73話 手加減が俺の課題/あたしの爆破作業で
裏カジノの人数が多い。
俺と戦おうと武器を構える人間の数は目視で推定100人以上。装備はよく切れるナイフに銃、まだ遭遇していないが昼間に食らったような毒だってあるはずです。
対して俺の装備は残り二発の葉巻型爆弾と、仕込みナイフが4つ、投げて使える毒針が20といったところ。
裏カジノの空間はまさに魔法の世界だというのに、誰一人火も吹きませんし雷も出さずに殺し合い。
魔法を使える人間なんていないので仕方ないんですが、結局人間の殺し合いは原始的な肉弾戦に落ち着きますね。
「よそ見すんな!昼間の借りを返してやる!」
「右腕潰したのに元気ですねぇ。借りにしては返しすぎですよ」
「なんとでも言え。俺らの裏カジノ<国>で騒いだ罰も入ってるんだ、おとなしく受けろ!」
「あなた方だってディオメシア国内で違法に勢力広げたでしょう。お相子でここは見逃しません?」
といっても言葉が通じないのはわかっています。
現に、トモエから鋭いナイフでの突きに蹴りが飛んでくる。
俺が躱せば退路を塞ぐように手下が剣で切りかかる。
ああ、この大柄な男はトモエを退散させたあの…なるほど、やはりこの多勢は皆トモエの部下ということでしょう。
欲を言えば、躱した瞬間に大柄な男の延髄に毒針を差し込んで命をもらった方が楽です。
俺を狙おうと人が密集している7時の方角へ、葉巻型爆弾を投げ込んで人数を減らした方が簡単です。
今ここでトモエをあえて残酷に痛めつければ、士気も落ちてこんな乱戦は止まるかもしれないですね。
(でも、それは許されない。俺はヴァルカンティアのスパイじゃなくて、今はディアーナ王女の専属執事なのだから)
誰より他者からの印象や噂、民衆と貴族からの声に敏感なディアーナ様の近くにいる者が「野蛮な殺戮者」だと思われては彼女の覇道に傷が着くこと必至。
メイドの三人との明確な差。それは、俺の手がもう戻れないほどに血を覚えてしまっていること。
一度手が汚れれば、自然と「手がきれいな者」がわかるようになるものです。
それを汚点だとは思いません、俺が歩んできた人生ですから。
今俺を殺そうと向かってくる人間も、皆俺と似たようなものでしょう。手慣れすぎた、人間を痛めつけられる度胸のある手です。
(お預けを食らっている気分だ。スパイの俺だったらそんな「悪人」いくらだって葬ってよかったのに、その方が任務遂行は簡単なのに)
殺すより生かすほうが何倍も難しい。
絶つのは一瞬の全力を出せばいいですが、生かすのは繊細な力加減と相手を始末しようとする反応を押さえつけないといけません。
全力を出しつつ手加減するのは至難の業ですが、そこは自分の力を信じましょう。
(できるだけ死者は出さない、やりすぎない…あとでディアーナ様が不利になる要素は取り除きたいですから)
たった一人の俺相手に、大回廊は野郎どもの罵声と怒号で埋め尽くされる。
適度に暴れて何人か沈めたら、飛び上がって回廊の中を移動してそこでまた乱戦。
しつこくついてくるトモエをいなしながら、彼らのめちゃくちゃな攻撃をギリギリで避ける。
やはり人数が多すぎるというもので、時折放たれる弾丸やナイフを受けそうになって体勢を崩され、傷を受けてもそれは必要経費というもの。
(銃の生産が盛んなヴァルカンティアならともかく、王国軍以外には流通が少ないはずのディオメシア国内で銃弾をこんなに食らうとは。兵はともかく装備は侮れませんね裏カジノ)
陽動は成功している。
兵のほとんどはこちらに集中できた、カジノの方面に危うそうな人物が向かったのが気がかりですが、これで舞台は整いました。
あとはアテナがコマチを見つけるだけ。
ここまでたった一人の使用人奪還に労力を使う王女なんて、前代未聞ですよディアーナ様。
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一つ一つ扉を開けて、誰もいないことを確認してから火をつけた葉巻を投げ込む。
3秒後、ドカンと部屋に黒い煙と共に衝撃。
この繰り返しだった。
初めのうちは叫び声を上げながら中から人が出ていったけど、今はもう何も聞こえない。
(何回目だ?初めにデカいのを起こしてから20回はやったか…さすがに逃げたってことだよな)
扉を開けて驚いたのは、中の豪華さだった。
まず故郷の町じゃ見ないような家具の豪華さ。
王宮で見たようなシャンデリア付きの部屋もあるし、手の込んだ刺繍がいっぱいの部屋もあった。
でもどの部屋も違う国みたいっつーか、空気感が違っていて「裏カジノって民族からして違うのか」って思い知る。
そんな部屋を爆破していってたんだけどな、あたし。
(もういい加減人いないよな。コマチもここにいるなら逃げてるはずだし、別の場所探すか?)
そして振り返る。
そこはたまたま、あたしが一番最初に爆破した大広間みたいな場所だった。
威力がわかんねぇから、一気に3本葉巻燃やして投げたら床がデカく抉れるわ壁が崩れるわ、装飾品全部割れるしで冷や汗かいたんだが……
「はっ…?なんだよこれ」
自分の目を疑ったよ。
だって、床が派手に壊れてたのに、きれいになってやがる。ヒビは見えるけど、平面の床だし汚れてもない。
壁も瓦礫になってたのに、大きな亀裂以外何もない。
思わずそばに寄ってみれば、なんとじわじわ傷の中で何かがうごめいて亀裂を直していた。
床も少しずつ傷が薄くなっていて、まるで『自分の傷を自分で治してる』みたいな。
「んだよ、気持ち悪い…まるで生き物じゃねえか」
ぞっとした。
だとすれば、この中はなんだ?とてつもなくデカい生物の腹の中か?
腕をさすりながら、鳥肌を抑え、早くここから出ようと大回廊に繋がる道を進もうとした。
ここにはもう何もないと思っていたし、コマチがいるとも思えなかったから。
でも、あたしの耳は音を拾った。
『ジャラッ、カツッ、ギシッ………』
金属が擦れ合う音、靴の鳴るような音、何か重量のあるものが乗った音…
さっきまではあまり聞こえなかったはず。爆破のデカい音でであたしの耳がいかれてたのか?
なにか、誰かが、鳴らしてるような。
ただの物音っていうには、聞き逃せないような微かな音。
『うっ、ぐっ…だれ、か』
それに小さく聞こえた、何者かのうめき声。
その声は、この二年で聞き慣れた音質だった。




