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57話 路地裏の煙、子供たちと謎の人物

発射された弾丸の軌道は正確にジークを捉え、わずかな光にきらめいて対象を殺傷せんと向かう。

トモエは片腕ながら見事に引き金を引けたと口角をあげる。


だがしかし、次の3秒後にはすべてが変わっていた。


ジークはギリギリのところで体を左に寄せると一瞬で壁を走って避けた。

わずかに彼の右腕上腕をかすった弾丸はそのまま地面に着弾する。

先んじて握っていたその辺にあった手ごろな石をトモエの顔面目掛け、投石。


「っテメェ!!!」

「がら空きですよ」


ジークの石は見事トモエの額に当たる。

威力が強かったのか、血を流すトモエにジークは壁を走る威力そのまま近づき、右腕を大きく振りかぶって飛び掛かった。

その手の中には、トモエが最初に投げつけた毒の塗ってあるナイフが握られている。

突然の反撃、ジークに壊された左腕、銃の反動を片手で受けてすぐに次の引き金を打てない右腕。トモエはそれでも何とか銃を構えようとした。


このままジークの攻撃をお見舞いすれば勝敗は決する。

そのはずだった。


「若!目を閉じてください!」


明らかな第三者の声が路地に響く。

ジークの落ち着いた声でも、トモエの中性的な声でもない野太い男性のもの。

トモエは指示に従い目を閉じるも、ジークは「敵から絶対に目を離すな」というヴァルカンティアの教えのまま目を見開いたままだった。


次の瞬間、二人しかいないはずの路地の壁からスキンヘッドに口ひげを生やした大柄の男性が飛び出し、トモエの体を背後から引いた。

そしてこれまたどこからやってきたのか、黒髪をポニーテールにした少女が現れる。

少女は何か目に覆いをしていて、手に持った2つのビンを思い切り地面に叩きつけた。


「おまえら」


ジークが視認できたのはそこまでだった。

叩きつけたビンの中の液体が瞬時に気化し、路地を白い煙で包み込む。

その煙からは刺激臭が漂い、目を開けていたジークの眼球を攻撃する。

痛みと匂いで目を真っ赤にしながら、それでもジークは目を閉じなかった。

それは、彼の目に信じられない光景が広がっていたからだ。


どこからともなく大柄の男と少女は現れた。

このジークの後ろからでも、トモエの前からでもない。この路地は他に逃げ道がない一本道なのに、彼らはいきなり二人に介入するように現れた。

そして、二人はトモエを連れて『さっきまでなかったはずの壁に出現した道』へ走って逃げた。


地面に着地したジークは即座に道に手を伸ばすも、三人を飲み込んだ現れた道はすぐに閉じられて無情にもジークの手が壁を突く。

煙が晴れた路地には、目を真っ赤にして佇む一人の男しかいなかった。


バシッ

ジークが思い切り壁に殴りつけても、そこには硬い石壁があるのみ。

三人はもちろん出てこなかった。


「逃げられましたが……収穫はありましたね」


視界がぼんやりとする中、ジークは努めて何事もないように歩き出す。

向かうのは自分の飼い主の元。

彼は案外ちゃんと主をわかっている。



______



子供たちは口ごもり、だんまりとしていた。

裏カジノの事をディアーナが聞いた途端にこれである。

だが、彼らの表情は何も知らないとは到底言えないものだ。


「お前ら、知ってるだろ。あたしたちはそれ調べるために来たんだよ」

「大丈夫だよ。ディアーナ様、ちゃんとお話聞いてくれるから」


二人が懸命に説得する中、王女はそれを静かに見ていた。

こちらを咎めるような視線を向け続ける彼女の目は、すべてを見透かすように真っすぐ。

その視線なのか、メイド二人の説得になのか、子供たちの中で唯一の少女が「あたしから聞いたって絶対に言わないで」と口を開いた。


「言わないわ。約束する」

「……あんたは、本当に王女様なんだよね?」

「わたくし以外にこの国に王女は今いなくってよ」

「わかってる。でも、あたしたちに色々教えてくれた人が言ってたから。『裏カジノが町を飲み込む。紫の花に手を出すな』って。あと何かあれば、ディアーナ様が助けるように計らってくれるかもって」

「いったい誰に」

「知らないけど、その人の住んでるとこも裏カジノのせいで危なくなってるって聞いた」


少女の言い分は随分要領を得ない。

その知らない何者かは、子供たちに裏カジノのことを言い聞かせ、紫晶草の事を教え、ディアーナが助けると言い切った。

充分に不審人物だった。メリーもアテナも顔を見合わせるが、ディアーナだけは顔色を変えずに少女に最後の質問をした。


「その人の身なりと、身に着けていたものを教えてくれるかしら。できるだけ詳しく」

「あんま覚えてないけど…髪が割と明るめでくしゃくしゃ、服も靴もボロッボロだったのに、持ってた布?みないなのだけすっごくきれいな黄色だった」


そして少女が自分の髪を指差す。

彼女の茶色の長い髪を一つにまとめていたのは、それは鮮やかで特徴的な黄色。

それを見たメリーが「それ、私が預かった花束の」と呟いた。

ディアーナは何か考え込むように目を閉じ、少女に感謝を述べる。


「この町はわたくしが何とかして見せる。だから、もう少しいいかしら」

「これ以上何も知らないよ」

「そんなことないわ。あなた達が大人に入るなと言われた場所を案内してほしいの、わたくしたちの仲間がいるかもしれないのよ」

「それはもう大丈夫ですよディアーナ様」


ディアーナが子供たちに依頼をしようとしたとき、横から別の声がそれを遮る。

知らない大人の声に、子供たちは反射で目を向ける。

そこにいたのは、王宮の執事服を着た、目を真っ赤っかにした男性だった。

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