62話 脅迫だって、私の交渉
馬のスピードは速い。
ダダダッ、ダダダッとリズムよく蹄鉄を鳴らして走る馬は、さっきよりも心なしか楽しそうだ。
ジークも後ろから手綱を代わってくれたので、わずかな間の安らぎタイム。
日が落ちていってるからうかうかしていられないのだけれど、爆破からここまで止まらずに来たのだから許してほしい。
どうせ、また修羅場をくぐるんだから。
すぐに目的の屋敷は見えてきた。
王宮よりも小さい、けれど立派な庭を持つ、白を基調とした近代ヨーロッパ調の4階建て。
突然の来訪者に、この屋敷に仕えるメイドと思しき老女が大慌てで屋敷の中へ入っていくのが見えた。
(よしよし、そのまま屋敷の主人を連れてこい!面倒が省ける)
それにしても、こんな町はずれで、屋敷もすごく大きいわけじゃないこの家が裏カジノの運営に深く関わってるとは。
見かけによらないというか、いい隠れ場所というか。
「ディアーナ様、俺が特定できなかった入り口にどうやって入るんですか」
「簡単よ、この家の主人に案内させるわ」
「そんなにうまくいきますかねぇ」
「うまくいかせるのよ。じゃないと、コマチを裏カジノから取り返すことなんてできやしないもの」
「それもそうでした。俺達専属にできることはありますか?」
「せいぜい視線で当主を威圧してちょうだい」
「は~い。承知いたしました」
屋敷正門で馬を止める。
メリーとアテナも上手に馬を止めていると、屋敷の中から小太りで大汗をかいた男が走って出てきた。
彼はこの屋敷の主人。この前、ディルクレウスに向かって襲い掛かろうとした令嬢の父だ。
急いで出てきたんだろう。タイが曲がっているし、髪は整っていない。
まあ、悪く思わないでくれ。これからすることは、あんたの娘がしたことの責任をとるみたいなものだから。
「あ、あの、我がカナリア家になんの御用でしょうか」
「まずは歓迎なさいな、カナリア子爵。…あれから、ご令嬢の様子はいかがかしら?『お酒に酔っていた』とはいえお父様にあれだけのことをしたんですもの。心配でわたくし自ら見に来てしまいましたわ」
それだけ言えばもうこちらのものだった。
だって、裏カジノは知る人ぞ知る貴族の非合法遊技場であり、取引先。
その管理をもし任されているとしても、社交界を子爵令嬢が騒がせたなんて大問題。
あの時アテナが機転を利かせて気絶させ「お酒に酔っていたようだ」と言わなかったら、もっと白い目で見られていたはず。
主に「裏カジノと深い関係」だろう貴族たちにはね。
(ま、個人のことまで深くは知らないからほぼハッタリだけどね)
だけど思惑通り、子爵は顔を真っ青にして膝をついた。
そして「お許しください、違うんです」「娘にはちゃんと躾をしますから」「どうか家の取り潰しだけは」と声を震わせて懇願する。
王族に危害を加えるなんて、王族の命令一つでその家がどうなってもおかしくない。
先の社交界のことでディルクレウスからは何も言ってこないからそっちは知らないけど、あの場に私もいたんだからどうにでもできる。
それをこの男はよく理解しているらしい。
でも、痛めつけるとかの意味で訪問したんじゃないんから、あまりの狼狽えっぷりにため息をつく。
この男だって王族のこといろいろ言ってきたはずだし、後妻云々で娘に何吹き込んだのかとか言いたいことはある。
今はそれどころじゃないから。私たちは早くコマチを奪還したい。
「わかっているようで安心したわ。…ねえ子爵?取引しましょうよ」
「取引、でございますか!?ど、どうか取り潰しは!」
「それは返答次第よ。あなた、裏カジノの運営に大きく貢献してるんですってね」
「ひえっ!!は、はい!」
「……わたくしたちを全員、裏カジノに連れて行きなさい。そうすれば、社交界でのことは不問にするよう計らってあげてもいいわ」
そう言った瞬間、カナリア子爵の顔は一気に青ざめる。
そうだね、かなり無茶を言ってる自覚はあるよ。
裏カジノはこの国の非合法の塊で、マフィアさながらに荒っぽいはず。
こういった組織を裏切って、大昔に裏カジノの民族をディオメシアに囲った王族を引き入れたら?
命の保証なんてない。
それをわかってて交渉してるから、私は相当に性格悪くなったなと思う。
「顔色が悪いわね?」
「は、はい。それはもう」
「あらそう?じゃあ私達を連れていくのに何の問題もないわね」
「で、ですがそんなことをしたら!カナリア家は裏カジノに潰されっ!」
「王族のわたくしに潰されるのと、後で裏カジノに潰されるのどっちがいいかしら?今わたくしの専属使用人に命じてその命、もらってもいいのだけれど……あなたなら、できるでしょう?裏カジノの人間以外をその世界にいれること」
これは脅迫だ。
弱みを握って、それをネタに願いを叶えようなんてゲスだ。
でも今はこれしかないんだもの。
私の考えが当たってるなら、裏カジノへは「入る許可をもつ誰かの手引き」か「裏カジノの血筋」でなければ行くことができないはず。
裏カジノはその成り立ちから闇組織というより、民族の集まりだ。
ディオメシアの国内から出ることを禁じられた彼らが、脅かされないようにするために血筋を持つ人間を守る「魔法」が必要。
そしてもう一つ必要なのが、自分たちの民族(家族)の外にいるカモ(部外者)だ。
(この男に手引きさせない限り、裏カジノに入るなんてできるわけがない)
カナリア子爵をじっと見つめる。
冷や汗だらけで体中の水分なくなってそうな彼は、唇を震わせて「わかりました」と弱弱しく返した。
ここまでとても長かった。
コマチの奪還のため、私たちはようやく一歩を踏み出す。




