7話 あたしは気に食わない
アテナは辟易していた。
ベッドが二つ、衣服や小物といった物を収納できる棚がひとり一つの少々粗末な二人部屋。
ここは使用人に割り当てられた部屋。
ここで寝起きして、仕事をして帰ってくるだけの部屋。
つまりは使用人の住処だ。
王宮の敷地内にあるこの使用人寮では、200人程が暮らしている。
例外として使用人寮ではなく王宮に部屋を持ち寝起きする者もいるが、それはメイド長や王族直属の使用人といった「特別」で「実力」があって「選ばれた」者たちだけだ。
「アテナアテナ!すごいね、これで私達専属だよ。きっと、きっとお給料も増えるよね、母さんにもっと仕送りできるよね。病気、なおるといいなぁ」
「そーかもな」
「今はまだ使用人寮だけど、部屋が用意出来たら移りなさいってディアーナ様言ってたね。そしたらコマチちゃんとも一緒に寝られるかな?もちろんアテナも一緒に!」
既に支給品である寝巻のワンピースに着替え、自分のベッドでディアーナに下賜されたカメオを眺めるメリー。
黄色と緑色があしらわれたカメオは、優しく素直なメリーの雰囲気にぴったりでアテナは盛大に舌打ちをする。
「いい加減黙れよ、こっちは気にくわねぇってのに」
「どうしてそんなに怒ってるの?アテナだって、お金が欲しくて盗んでたのに」
「あれは!……メリーにさせる気なかったんだよ。お前が気づかなけりゃ、一緒にやる気だってなかった」
「それは、いやだよ。幼馴染なのに、私のほうがおねえさんなのに。だから、何回も盗んだ私も同罪だよ」
アテナとコマチがディアーナのものを少しだけ盗んだ初めの日。
自分が目を離した隙にディアーナの物がなくなっているとメリーはすぐに気が付いた。
同じ時期に見習いを卒業したメイドで、仲良くなった三人。
でも、メリーは優しくて気弱で、仕事ができないだの、生まれを揶揄するといった心無い言葉にいちいち心を痛めていた。
そんな彼女が二人は好きだった。だから、生活苦から盗みをしようと画策した時に自然とメリーには内緒にしていたのだ。
だがメリーは、自分をわざと仲間外れにして一緒に作業していたアテナとコマチが物を盗んだことを怒らなかった。
それどころか、涙目で二人の手を握る。
『私もやる!わた、私だって、できる!私だってお金が必要だもん。それに、アテナとコマチちゃんを二人だけにしたくない。仲間外れにするなら、メイド長にいいつける……』
メイド長に言いつけるのが嘘だと、二人は見抜いていた。
それでもそこを追求せず、メリーも仲間に加えたのだ。
彼女の気弱ながらに見せた度胸は、結果的に今、生かされている。
(メリーがディアーナに名乗りを上げてなかったら、今頃どうなってたかなんて。考えるだけでぞっとする)
アテナは自分に与えられたカメオを握る。
メリーのものとは色が違う、赤と白のそれ。自分にぴったりだとあのわがまま王女が判断したのであれば、いけ好かないことこの上ないのだ。
「いいのかよ、あのわがまま王女の下につくっていうのはキツイって噂だぜ。ひでー目に遭うかもな」
「そうかもしれないね……でもね、アテナ。それは大丈夫だと思うんだ」
「ハァ?あたしたちを脅したくせにか。奴隷だろあいつが欲しいのは」
「ううん、違うよ。あのね」
メリーはアテナに近寄り、彼女の両手を優しくとる。
そして不機嫌なアテナと目を合わせ、持ち前の素朴で優しい笑顔を浮かべた。
「ディアーナ様はね、きっと優しい人だよ。最近ね、すっごく思うの。スラムで何か学んでこられたのは間違いないと思う。だから私、嬉しいんだ」
「専属になって出世したことだろ?」
「ちがうよ。ディアーナ様のそばにいられるんだなってことがうれしいの」
アテナは苦い薬を飲ませられたような顔をする。
メリーは天然だ。しかも思考に脈絡がないし、感性が独特な不思議ちゃん。
幼馴染として理解するのはもはや不可能だと思っているし、振り回されるのは日常だ。
だが、彼女の審美眼は不思議と外れたことがない。
『アテナ、その人危ないよ。あっち行こう』
そう言ってメリーが避けた善良そうなパン屋の店主が、後日連続殺人犯として捕らえられたのはまだ10歳にもならない頃の話だ。
アテナは深々とため息をついた。
「まったく、ここまで一緒とか腐れ縁すぎるわ」
「へへへ……それほどでも」
「褒めてねぇんだよ。トラブルメーカーがよ」
「ええっ、ごめんなさい?」
わからぬままに謝罪をするメリーにやれやれと呆れつつ、メリーの手を離したアテナは早々にベッドに潜り込む。
話はこれで終わりと言わんばかりの彼女の態度に不満を微塵も見せないメリーは「おやすみアテナ」と声をかけて自分のベッドに戻っていった。
(メリーはあたしが守ればいい。あのわがまま王女、あたしはただ使われてなんかやんねぇからな)
夜は更けていく。
幼い偽りの王女にも、彼女の手足となった見習いを卒業したばかりの若い少女三人にも、平等に苦難と時間は過ぎていく。
夏の朝日が、また彼女たちを照らす。