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66話 自分とミクサ

自分の人生を振り返ったとき、大半は同い年のミクサがそばにいた。

裏カジノというディオメシアの地下に巣食う国では、皆が家族のようなもの。

同い年や年近い子供たちはきょうだいのように育つ。

だからでしょうか?縦に横に、結びつきの強さといったらない。


『勉強をしなさい』

『自分を磨きなさい』

『将来、裏カジノを背負って立てるように』

『裏社会は騙し騙され、蹴落とし、ずる賢く稼ぐのが肝要』

『信頼できるのは裏カジノの仲間だけ』

『裏切らない限り、何があっても味方よ』


子供の頃、大人たちは口々にそういい聞かせていたのをよく覚えている。

非合法の塊みたいな世界だけど、暴力は振るわれないし、気さくでいい人たちが多かった。

でも自分たち子どもを見る向こう側に、さらなる発展を望む野望が見え隠れするのに気が付いたのは、10にもならない時分。

ミクサも自分も、父親が裏カジノの幹部だったために、期待が大きかった。

それを理解して、望まれるままに頭脳を磨く自分。

理解していなくても、心のままに非合法の腕を磨くミクサ。


大人たちが何かにつけて「ミクサと共にいろ」と言ったのは、仲良くさせるためではないと知ったのは12の時。


『コマちゃん聞いて!ワシ、幹部の極秘部屋の鍵開け成功したんだ!ちょっと覗いてみようよ』

『何してるんです?そんなの許されるはずがないでしょう。あの部屋には入るなと父からも言われていますし』

『だいじょうぶ!ワシら普段いい子だもん。それに、将来この部屋使うなら今見たっていいよね』


そんな地下の日光が差さない国で、血の繋がった家族よりもたくさんの時間を過ごしたミクサ。

彼の天真爛漫さは人を惹きつけて、無茶なことでも「何とかなりそう」と錯覚してしまう。

それに、その時までは自分も裏カジノの幹部として父の跡を継いでいくことを疑いもしていなかった。


だから、覗いてしまった。

そして見た。

適当に手に取ったその文書は暗号形式で書かれていて、中には今後の展望が記載されていて。

解読が苦手なミクサは早々に読むのを諦めたが、自分はすぐに内容を理解してしまった。

裏カジノ(ここ)にいても自分に未来はないという将来を。


「あ、いきなり攫われて怖かったよねごめん。ちゃんと部下にはもうしないでねって躾けたから!…トモエ、いつまでいるんだよ。さっさと出ていけ…いや、お茶を頼もうかな!緑茶がいい、温かいので濃いめ」

「っ!わかり、ました」

「コマちゃん、濃いめの緑茶好きだったよね。いつまでも立ってないで、ソファーどうぞ?心配しなくても、血なんかつけてないからきれいだよ」


思考の海にいた意識は、大人になったミクサの呼びかけで引き戻された。

部下に厳しく接している態度は見慣れた裏カジノ幹部の大人そのものなのに、自分への接し方は15で自分が出て行ったときと変わらない。

短かった髪がずいぶん伸びた。同じくらいだった背は、自分が少し見上げるほどに大きくなった。

身幅も大きく、明らかに力強い男性そのもの。

4年という歳月は、ここまでミクサを変えたのか。


いや、感傷に浸っている場合ではない。

自分はここから出ないといけない。

暴力的な光景に相手が幹部だと身構えたが、ミクサであれば多少穏やかに裏カジノから出ることを了承してはもらえないだろうか。

ソファーに深く腰掛けて対面に座るのを促す彼の誘いには乗らない。

自分は立ったまま、彼と話すことを選んだ。


「茶は結構です。それより出口はどこでしょうか」

「良い茶葉が手に入ったんだよ。最近闇取引が成立した東の国で、ワシらのルーツに近いのか黒髪で似た顔の民族が」

「ミクサ、自分はここにいていい人間ではないでしょう。もう裏カジノとは関係ありません」

「それでその国は香辛料も豊富でね。シナモンなんかは甘いものもいいが防腐剤にも使えて…うん、この国から出られたらコマちゃんと一緒に行ってみたいな」

「ミクサ、話を聞いてください」

「聞かないよ?どうしてワシが聞かないといけないの」

「ですから」

「4年前もワシの話なんか耳貸さないで出て行ったのはそっちなのに」


裏切り者

そう言った彼の目は、どこか潤んでいる。

ケンカしたとき、言い争いで自分に負けて悔しくて泣いた幼い日のミクサと同じ眼差しでこちらを見る彼。

一瞬揺らぎそうになるも、すぐに心は冷めていく。

知っているからだ。

ミクサは、意図的に自らの雰囲気を操作できるという事実。


「あの後、裏カジノは大変だったんだよ。100人超える仲間がみーんな外の世界に移住して戻ってこない大混乱…それもこれも、死んだあの女のせいだ。偽善果たして悦に入ってる脳まで筋肉そうなあの」

「アンナ王妃を悪く言わないでください!」

「大丈夫、わかっているよ。コマちゃんはそそのかされたんだよね?頭のいいコマちゃんが出ていくのを選ぶなんて、ワシが行かないでって言っても耳貸さないなんておかしかったから」

「違う!自分で選んだ結果です。アンナ様の『裏カジノ民救済』は、裏社会から足を洗いたいと強く望む者にだけ適応されています。あの方は、聡明でお優しく、心も体もお強い方だった!!

「その女の用意した王宮から逃げようとしてたって報告受けてるよ?それって、結局失敗だったってことじゃない?」

「誰のせいだと…!」

「ワシたちが何かしたって?今ワシらがしてることと、4年前にコマちゃんがいきなりいなくなったこと。関係ないよね」


挑戦的にアンナ王妃を貶すミクサに、全身の血が沸騰するような熱さが巡る。

希望をかけた自分の甘さに嫌気がさした。

これが当然だ、裏カジノで裏切者が好意的に受け入れられるなんてどうして思った。


(表の世界で感覚が鈍ったのか。この、自分が)


自覚していなかった自らの甘さは、激変した幼馴染という形をとって現れていた。

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