54話 ディアーナ王女の突然の外遊/私と目撃者
その日、王宮内で騒動があった。
ディアーナ王女付き専属メイド、コマチの失踪である。
彼女が割り当てられていた王宮内の使用人部屋は一階。
そして机には「ご迷惑をおかけして申し訳ございません。私は出ていきます」と何かの紙の切れ端を使って書いた置手紙があった。
彼女の様子を見に行った専属メイドの少女曰く「窓が開いていて、荷物がなかった。ディアーナ様が彼女に与えたカメオがあった」との証言。
また、専属でない別のメイドが「長身黒髪のメイドが町の方角へ走っていったのを見た」という目撃情報。
使用人の出奔や脱走は、多くはないがなくはない。
業務の過酷さや、環境になじめずやめていく者もいる。
しかし、専属使用人となると話は別だ。
彼ら彼女らは「王族のもの」である。
それは、コマチがディアーナ王女から賜った王族紋の装身具を置いて出て行っても変わらない事実。
「今すぐ馬車を出しなさい。外遊という名目で市内を探すわ」
「ディアーナ様、慎みください。たかが使用人一人のために王族自ら動く必要はありません」
「メイド長、浅はかね。わたくしがコマチのために動かなかったら、信頼が落ちるとは思わないのかしら?それに、他にも用があるのよ」
「わかりませんね。使用人のよりもあなたは貴い方ですよ」
「そうね。でも、亡くなったお母様が聞いたらきっと笑って許してくださるわ。彼女がいないと、他の4人を制御できる冷静な人がいなくなるのよ」
王宮内で起きた出来事のほとんどは民へ知らされることはない。
専属使用人の出奔など、民衆に知らせる必要もない。
だからこそ、このディアーナ王女の無茶ぶり&告知なしの外遊はおよそ七歳になる前のわがまま王女を彷彿とさせる出来事。
王宮内の使用人たちを混乱させ、突然の王族の登場に民衆が慌てふためくことになっても王女はそれを選択した。
彼女は自分の専属使用人を引き連れ、コマチが逃げたところを目撃したメイドを連れて王宮を出発する。
馬車を引くのはディアーナの専属執事と金髪の専属メイド。
馬車の中に同乗するのは、王女と彼女の赤髪のメイド。そして黒髪の目撃者であるメイドだった。
天気は曇り空。
今にも雨が降りそうな中、王女の外遊が始まった。
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馬車の中は案外快適じゃない。
座る座面はそこそこ柔らかいけど、道がちゃんと舗装されてないからすごく揺れる。
なんなら酔いそう、上下に揺れがずっと続くのは案外きつい。
馬車にちゃんと乗ったことは、王女になってから何回もある。
その度に「馬車シーンが快適なんてのは迷信」だと気づかされた。
「おい、大丈夫か。耐えられなくなったら教えろ、ジークに止めさせる」
「まだ問題ないわ。ありがとうアテナ…ごめんなさいね、情けないところをお見せして」
「いえ、いいんです。こんな使用人を馬車に乗せていただけるだけで贅沢ですから」
私と隣り合って座るアテナ。そして私たちの対面に座っているのは、コマチが逃げた方向を見たというメイドだ。
彼女は見たことがある。
エラが王宮にやってくる前からいるメイドで、エラの来訪とディルクレウスの突然の帰宅を伝えてくれた子だ。
「そういえば名前を聞いていなかったわね、教えてくださる?」
「はい、自分はトモエと申します。このようにお話するのは初めてですねディアーナ様」
「トモエね、わかったわ。今一番王宮から近い町へ向かっているところなのだけれど、あなたがコマチを見たのはそちらの方角でいいのよね?」
「そうですね、そちらで。それにしても王女様とお話ができるとは。いつも専属の方々に囲まれていらっしゃるので、ヒラの使用人は専属の方々を羨ましがっているんですよ」
「無駄話すんな。聞かれたことだけ答えろよ」
「まぁお元気。ディアーナ様、専属ではありませんが自分も仕事ができると自負しております。道中何なりとお申し付けください」
コマチと似たつややかな黒髪。しっかりと化粧をしているためわかりにくいが、コマチと同い年くらいじゃないか?
顔立ちも東洋系。メリーと同じくらいの身長のメイドは、ずいぶん肝が据わってるみたいでアテナに回りくどく対抗してきた。
とくれば、気になることはある。
ここ最近のあの騒動について。
「あなた、ご出身は?」
「自分の見た目でお分かりになるのではないですか?」
「はっきり言えよ。腹黒」
「本当にこのメイドさんは口だけは器用なんですね。『裏カジノ』ですよ、王族の方なら存在はご存じでしょう?」
トモエはなんてことないように答えた。
もう表で生きているものにとって、昔の棲み処など関係ないのかもしれない。
でも、目の前のメイドからはコマチが見せたような異様な反応が一つもなかった。
さらに話を続けようとしたとき、馬車が止まる。
即座にメリーが御者席から降りて、馬車の扉を開けた。
いつの間にか窓の外には木々とレンガ造りの民家が並び、露店が軒を連ねている。
馬車の周りには人だかりができていて、あまり近寄りすぎないようにジークが盾になってくれていた。
到着だ。
このメイドがこの町の方向に向かっていったのを見たといった場所。
メリーに手を貸されて馬車を降りると、民衆から歓声が上がった。
純粋な好意の黄色い悲鳴ではなく、どよめきというか、戸惑いがほとんどの声だったけど。
いきなりの外遊だからそれも当然だと思いつつ、小さく優雅に手を振った。




