうだ」
一気に心臓が飛びあがる感覚。
やっぱりアンナは娘をよく見てる。ディアーナのわがままは、本人の要望を無理やり通すためのわがままじゃない。それを知っているのは作者の私だけだと思っていたのに。
私のディアーナもどきの演技をもう看破していてもおかしくないんじゃ!?
「おや、距離が遠い。私は寝台から動けない、そんなに離れていては寂しいではないか」
さあ、近う寄れ
彼女の手招きに、手汗が一気に噴出したのがわかった。
こちらを射抜くように見つめるアンナは、何を見ているんだろう。
そして、私生きて帰ることができるんだろうか。