59話 私と爆破
(いや、悩んでいても仕方ない。今は気になることを進めないと)
情報共有の最中に、自分の思考に溺れるわけにいかない。
今考えたところで思い出せやしない。
ジークが裏カジノの接触をしたように、私だって伝えなきゃいけない情報がある。
「それで。あなたはどう考えるの?」
「これは予想ですが、仮に魔法があるとして…俺がトモエを逃がしたあの場所には少なくとも裏カジノに繋がる道がある。しかもそれは、きっと一つじゃない」
「どうしてそう言えるの」
「裏カジノはかなり大きく、ディオメシアの根に食い込んでいるんです。そんな組織が、逃げ道を一つだけ用意してるとは思えません」
「確かに、聞く限り裏カジノの人間はその道を使い慣れてるものね」
「でも、そんな消えちゃう道なんていくつも作れるんですか?」
「それはわかりません。ですが、それなら説明がつくことがいくつもあります。俺とアテナ、そしてヴァルカンティアのスパイが総力挙げても探し出せなかったのは、この『魔法の道』がこの国に張り巡らされているからだとすれば?」
「…そんなの、追えるわけねぇだろ」
「さすがにそこはアテナの頭でも理解できたようですね。さすがさすが!」
ペチペチと続けられたわざとらしいジークの拍手にアテナは盛大に舌打ちをした。
ジークの考察は当たってる。
裏カジノはこの国に根を張り、非合法の危ない薬に金銭のやり取り、人身売買、そして貴族たちが秘かに賭博を楽しむ、存在意義の『裏カジノ』。
もちろん、すべてこの国では犯罪だ。
それで捕まる人間も多数いる。裏カジノに関わる民族である、東洋系の見た目の人達もその中にいる。
(裏カジノがこの国を存続させたのは間違いない。そんな組織が姿を隠すのに、魔法のような力があってもおかしくない…かも?)
「ジーク、向かってほしいところがあるの」
「今からですか?俺はこうなった以上ディアーナ様には王宮に帰ってほしいんですがね」
「命令よ。スラム特別保護区へ向かってちょうだい」
スラム特別保護区。
それは、私がこの世界に転生した時に生まれた場所。
故郷で、ディアーナに成り代わるまで暮らしたところ。
貧民が集まるスラムだっていうのに、治外法権で貴族はもちろん王族だって危ない場所。
シー先生が私に危機を知らせるようにメリーに接触したのも、もしスラムに危機が迫ってるからだとすれば?
(原作とか関係ない。故郷が気になって動いて何が悪い)
「ダメです」
「どうして?さっきの子供たちも、メリーも同じ人物と会ってる。その人に会ってみたいのよ。この国でみすぼらしい人間なんて、スラムに行けばきっと会えるわ」
「危ないんでダメです」
「裏カジノがどの範囲まで広がっているかわかるかもしれないのよ」
「あそこは最悪死にますから、9歳の女の子が行ったら瞬殺です」
「わたくしならそんなことないわ」
「どうしてそう言い切れるんです?あそこの何を知っていると?それに、人間の特徴を聞いてどうしてスラム特別保護区がいきなり出てきたんです?」
ジークの詰めにぐっと息ができなくなる。
言えるわけない。
自分は元々スラムの孤児で、王女が死んだから成り代わった偽物だから良く知ってるなんて誰に言えるかっての!
シー先生とはスラムにいたときから顔見知りだから、きっと何か教えてくれると思うのーなんて言ってみろ。王女殺害と成り代わりがバレればスラムの全員首飛ぶわ!
馬車を動かせるのはジークだけ。アテナもメリーも、私もさすがに馬車の操縦なんてできない。
(中身が転生者の成人女性でジークより年上でも、今は9歳の小さな王女だもんなぁ)
馬車の外では、民衆のガヤガヤした声が聞こえている。
貴族の集まるパーティーとはまったく違う、活気と活力に満ちた空気。
市場も、ここに住む人達も幸せに生きているように見えるのに、内情は裏カジノに影響を受けつつある。
でも、子供たちの暗い顔と、ジークの戦闘が起こったのもこの町でのこと。
そのすべては、裏カジノっていう一つの組織に繋がるんだ。
今の活気と、裏カジノの暗さのアンバランスさに得体のしれない冷たさを感じて寒気がした。
「俺の考えとしては、裏カジノに入り込みたいですね」
「どうやって入るんだよ。道は消えるし、この町のやつら一人一人聞き込めって?」
「う~ん…子供たちが言ってた『大人に入るなって言われた場所』を当たるとか!」
「そこもありですが、一番有力なのは…」
黙り込んだ私を置いて、三人は意見を交わしていく。
別に無視されてるわけじゃない。私は黙っていてもちゃんと話を聞いているって専属の4人はわかってるからだ。
ああ、コマチがここにいたら私の意見を汲んで「自分がディアーナ様をお守りするので、別行動をしても?」とか助け舟を出してくれるのに。
(コマチは、ちゃんと無事かな)
ジークが語ったトモエの言葉によると、コマチは裏カジノに連れ去られた可能性がある。
コマチがあんなに雑な置手紙だけおいて出ていくとは考えにくい。
だって、コマチは私へ大きすぎる感情を抱いているんだから。
(そうだ。今はコマチを取り戻すことを最優先にしないと)
思い直した私は、3人の会話に混ざるように発言しようとした。
だが、声を出そうとした音が発されることはない。
「っ!!ディアーナ!」
「アテナ!?何を」
私の体は瞬時に隣に座っていたアテナに抱えられ、瞬時に開けられた馬車の扉から二人そろって転げ落ちたからだ。
抱きしめる力が強すぎて、ちょっと肋骨も呼吸も苦しい。
地面に着く直前、馬車の中からジークに腹部分だけを抱えられて、荷物みたいに投げ出されて驚くメリーと目が合った。
ドオォォォォォォン!
凄まじい音と熱風、そして火の粉が降り注ぐ。
私を地面に押し付け、覆いかぶさるように庇うアテナは歯を食いしばっていた。
視線を横に向ければ、間一髪で投げ出されたメリーが呆然と地面にへたり込み、ジークが少し楽しそうな顔で馬車を見つめている。
アテナに庇われている私も見えていた。
さっきまで乗っていた馬車が、馬車だけが、火柱をあげて燃えている。
明らかな敵意を持った攻撃に襲われるのは、転生して初めてだった。




