69話 裏側潜入、俺とアテナで
時間は少し巻き戻る……
裏カジノへの行き方がここまで不可思議なものだとは思いませんでした。
まるで足のつかない階段を下りている感覚、一帯が闇の中で突然現れる鉄の扉。
まさしく物語の中で、俺としたことが擬態を忘れてニタリと笑いそうになります。
このような場所、到底思いつきません。長年ヴァルカンティアが追ってもわからないはずです、まさに「魔法」ですから。
ディアーナ様の見事な猫かぶりで何とかカジノ内に侵入できればこちらのもの。
一瞬のうちに俺とアテナならバックヤードを特定して内部に潜入できます。
一人で行動したほうが楽で自由なのは間違いないのですが、ディアーナ様から「くれぐれも穏便に」と指示されている以上仕方ありません。
俺一人だとやりすぎかねないと思ってのこの采配でしょう。あの方はあの年齢だというのによく俺を把握されています。
「お前、キメぇんだよ。さっきからずっとニヤニヤしやがって」
「おっと、すみませんねアテナ。ここまで潜入できて喜びがひとしおですので、つい」
「時間ねぇんだろ、早くコマチ見つけようぜ」
「それはそうなのですがねぇ…」
現在俺とアテナは裏カジノ…いや、裏カジノ国内と言っていいでしょう。
その中の廊下に身を潜めていました。
目の前には、大きな大回廊。そこから伸びている無数の道、そこを行き交う多くの裏カジノ民。
大回廊から伸びる道の先には「西牧場下」「王宮城下」「特別スラム付近」「一般居住区」というように行き先が表示された看板が無数に立っていて、まるでアリの巣のようだ。
バックヤードからここまで、バレずに進めたことはいいのですがあまりに大きな裏カジノの規模にさすがの俺も舌を巻きます。
ここは地面の中のはずですが、まさか普段生活していた下にこのような空間が広がっていようとは。
(この空間自体が不可思議の塊と言っていい。こんなものを国家で匿っていたとは、歴代ディオメシア王は凄まじい手腕では?)
俺はそこそこ長い期間ヴァルカンティアのスパイとして活動しました。
その任務の中には大規模組織の壊滅であったり、行方不明者の奪還もあります。その経験を以て、一つの結論に達しました。
「やめましょう、これは見つかりません」
「は?ジーク何言ってんだ」
「この状態を見てなお、探せますかね?人数も情報も何もかも足りないのにこの規模感。二時間とディアーナ様に申告したのが悔やまれます、一般の誘拐であれば余裕のタイムでしたが」
「それでも探すしかないだろ。コマチが心配じゃないのかよ、二時間以上かかったって見つけるんだよ!」
「地道に探すのに手分けしてもいいですが、この道がどうなっているのかすら見当がつきません。俺の経験的に潜入は二時間以上経過すると怪しまれて成功率格段に下がるんですよ」
「そんなの関係ない、手あたり次第探せばいい!」
「相変わらず考えが足りませんねぇ。せっかく俺のおかげで潜入隠密の基礎くらいは身に着けたというのにもったいないことです」
「お前が諦めるからだろ、あたしとメリーにとっちゃ大事な友達なのに!」
アテナは俺に掴みかかって、睨みつけてきた。
すでに潜入時に来ていたドレスと礼服ではなく、潜入用の動きやすい服装になり探す気満々だったところに俺のこの発言は反感を呼ぶとは思った。
まだアテナは15歳と幼いし、そうでなくても素直な直情型で感情を表に出しやすく嘘が苦手。
俺も感心するくらいに吸収が早いし、体も動けているのに玉に瑕だ。
俺はアテナの頭に手を近づけ、瞬時にバチン!と額をはじく。
「イッ、ってぇぇえなにすんだよ」
「落ち着きなさい。誰も諦めるなんて言ってないでしょう」
「でもやめるって」
「『地道に探すことを』やめます。ここからはかなりの推測を含んであたりを付けたうえで行きましょう。予想が外れたらその時はまた考えます」
「予想なんてついてるのか」
「少しですがね。ひとまずの第一目標は…あそこです」
俺が指さしたのは大回廊から伸びる道の一つ。
『上層部以外立ち入り禁止』
その看板が立っている、いかにも何かありそうな道。
「アンナ様が携わった資料は大体見たことがあります。それによるとコマチは幹部の娘だった…とすれば、連行されるのもここかなと。無論、裏切り者として別の場所にいる可能性も高いですがね」
「なんか、意外だ。お前ちゃんと考えるんだな」
「え~失礼な。俺はいつだってこの輝かしい頭脳を駆使して様々教えこんでいたじゃないですか」
「そうじゃねぇ。お前にとっちゃ、あたしたちメイド三人なんて使えねぇ同僚だろ?コマチのためになんでここまですんだよ」
「本当に失礼じゃないですか?メリーが読み書きすらおぼつかないとかアテナの言葉遣いがなってないとかコマチの奇跡的なほどの料理下手とか、あまりのゴミっぷりにドン引きしたこともありますが」
「お前って人けなしてる時イキイキしてんな」
「それは否定しませんが……二年も経てば見放せないくらいには愛着がわくものですよ」
足音を殺し、人目につかないように目的の道まで進む。
俺が教えた通りの歩き方で、ほぼ無音のまま俺とアテナは気づかれることなく立入禁止の道に入った。
後ろを振り返ってアテナがついてきているかは見ない。
彼女はこれくらいであれば、問題なくこなせるようになったからだ。
道は真っ暗。明かりもない状態だったが、進んでいくと突然情景が変わった。
現れたのは板張り床の大広間。
大きさは王宮の入り口ほどに広く、吹き抜けになっている。
内装は簡素ながら落ち着いていて、所々に置物であったり花瓶が設置されている。そのどれもが異国情緒と言いますか、華美な柄が多いディオメシア風というよりも素朴で、華が一輪だけ生けられているというものもある。
そして大広間には多くの扉が面していて、その様子は先ほどの大回廊のように枝分かれしているのだろう。
(本当にアリの巣だ。この扉一つずつ開けてみるしかないというのがまた面倒ですねぇ)
ですがアテナはやる気満々で、すでに手近な扉を開けてしまっていた。
もう少し慎重にと言いたいところですが、この状況でゆったりもしていられません。
扉の先もまた廊下となっていて、たくさんの扉が見えていましたから。
「なんだよこれ、扉ばっかか」
「もはやそういった世界で国ですね。なんて形が歪なのか…この数ではなりふり構ってはいられないので、少しずつ開けていきましょうか」
と、ここまではよかったのです。
はい。地道な作業がそこまで好きではない俺とて、騒がしくする気は毛頭ありませんでした。
ですが、今この状態になっては誰も信じてはくれないのでしょう。




