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76話 ワシ流の交渉

のこのこ応接室までくるお嬢様二人。

ワシ直々に先を歩いて扉を開けるなんざ珍しいぞ。

完全に二人を舐めてるからだがな。

警戒ってもんがないのかね、ワシだったら相手が背を向けた瞬間に逃げるか蹴るか殴るかして組み敷くぞ。


それにしてもガキの無謀だ。

チビのくせに態度がデカくて、大人でもワシに交渉しろなんて正面切って言う人間はそう居ない。

裏カジノの民はこの国から出られない。でも頭脳でたくさんの国との関りを持ち、長い時間をかけて影響力を強めてきた。


今や裏カジノはディオメシアの国を裏から支え、ゆくゆくは王族すら操れると考えている。

そんな人間に向かって、交渉。

王国軍らしきやつもそばにいない。今回廊で暴れてる奴は例外として、こんな心もとない護衛しかいない。


それでもこの王女はワシに挑むという。


(なんにせよ、今日で裏カジノに優位な約束でも取り付けられればこの国を手に入れる足掛かりになる)


応接室はカジノの雰囲気をそのままに、豪華なソファーが一対とテーブルだけ。

カジノの空気感は別に好きじゃない。だが、今こいつを裏カジノの中心部に連れていくのは気が進まなかった。

ソファーにワシが座れば、二人とも対面に座る。


チビのほうに注目する。

似顔絵では見たことがある王女の顔とは印象が随分と違っていた。

髪も赤銅のあのクソ女と同じ色って聞いてたが、今は黒。

変装か?と小賢しい考えに反吐が出そうになったけど、忌々しい髪色を見ないで済むだけ良しとしよう。


「悪いが茶は出さなくていいか?招かれざる客に出す茶葉はないんでな」

「どうぞお構いなく。こちらも毒見がなくなってせいせいしますもの」

「物騒なことをいう。ワシがそんなことをするとでも?」

「昼間に専属の一人がそんな攻撃を受けましたの。裏カジノですもの、毒にはお詳しいでしょう?」


そういえば、昼間にトモエの部下が町で派手に王女を追いかけまわした報告だったか。

ジークって男とタイマン張って、負けかけたところを視界を奪う毒煙を使って撒いたとか言ったような。

こちらの手札を明かすような真似すんじゃねぇって言ってるのに、あいつもあいつの部下も頭に血が上ると忘れちまうらしい。

だから何というわけでもない。

その程度わかったところで、いくらでもごまかせる。


「いやいやまさか。こう見えて細々とカジノで貴族の方々を楽しませるのが古くからの生業ですよ、この裏カジノは」

「無駄に化かしあうのはよしませんこと?わたくし、早くあなたのような方とお話ししたくて手を尽くしましたの」

「嬉しいことだね、お前みたいな子供に何したって?」

「爆破騒ぎ、乱闘騒ぎ、後はカジノで荒稼ぎ」

「最後のもお前らか。黒髪のお嬢様がって聞いてたが…まさか隣のお嬢さんが?どれにしたってお前の力じゃないだろう」

「みんなわたくしが選んだ優秀な専属使用人ですもの。わたくしの手足、わたくしの力、わたくしのものですわ」


えらそうに。

人を使ってるだけだろう、自分の力と過信する典型的な温室育ちのお嬢ちゃんか。

でも安心した。これなら、こちらに優位に話を進められそうだ。

懸念があるとすれば妙に落ち着いていることと、話の道筋が明確で年にそぐわないこと…


「ははっ、そうですか。じゃあ、交渉にしよう。そちらも早く済ませたいようだし」

「助かりますわ。では要求をいくつか」

「要求?はいはい、なんだ」

「わたくしの専属メイド、コマチを返しなさい」


ああ、やっぱりそこか。

まさかとは思ったが、コマちゃん一人のためにここまで来たっていうのか?

王族が、自分のものを取り返すために?

とんだ傲慢わがまま王女だな。


「……それだけを言うつもりだったわ。町に降りるまでは」

「…と、いうと」

「あなたたち裏カジノがコマチを誘拐しなければ、ここまでの大騒動を起こす気はなかったのよ。わたくしはね、自国の民が苦しむのをそのままにできないの」

「よく言う。お前の父親が悪政を敷いているせいで、民衆が貧困に苦しんでいるのか知ってるか?それを誰が助けてやってると思う」

「お金は助けているかもね。でもその苦しみに付け込んで、裏カジノから外…ディオメシアの表の町を不当に支配しているのは誰かしら?」

「まどろっこしい言い方をする」

「お互いさまではなくって?危険な薬になる紫晶草の違法な栽培、町の人を裏カジノの仕事に巻き込んで脅かしたこと。それも追及させていただくわ」


感心するな、よくそこまで考えが回る。

専属使用人の入れ知恵か、背後に国王がいるか、それとも祖父に当たるヴァルカンティア宰相か?

最近始めた表のディオメシア国内での紫晶草栽培は、周辺の人間を買収して秘密裏にやってたのに。

昼間こいつらがきた町にも栽培所があるからそれでバレた?

いや、あの町の栽培所までこいつらが来たって報告は受けてないが…


「どうしてわかった?紫晶草はバレないようにできてたはずなんだが」

「わたくしの協力者からの情報よ。さあ、わたくしの要求は二つ」


小さい手が指を二本立てた。

本当に争いを知らなさそうな柔らかい手。

裏カジノの子供はみんな小さいころから技術を学ぶから、こんなカワイラシイ手はお目にかかれない。

王族ってのは安全なところで弁舌だけを学んでいるから、こんなガキでもここまで喋れるのだろうか。

ああ、この頭いいって感じ。コマちゃんの小さいころみたい。

利発な子だったよなあ、いつも小難しい本読んだりして。


「一つは初めに言ったようにコマチを返すこと。もう一つは、裏カジノをディオメシア王家直属の完全管理状態にすること」


ダアン!!


手になじむ銃から煙が上がっている。

弾丸は王女ではなく、ワシの左側の壁を焦がしていた。

左手にしっくりハマる銃が、熱い。


「ああ、いけないイケナイ。つい…あんまりにも話が信じられなくてついつい…」


思い違いだったな。

小さい頃のコマちゃんでもこんなバカバカしい提案しない。

銃声におびえる大きいお嬢さんは、王女にしがみつく。ふつう逆だろ?

顔は強張ってるのに、ワシから目を離さない王女。

度胸だけは買ってやる、でも裏カジノ(ワシら)を馬鹿にしすぎだ。


「大昔に飼い殺されて、でも与えられた地下で必死に独立して生きてきた。昔みたいに要職に秘密裏につけるわけでもない俺たちは、俺達だけの力でここまでのし上がった。裏カジノはディオメシアの下にあるがもはや実質独立国家だろう。なのに今更『管理』だぁ?自由すらワシらから何奪うってのか。おい、王女様よぉ」


ワシたちの国を狙う奴は敵。

銃から手は離さない、いつでもお前を撃ち殺せる。

さぁ、裏カジノ流交渉の舞台は整った。

お前の分の銃はないが、丸腰でここに来るほうが悪い。


怒らせたワシに、お前は何を言ってくれるんだ?

そいつは、逃げ出さないでワシをただただ見つめていた。

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