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61話 私達だって大慌てで逃げます

馬の乗り心地は案外いい。

こんな状況じゃなかったら、もっと気持ちよく乗馬できてたのに。

町中を馬に乗って爆走するのは、優雅に馬車で来たはずの王女一行とかどんな状況よ!


「ディアーナ!ついてこれてっか!?」

「舐めないでちょうだい!それよりアテナはメリーの手綱をしっかり支えなさいな!」

「うわあぁぁん!私こんなにお馬さん速く走らせたことないです怖いです一番前嫌ですー!」

「ほらディアーナ様もちゃんと走らせてください。追いつかれますよ」

「ちゃんと走ってるのだから、しっかり反撃なさいジーク!」

「お前誰のせいだと思ってやがる!」

「逆恨みなので俺がアテナに怒られる筋合いないんですがね」

「ああ!?」

「やだアテナ、ちゃんと捕まっててー!」


町はパニック状態。

王家の馬車が爆破され、当の王女と使用人たちが二頭立てだった馬車を引いていた馬に乗り、走ってどこかへ行こうとしてるんだから当たり前だ。

しかも後ろから何やら攻撃されてるし。さっきから石だのナイフだのが飛んでくるんだよ!

戦闘が使い物にならない私とメリーがそれぞれ馬の手綱を持ち、前を走るメリーの後ろにバールのようなもので応戦するアテナが乗り、後ろを走る私の背後を守るように乗るのはジーク。

体は幼女だけど、乗馬だけは大の大人にだって負けないように頑張ったんだ、体格差だって戦闘よりは関係ないから。

でも、何かに逃げながらなんて想定外!


「ジーク出せ!」

「引きずり降ろせ!」

「トモエの若を傷つけたジークを八つ裂きにしろ!」

「止まりやがれイカレ野郎!」

「キャー。ディアーナ様俺怖いです」

「棒読みで何言ってるのかしらこのトラブルメーカーは!」


爆走する馬を追いかけるのは、見た目が東洋系の黒髪だったりスキンヘッドだったりする男たち。

それぞれが着物だったり着流しだったり、漢服もどきみたいなチャイナ系だったりアオザイみたいな服を纏い、馬を追いかける様子はなかなかカオス。

でも人間が馬のスピードをずっと出し続けられるわけがない。

大声は続いてるけど、少しずつ飛んでくる攻撃も減ってきた…気がする。


走り続けて油断したところに、ナイフの刃が顔の横で止まった。

ちらっと後ろを向けば、ジークがニンマリ笑って素手で飛んできたナイフを私の頬すれすれで止めている。

遊んでないでちゃんと迎撃しなさいよ!


でえも、絶対に当たらないのはジークが飛んできたものの軌道を逸らしたり、叩き落してくれてるからだろう。

ちらっと前方を見れば、アテナも馬上に器用に立って投石やらナイフやらを叩き落としていた。やっぱりジークと二人で行動していた間に随分成長したみたい。


というか、追いかけてくる奴らは馬車の爆発した直後に現れて以降、ずっと追いかけてきてる。

もしかしてさっきの爆発は私じゃなくてジークを狙ってたんじゃ?

だとしたら完全にとばっちりじゃない私達!


「やっぱり下ろしていいかしら」

「俺を下ろしたら道連れにしますからね」

「出来もしないこと言うんじゃないわよ」

「ディアーナ様こそ」


イケメンで戦闘スキル満点で頭がよくて、原作者の私の好みがギュッと詰まったジークに後ろからハグされるように守られてるなんて、転生前の私なら気絶モノだった。

二年経った今ではドキドキもしないし、話させればが長くなるし、スパルタだし、メイドたちをおちょくってヒートアップさせるし…コマチがいたらもっとがつっと言ってくれるのに。


馬は絶えず駆ける。

少しずつジークへの罵声は遠ざかって、町の入り口を抜けたころにはすっかり逃げ切っていた。

夕暮れが空を染め、肩で息をしている私、メリー、アテナをよそに、ジークは汗一つかいていない。

別に責めるつもりはない。トモエとの戦闘でちょっと怪我してたし、目もきっとまだ痛いと思う。

あんなに大勢と正面から戦って来いなんて言えるわけもないから。


「で、どうするんだよ。あの町にある裏カジノの抜け道とかそのままだぞ」

「そうですね。こうなった以上、また町に入れば危ないのは明白ですし」

「じゃあ、コマチちゃんはどうやって助ければ…」


馬を止め、馬上で話し合いをするもなかなかいい案は出ない。

さてどうするか。

とはいっても、私の脳内にはある考えが浮かんでいた。

実にシンプルだけど、これはうまくいくのかかなり賭け。

本当はシー先生に話も聞きたいし、スラムの状況も気になるけど仕方ない。


「みんな、ここから移動するわよ。そうね、10分くらいかしら」

「でもディアーナ様、王宮へはその時間じゃ着かないですよ?」

「王宮じゃないもの。裏カジノへの正規の道を知ってる人に、入れてもらうわよ」

「そんなの知ってる人いるんですか!?」

「いるじゃない。社交界で大声で裏カジノの存在を喋ってくれたあの令嬢のお家が…『偶然』ここから遠くない場所にね」


社交界でディルクレウスへの怒りを叫んだあの令嬢。

彼女は自分の家のおかげで裏カジノが回っている、というような趣旨の話をしていた。

その話が本当なら、消えるかもしれない魔法の道を探すよりもずっと堅実な侵入ができるはず。


「きっとジークとアテナだってその家に探りを入れたんでしょう?結果はどうかしら」

「きな臭いかんじは、した」

「間違いなく入り口はあるでしょうね。でも、特定はできませんでしたよ」

「充分よ…さ、行きましょう」


オレンジ色に染まるのどかな道を、馬二頭で進んでいく。

さっきよりも穏やかに、考える余裕ができるほどには落ち着いていた。


ずっと考えていたことがある。

ジークが遭遇した魔法の道。その正体が何なのか。

魔法を解析なんてファンタジーなことできるわけないから、これは勝手な推測…いや、追憶になる。


考えるべきは転生前の私。あらゆるものを考えてはネタ帳にせっせとメモしていた私(原作者)の思考。

もう原作のネタに使おうとしてたものの細部まではすぐに思い出せない。

だけど、当時の私を思い出すと出てくるのは「血」と「期待」だった。


(転生前の私は、血筋と無責任な誰かの期待に翻弄されまくってたから)


そしてそんな私が考えるとしたら。

魔法を考えるのが苦手な私が、この世界に魔法を作るとしたら、それは血と期待に関連する魔法だ。


(この世界は私が作った世界だけど、私が入れ込めなかったものもすべて内包されているかもしれない)


ジークに出会ったときに薄々感づいてたこと。


原作通りだったなら、彼は存在していないキャラなのに私の専属執事としての生を謳歌している。

だとしたら、私が忘れているだけで、もっと深いものがこの世界には隠されてるはず。


(確か、構想した魔法は3つ。具体的には忘れたけど、その一つが裏カジノを隠すものだとするならば魔法の法則は特定できる)


普通のファンタジーが世界の理を解き明かすために冒険するものだとしたら、そのすべては私(原作者)の脳内にある。

こんなに簡単で、だからこそ難しい物はない。


私が自分と向き合って、思い出して、過去の自分と今の変わった私を突き合わせないとこの先の人生は好転しないんだ。

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